近付く者
「──フヘヘッ、君達やっぱり良い体してるよ~。ヘラちゃんって言ったけ? 君は大会に出場するんだろ? あんな野蛮な大会になんか出ないでさ、僕とベッドで夜の戦いに勤しもうよ。それに、君達が今夜の獲物を逃がしたんだよ。その責任を取って貰わないと」
「ああ気持ち悪い……あんたと話してると鳥肌が立ってくるわ。悪いけどあんたの相手なんかごめんだし、責任なんか取るつもりもないよ。どうしてもって言うなら力ずくで何とかしてみな」
ヘラクレアが相対しているのは前武道大会の覇者グルーガという男だ。何故グルーガとヘラクレアの間で一悶着しているかというと、グルーガの女好きというどうしようもない性格にあった。
それはヘラクレアとミシェルが帝国首都アトランティスの繁華街を訪れた時だ──
「やっぱり宿に帰りましょうヘラクレア」
「怖いのミシェル? 大丈夫よ、私が付いてるんだし! それに此処には美味しい物が沢山有るらしいじゃない! 折角帝国に来れたんだから食べなきゃ損よ!」
「ですが……」
「良いから行くよ!」
困り顔のミシェルの手を強引にひき、ズカズカと繁華街を闊歩するヘラクレア。確かにヘラクレアが居ればナンパだろうが強盗だろうが怖いものは無い。だが、ミシェルが心配しているのはそういう事ではないのだ。
(お願いだから問題だけは起こさないでよヘラクレア。それに、ご飯ならさっき宿で食べたじゃない……どれだけ食べるのよ)
細い目をしてヘラクレアを見つめるミシェル。ミシェルのそんの心配を他所に、ヘラクレアは目当ての食べ物を見つけ、キラキラした瞳でショーケースに入ったケーキを見つめていた。
「これよこれ! これがケーキって言うものだわ! 甘くてフワフワしてとっても美味しいらしいの! 早く入って食べよ!!」
「わ、分かりましたから! そんなに強く引っ張らないで下さいよ……」
困った子供と接する様なミシェルだが、その瞳はショーケースのケーキに釘付けだ。流石のミシェルでも甘い物の誘惑には勝てないという事なのかもしれない。
そんな誘惑に釣られた二人は喫茶店の様な佇まいの店へ入ろうと、入り口の扉に手を掛ける。そんな時──
「君~。今日のメインディシュは君にしてあげる。僕と一つになれるなんて光栄な事だよ。慎んで食べられたまえ」
「いやっ! 離して下さい!」
「あっ? 分かっているのかい? 僕はグルーガだよ。僕の誘いを断るのかい?」
「…………」
「そうそう──最初から大人しくすれば良いんだ。女は快楽の為のただの道具。所詮子孫を残す為だけに居るのさ。なら大人しく孕めよ? フッ」
「ううっ、うぅっ……」
繁華街の角で行われる胸糞悪いやり取り。その一部始終を見ていたヘラクレアとミシェルは、堪え切れない思いにかられる。
「──ちょっと待ってヘラクレア!」
「離してミシェル。アイツを殴ってやらなきゃ気がすまない!」
「気持ちは分かるわ! でも……此処で問題を起こしたら大会に出られないかもしれないのよ」
「それで出場禁止になるならそんな大会糞喰らえよ! あんな女の敵を固めた様な奴、見逃せって言うの!? それに、今あの子を助けないと師匠に合わす顔なんか無い!」
「ヘラクレア……」
ヘラクレアの言っている事は最もだ。
それはミシェルも分かっている。
だが、大人というのはそれでも理不尽を見逃し、耐えなければいけない。ミシェルはそう思っていた。
「そんなの間違ってるわよね……良いわ! あんな奴、ボコボコにして来て!」
吹っ切れた様にヘラクレアの背中を押したミシェル。ヨシュアを探す旅にヘラクレアと出てから、凝り固まった頭が溶けていく様に感じていた。
ヘラクレアという女性は何故か勇気を与えてくれる。ミシェルはそうも感じていたのだ。
「分かったわ! 女の敵をぶっ飛ばしてくる!!」
闘志をみなぎらせ、力強く拳を握りグルーガへと駆けるヘラクレア。その姿をやっつけてやれと言わんばかりに拳を前に突きだし見送るミシェルだった。
そして、グルーガに捕まった女性を助け、冒頭に戻るという訳だ。
「──君は僕が誰か分かってるのか? 前武道大会覇者グルーガ様だと」
「そんな奴知らないね。それに、あんたみたいなクズの名前なんか耳にも入れたくないわ」
「このアマ……今言った事を後悔させてやる! お前はダルマ奴隷に決定だ!! 腕を落とし、足を落とし、その整った歯を全て引き抜いてやる! それがお前の未来の姿さ! フッハハァ!!」
「本当……クズの権化だね。ごたくは良いからかかってきな!!」
ヘラクレアの言葉で一歩を踏み出すグルーガ。遠巻きに見ていた野次馬達は、その様子を固唾を飲んで見ていた。
「──いくぞアマ!! フヒャーッ!!」
奇声を発しながらヘラクレアへ突っ込んでいくグルーガ。
対してヘラクレアは、焦る事なく自然な態勢で待ち構える。
そしてヘラクレアとグルーガの距離が後数センチという所で──
「お前の様なやり方は許せん!! 女性はもっとスマートに誘え、この阿保がー!!」
「ぐぎゃっー!!」
そう言って、グルーガの横っ面を殴り吹っ飛ばした謎の男。
その優男の横顔にヘラクレアは見覚えがあった。
「あんたは……」
「大丈夫かい、レディ?」
「え、ああ、大丈夫よ。まさかあんたが此処にいるとはね……」
「覚えていてくれたんだね!」
「ま、まあね……しかし、意外に強かったのねあんた。ヒョロヒョロだからてっきり弱い奴だと思ってたわ」
「ふふっ、ありがとう。まあ、あんな奴僕の相手じゃないよ」
謎の人物と会話するヘラクレア。
その口振りは何処かで会ったかの様だ。
そんな二人に──ヘラクレアの側からミシェルが、反対側から謎の人物連れが、それぞれ走り寄ってくる。
「ヘラクレア! 大丈夫だった?」
「うん。この人が殴ってぶっ飛ばしたから私は何も」
「そう……あれ? この人何処かで」
「君も覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」
「おいっ! 話が違うではないか! お前がやったのでは意味がなかろう!」
「だ、だって! あんな不細工な誘い方は許せないよ!! 女性はもっと丁重に扱うべきだ!」
「全く……そういう所だけは一人前の事を言いおって! これだから馬鹿は……」
「ば、馬鹿って……酷いよ兄者!」
謎の人物達のやり取りを不思議そうに見ていたヘラクレアとミシェル。グルーガを殴った人物が発言した『兄』という言葉が気になったヘラクレアは、素直に疑問を口にする。
「その人はお兄さん?」
「ん? ああ、そうだよ! 紹介するね。此方は──」
兄の方に手を向け、紹介しようとした瞬間──
当の兄はその手を払いのけ弟を押し退けると、ヘラクレアとミシェルの前に歩み出た。
「紹介は自分でするわ馬鹿者が」
「ちょっ、兄者……」
「申し遅れた──私の名はブランドン。宜しく頼む」
そう、ヘラクレアとミシェルの前に現れた人物達とは、魔界の貴公子と呼ばれたブランドンとカイゼルだった。
ブランドンはヘラクレアとミシェルの前に手を差し出すと、握手を求める。断るのも失礼なのでその手を握るヘラクレアミシェル。だが、舐めるような視線と何かを確かめる様な手の感触に、二人は背筋が少し寒くなった。
「ちょっ、ズルいよ兄者! 僕はカイゼル! 宜しくね!」
「うるさい馬鹿者が!! 黙っておれ!」
「あー! また馬鹿って言った! 酷い、酷すぎるよ兄者!」
「ふっ。馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのだ」
兄弟喧嘩なのかただ戯れているのか分からないブランドンとカイゼルのやり取りを、ヘラクレアとカイゼルは苦笑いを浮かべ見ていた。
こうして、遂に出会ってしまったヨシュアを探す二組。いや、一人例外はいるが……。
果たして、この二組の出会いがヨシュアへと辿り着く糸となるのか──大きな運命がヒタヒタと近付くのだった。




