表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お人よし悪魔と駄女神さま  作者: 瑞沢ゆう
四章 それぞれのケジメ
55/68

崖っぷちの後悔

「レメク! 俺は将来父上の跡を継ぎ、立派な族長になってやるぞ」

「うん! 僕はお兄ちゃんを助ける賢い奴になる!」


 遠い過去──


 幼かった兄弟は、それぞれが夢みた未来を想像して笑い合っていた。兄は大きい父の背中に憧れ、弟であるレメクはそんな兄の背中に憧れていた。

 

 そんな兄弟を、寡黙ながらも暖かく見守る父と優しさで二人を包み込む母。そんな仲睦まじい家族が壊れていったのはいつだっただろうか……。


 その始まりは、父のこんな言葉から始まった。


「またレメクに負けたのか」


 当時、兄弟は仕官学校に通っていた。兄は父の背中を追って武官の道を希望し、レメクはそんな兄を手助けするため文官を希望していた。


 だが、適正をみる一年間の授業を終えた二人を待っていたのは、希望とは別の結果だったのだ。


 兄の結果は武官適正が不で仕官適正が良。

 レメクの結果は武官適正が良で仕官適正が不。


 希望とは違う結果を知った兄弟。

 兄はとかく悔しがっていた。


 そんな兄の心をさらに苦しめたのは、その結果を知った父の言葉だった。


「結果がどうあれ、お前は跡継ぎにかわりない。武官を不適正とした教官の目をひんむいてやれ!」

「はい父上!」


「レメクも文官などではなく武官に進め。兄弟切磋琢磨し、この家をもりあげるのだ! よいな?」

「「はい父上!」」


 父の言葉により兄弟は、二人揃って武官への道を歩み始めた。

 だが、武官として適正のない兄の成績はふるわなかった。


 体力や体格はレメクに抜かされ、周りとの差が顕著に現れ始めてしまったのだ。武より知に優れた兄は、その環境とレメクとの差に悩まされていた。


「またレメクに負けたのか」

「申し訳ありません父上……」


 兄弟揃って呼ばれた父の部屋。

 父はそこで、兄の成績を嘆いた。


「これでは、武官に到底なれんぞ! お前は家を貶める気か!!」

「父上! お兄様は良くやっております! 戦の演習などは兵を指揮していつも勝っております!」


「そんなもの将軍にでもならんと役にたたん! まずは己が強くならねばいかんのだ!!」


 レメクとしては兄の事をフォローしたつもりなのだ。

 しかし、レメクの言葉は火に油を注いでしまっただけだった。


 そして、不甲斐なさで顔を赤くした兄に降り注いだのは、残酷な言葉だった。


「レメクよ……不甲斐ない兄にかわり、お前が跡取りとして励め。良いな?」

「そんな! お兄様はどうなるのですか!?」


「こやつは文官に鞍替えさせる。精々、お前の助けにでもなれば良いがな……」


 その言葉を聞いた兄の絶望した顔は、レメクの心に深く刻まれていた。何故、兄ではなく自分に武の才が降りたのか。この時ばかりは、神を深く恨んだレメクだった。


 そしてこの出来事から、仲睦まじかった家族の仲が壊れていった。兄弟を暖かく見守っていた父と母はレメクばかりに愛情を注ぐようになり、兄の存在を疎ましく思うようになっていた。


 四人で笑い合っていた食卓。それが三人になり、兄は家族を避けるように自分の部屋で食べるようになってしまったのだ。


 父と母から冷たくされた兄は、そのうさを晴らすように仕官学校で暴れていた。悪知恵を働かして不良仲間を増やしていった兄は、成績優秀とされていた者達を次々と壊していった。


 それは弟のレメクも例外では無かった。自分の物が無くなる精神的な嫌がらせは勿論、袋叩きにされる肉体的虐めなど当たり前のように上級生からされる日々。


 いくらガキ大将として同級生から恐れられていたレメクも、自分より体格が良い上級生から集団で襲われてしまえばなすすべもない。


 しかも、それを指示していたのが自分の兄。自分さえ居なければ、兄は父と母から疎まれる事もなかった。そう思うと、抵抗する事さえ諦めていた。


 歪んでいく兄弟の心。

 だが、レメクの心は絶対なる友となる者に救われる。


 そう、当時レメクが虐めていた文官生のヨシュアだ。ヨシュアの清らかな心によって救われたレメクは、道を外す事なく順調に武官として仕官学校を卒業した。


 そして一年後──


 仕官学校を卒業したレメクは、無事に武官として魔王の軍隊へと入隊を果たす一方、兄の方は文官として魔王城がある首都で暮らしていた。


 別々の道を歩み二年以上も顔すら合わせていなかった兄弟。だがある時、兄からの手紙がレメクへと届いた。そこには丁寧な字でこう書いてあった──


『お前に手紙など書くのは初めてだ……。昔は俺達も仲が良い兄弟だったよな? だがいつからか、お前に八つ当たりばかりして仲を壊してしまった。本当にすまないと思っている。今思えば俺が文官の道に進んだのは正しかったのかもしれない。あのまま無理をして武官の道を進んでも、ろくに出世も出来ないままただの兵士として惨めな人生を歩んでいただろう……。今は文官として働けて良かったと、心から思える。大人になった今こそ、父上と母上は別としてもお前と仲良く酒を飲みたいと思っている。良ければ一月後の満月の夜にヘディアンの崖へ来てくれ。そこでゆっくり話そうじゃないか』


 たった一人の親愛なる弟へ──兄より。



 散々自分を罵り、虐め抜かれた仕官学校時代。

 その過去は忘れられないし、とても許せるものではなかった。


 だが、たった一人の兄でもあるのだ。

 出来れば許してやりたい。

 また一緒に肩を組んで笑い合いたい。


 許せない気持ちと許してやりたい気持ち。その二つの思いで、レメクの心は荒波に浮かぶ船のように揺れ動いていた。


 そして一ヶ月後の満月の夜。

 レメクは未だ揺れる気持ちを整理するため、手紙に書いてあったヘディアンの崖へと訪れていた。


 その夜、赤く光る満月がとても美しく見える澄んだ夜空だったのをレメクは覚えている。呼び出された崖へ着くと、先に来ていた兄の後ろ姿が満月に照らされていた。


「どうしたんだよ兄貴? こんな所に呼び出して……」


 兄の真意を確かめるような不安げなレメクの声。その声に反応した兄は、幼い頃に見た自分を思いやるような笑みで振り向いた。


 久しぶりに見た兄の笑み。ただそれだけで、レメクは過去のしがらみが消えたような気がしていた。


「久しぶりだなレメク。元気だったか?」

「あ、ああ……兄貴の方こそ、ちゃんと食ってるのか?」


「なんとかな。それより、そんな離れてないでもっと近くへ来いよ」


 まったく真意が見えない兄の笑みと言葉。

 本当に仲直りするためにこんな所へ呼び出したのか?


 不安と期待が入り交じった複雑な心境で兄の元へ近づいていくレメク。そんなレメクに待っていたのは、なんとも残酷な未来だった……。


「それで……話ってなんだよ?」

「まあまあ、焦るなよ。久しぶり会ったんだ。先ずは兄弟の親睦を深めようではないかっ!!」


「うぅっっ! な、なんだよこれ……」


 笑顔を向けレメクを抱きしめようとする兄。

 しかし、その抱擁でレメクに訪れたのは暖かい温もりなどではなく、ぬるくドロドロした赤い血だった。


 自分の腹に刺さる刃。当然、その刃を突き立てたのは紛れもなくたった一人の兄。レメクは流れる血を抑えながら、微笑する兄を朧気に見つめていた。


「さぞ痛かろう……だが、私の受けた屈辱と嘲笑われる苦痛に比べれば、刃の痛みなど屁でも無いわ!! 父と母に見捨てられ、周りからは出来損ないと陰口を叩かれる……それがどれだけの苦痛かお前に分かるか弟よ!!」


 今まで受けた屈辱と苦痛を吐き出すように、痛みに苦しむレメクへ言葉をぶつける兄。その増悪に満ちた瞳は、かつての優しかった兄が決して帰っては来ない事を意味していた。


「俺を……殺す気なのか……?」

「さあ、それはお前次第だ」


 痛みに意識が朦朧とする中、必死に振り絞った兄への問い。

 そんな弟の問いに、兄はすげない言葉で、お前の生死は自分が握っていると暗に伝えていた。


「俺次第って……どういう事だよ」

「フッ、簡単な事だ。この崖から自ら飛び込め! さすればトドメは刺さないでやる。運が良ければ、生きてどこかの岸に流れ着くだろう」


 信じられない兄の言葉。それを実行した所で、怪我を負ったレメクが生きて岸にたどり着く確率など限りなく0に近い。

 それが分かったからこそ、レメクに返す言葉などなかった。


「決めろ、弟よ。もし飛び込む事を拒否するなら……お前の大事な友に何が起こるか分からんぞ? なあ、お前ら」


 誰かに問いかける兄の言葉の後に、レメクを囲むように現れた影達。その影達は、兄と同じような増悪の籠った笑みを影に型どっていた。


「こっちは準備万端です! いつでもエルフの里を襲撃出来ます」

「止めろ! あいつらに手を出すな!!」


 兄の取り巻きの言葉に、痛みをこらえ、怒りの表情で叫ぶレメク。だが、重傷のレメクに兄と取り巻き達を止めるだけの力など残ってはいない。その叫びは、ただ虚しいだけだった。


「それで止めると思うか弟よ? いいかっ!! 友と一緒に死ぬか、一人で死ぬか選ぶのだ!! 一人で死ぬならば、お前の友に手を出さないと誓ってやる!!」

「くっっ……ほ、本当だな? 俺がここから飛び降りれば、あいつらには手を出さないんだな?」


「そうだと言っておる!! さあっ! 選べ!!」


 兄が決断を迫る中、数秒天を見上げたレメク。

 哀しげな表情で何を考え、何を思っているのか……。

 

 そして──


 決断を終えたレメクは覚束ない足取りで崖先に向かうと、迷いのない表情で荒波へと身を投げた……。


(なんでこんな事になっちまったんだ……ごめんな。お前らと一緒にもう歩けねえ……)


 レメクの後悔と友への謝罪を嘲笑うように、兄は高らかに笑い声を上げた。


「ハッハッハッハッハッ!! 全く馬鹿な弟だ! そんな約束、守る訳がなかろう! いくぞお前ら! エルフ里の秘密を暴きに!!」


 レメクが身を投げたさまを見届けた兄は、取り巻き達と共にエルフの里へと向かって行く。


 そんな光景に、少し疑問が浮かぶ。何故、周りから出来損ないと馬鹿にされていた兄が、取り巻き達を纏める事が出来たのか。


 それは、弟を消した後の兄の行く末を期待してのものだったのかもしれない。父イフリートは武官として優秀で、次の将軍候補として目されていた。そして、イフリートが将軍となれば、いくら見捨てた兄とはいえ自分の息子に高い地位を与えるであろう。


 武力は無いが頭が切れる兄が高い地位に着けば、そこから更に地位を上げると、取り巻き達は考えていた。そうすれば、自分達すら高い地位を望めるとふんでいたのだ。勿論、レメクの兄からそういう言葉で誘われていたのも事実だった。


 将来の権力をエサに信の無い仲間を集めるレメクの兄。そんな仲間など、破滅しか招く事がないと頭の良い兄なら分かっていた筈だ。だが、そんな簡単な事さえ、恨みつらみが重なった者には見えていなかったのかもしれない……。


 その後──


 崖から飛び降りたレメクが目を覚ましたのは、遠い大地の岸辺であった。0に限りなく近い確率で生きながらえ、岸辺でアダム王とその王を守る騎士に拾われたのは、奇跡としか言いようがない。



◆◆◆◆


「レメク! お兄ちゃんともっと遊ぼうぜ!」

「ハッハッハ! 仲が良いなお前達は!」

「二人とも気をつけて遊ぶのよ? 終わったら皆でおやつですからね」

「わーいっ! 僕、お兄ちゃんもお父様もお母様も大好き!」


 かつての苦い過去を忘れ、幻の家族と偽りの日々を過ごすレメク。レメクの記憶は、既に過去の事が朧気に残っていただけだった。もう後少しこの夢の中で過ごしてしまうと、辛い過去やしがらみを脳が消してしまう。そんな状況でもあったのだ。


 もしこのまま過去を消し去ってしまえば、たとえ夢から覚めたとて、幼いままのレメクが残ってしまうだけだった。


 その危機的状況まで後僅かという時──


 兄の幻想と無邪気に遊ぶレメクの手を握ったのは、かけがえのない友の手だった。


「楽しいか?」

「うん! とっても楽しいよ! それより、お兄ちゃんは誰なの?」


「そうか……本当にお前の居場所はここか?」

「居場所? ……良く分かんないけど、ここに居たい!」


「俺と殴りあって友になったあの日や、大の大人がみっともなく喧嘩したあの夜空を全て忘れてしまったかい?」

「なに言ってるの? 僕はお兄ちゃんと会った事ないのに……」


「俺はいつまでも覚えている。俺達は不器用で、拳をぶつけ合う事でしか気持ちを伝えられない馬鹿な男達だ。でも、俺はそんな友を失いたくない……選べレメク! このまま過去にしがみつき、幻の中で生きるのか。それとも、全てを思いだして俺と未来を歩くのか。さあ……選べ!!」


『選べ』


 決断を迫るその言葉で、レメクの頭に溢れかえる過去の出来事。幼い頃から今まで生きてきた出来事が走馬灯のように流れていた。辛い事、悲しい事、嬉しい事、幸せな事。人生を彩る様々な記憶がレメクを夢から引き起こしていく。


 そして、全てを思い出したレメクは決断した──


「そんなの、お前と歩くに決まってんだろ……よっちゃん」

「だよね。レー君ならそう言うと思ったよ」


「けっ……馬鹿やろう」

「痛っ!」


 夢から覚めたレメクは、メルヘンな花畑で照れ臭そうにヨシュアの胸を叩いた。それをヨシュアは、痛いと言いながらも嬉しそうな表情で受け止めていた。


「良いですわね……男同士の友情というものは」

「はいはいっ! 男同士でイチャイチャしてないで行くわよあんた達! どうやら、次の道へ進めるみたいよ」


 ヨシュアとレメクの友情を暖かく見守るララ。

 一方その二人の姿を引き離し、花畑の先を指差すメーサ。


 メーサの言葉で、花畑の先を振り向く三人。

 そこには、下へと続く階段が現れていた。


 まるで誘うように現れた階段。だが、そこに行く以外に道がないと、ヨシュア達はなんとなく分かっていた。


「じゃあ……行くか」


 ヨシュアのそんな一言で、三人の仲間達は静かに頷いてヨシュアの背中を守るように共に歩いて行くのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ