舞い降りた堕女神 回想編
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「君達やめないか!!」と、ヨシュアは二人の男に叫ぶ。
色々突っ込みたい所はあった、何故こんな荒れ果てた地に居るのか、その白い翼はなんだ、そして何故、花冠などその歳で被っているんだ、と。
しかし、それらの質問は花冠の件以外、全部自分にも返ってきそうだ、と開きかけた口を閉じ、とりあえず急を要するであろう事態の収束に乗り出したのだ。
「なんだ貴様? 人間か? このような神が見放した地で何をしている」と、男の一人がヨシュアを怪訝そうな顔で問う。
「そんなことどうでも良いだろ! いいから女性を解放しろ!」
「そうですわ! 私を誰だと思っているのですか、豊穣の女神である私を天の使いごときが触っていいはずありません!」
「そうだ!! 女神様に対して不敬だぞ! ……って、女神様?」
「ちっ、面倒な事になってきたな。カマエル」
「ああ、下民に知られるのは不味い。始末するぞ、アザゼル」
「お辞めなさい! 愛しき子供達を始末するなど許しませんよ!」
「お嬢様、ご心配には及びません。ほんの少し天に召されるのが早くなるだけです」
「俺が殺るぞ、アザゼル」
「分かった。頼むぞ、カマエル」
二人の男のうちカマエルと呼ばれた筋骨隆々の逞しい体をした男は、冷たい瞳でヨシュアに告げる。
「悪いが、神々の面目を保つため貴様には召されてもらう」
その冷酷な口調と視線にこいつは本気だとヨシュアは悟り、覚悟を決めてそれに答えた。
「なんだか良く分からないが、君は俺を殺す気なんだね? それは困るから相手をするけど、あんまり誰かを傷付けたくないから一撃で決めるよ?」
ヨシュアの舐めきった態度と物言いにカマエルは憤怒する。下民の分際で天の使いである我を侮辱するような態度、そして舐めきった一撃宣言、ふざけるにもほどがあると。
「予定変更だ、貴様は侮辱罪で地獄へと突き落とす! 死んでも楽になれると思うなよ」
「おー怖い怖い。地獄は勘弁して?」
「うるさいわ! 潔く地獄へ落ちろ下民が!」と、カマエルは拳を構えヨシュアに迫る。
「お逃げなさい! 貴方が敵う相手ではないわ!」
女性の悲痛な叫びも虚しく、風圧だけで飛ばされそうな威力を持ったカマエルの拳はヨシュアへと振るわれた。
「キャッー!! やめてー!!」
女性の叫びが鳴りやむと、風圧によって舞い上がった土煙で隠れていたヨシュアとカマエルの姿が現れる。
「ううっ。そんな、私のせいで……」
ヨシュアの痛ましい姿を想像し涙を流す女性は、心の中で何度も謝罪の言葉を繰り返した。
「おいっ。カマエル、終わったか?」と、もう一人のアザゼルと呼ばれた男が、カマエルに問う。
しかし、カマエルからの返事は返ってこない。何故なら彼は、
「なっ!? 何故カマエルが倒れているんだ!貴様何をした!!」と、驚愕の表情を浮かべるアザゼル。
そう、地に伏せていたのはカマエルの方だったのだ。
それはほんの数秒前の事、拳をふるい向かってくるカマエルに対して、ヨシュアは冷静に分析していた。
体格からの筋肉量、スピード、バネ、そして拳に纏った微弱な魔力、それらから相手の力量を判断するため、ヨシュアの瞳は赤く染まる。
この行為は決して自分が優位に立つためではない、相手がどの程度の力だったら死なずに済むかを見極めるためなのだ。
そして、カマエルの力量を把握したヨシュアは動く。目前まで迫っていたカマエルの拳を軽くいなし、鳩尾に拳を撃つ。
ぐふっ、と鈍い呻きをあげ地に伏せるカマエル。強烈な衝撃によりカマエルの体が意識をシャットダウンさせた所為だろう。
ほんの一瞬の出来事、しかし砂煙が舞うせいでヨシュアの行動が露見する事はなかった。
「一体何をしたと言っている!! 答えんか下民!!」
答えを焦るアザゼルは、到底理解出来ない出来事に動揺している様にも見えた。
「あのさ、その下民って呼び方やめてくれないかな。俺には母さんがつけてくれたヨシュアって名前がちゃんとあるんだ」
「そんなことはどうでもいい! さっさと答えんか!!」
「ハァー。ただこうやって殴っただけだ、大それた事なんかしてないよ」と、殴る真似をして答えるヨシュア。
「そんな、馬鹿な事があるか!!」
ヨシュアの答えを聞いたアザゼルは、その答えにいっそう疑惑を強めた。何故、我々天の使いが下界に住む下民ごときに土を着かなければいけないのだと憤りを感じ体が火照るアザゼル。
そして、それを嘲笑うかの様にヨシュアは口を開いた。
「アザゼルさんだっけ──で、どうするの。 アザゼルさんもやるの? まあ俺はオススメ出来ないけどね。ここで二人共寝ちゃったらそれこそ天界の面汚しじゃない? ここは大人しくこの人連れ帰って出直した方がいいんじゃない?」
完全に舐めきった態度のヨシュアに火が出そうになるアザゼルだが、ヨシュアの言葉は否定出来るものではない。
確かに、ここで二人共やられたとなれば天界の面汚しだ、その失態は決して許されないだろう。
最悪、堕天を命じられるかもしれない──その想像にアザゼルは苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、重い口を開き、ヨシュアに宣告とも取れる言葉を投げる。
「必ず貴様に天の裁きが下るであろう──覚悟しておけ」
そう言うと、アザゼルは掴んでいた女性を放し、カマエルの大きな体を担ぐと──白い翼をバサバサとはためかせ大空へと消えていった。
──残ったのはヨシュアと放心状態の女性。
ヨシュアはそんな女性に近づいていくと、優しく声をかける。
「大丈夫かい、お嬢さん?」
しかし、過ぎ去っていく出来事に対処が追いついていない女性はヨシュアの声が聞こえていなかった。
女性の頭は疑問ばかりが支配していた──何故助かったのか、何故天の使いが敗れたのか、この男は何者なのか? そんな疑問がぐるぐると頭を駆け巡っていると、ふと、体が浮くような感覚にハッと辺りを見回すと、確かに浮いている。
そして、自分が何者かも分からない相手にお姫様抱っこされている事に気がつく、すると女性の顔はみるみる赤くなり「きゃっ」と、短い悲鳴をあげ不敬な行為をする男に抗議の声を上げる。
「貴方下ろしなさい! 私が豊穣の女神と知っての行いですか!!」
そんなご立腹の女性を「ああ、うん。ちょっと待っててね」と、ヨシュアはのらりくらりとかわし、自宅に入るとリビングの椅子に女性をそっと座らせた。
「それで、どうしてあんな事に?」
そんなヨシュアの質問に女性は喉がつまる。
「そ、それは……」
「ん? ……まあ、言いたくないなら別にいいよ。それより」
『グゥー』
突然の腹の虫、それを鳴らしたのは顔を真っ赤にした女性だった。
「あははっ、お腹空いたんだね。ちょうど何か食べるか聞こうと思ってたんだ、俺も腹が減ったし少し待っててよ」と、そそくさと台所へと消えていくヨシュア。
その光景を女性は黙って見る事しか出来ない。もとより、腹の虫を鳴らしてしまった事が恥ずかしくて何も言えずいた。
(恥ずかし過ぎて帰りたい! でも帰れない……)そんな矛盾を抱えた女性は、時計が刻む秒針を眺める事で考える事を放棄する。
暫く秒針を眺めて過ごしていると何やら良い匂いが漂ってくる事に気がついた女性は「グゥー」と、再度腹の虫を鳴らしてしまう。
あの男が居なくて良かったと安心していると「お待たせー」と、男がおぼんに深皿を乗せ戻ってくる。
「お待たせ。こんなものしか出せないが遠慮せず食べてくれ」
「これは?」
「ああ、ポトフだよ。食べた事ないかい? 俺のポトフは美味いよ? なんたってじいちゃん直伝だからね。はいっ、スプーン。──じゃあ、いただきます」
あれよあれよと食事の用意をされスプーンまで持たされた女性は漠然とするが、目の前に置かれた食欲を誘う匂いにまた腹の虫がなりそうだと焦る。
「どうした、食べないのか? あっ、もしかして苦手なものでも入ってた? 事前に聞けば良かったね」と、申し訳なさそうにするヨシュアに女性は焦るように否定の言葉を出す。
「あっ、そんなことはないですわ!! い、いただきます」と、ここまで来たら食べなければ失礼だ、と女性はスプーンを深皿に沈めた。
見た目はスープのようだ、そして芋などの野菜や腸詰めにされたお肉が入っている。そう、冷静に分析した女性は『問題は味か』と恐る恐るスープを掬ったスプーンを口に入れる。
「……美味しい」
そんな言葉が自然と口をつく。
味付けはシンプルに塩、だけど野菜の旨味やお肉の深みがしっかりスープに溶け込んでいて、それらが複雑に絡み合い口の中で溶け出す。
お野菜はどうだろうと一つ掬って食べてみる。ああ、これも美味しい、しっかり煮込まれていて柔らかいがお野菜の味はちゃんと残っている。
じゃあ、この腸詰めのお肉は? と、口の中に入れ咀嚼すると──噛めば噛むほどジューシーな旨味が溶け出してくる。しかし、お肉の下味は少しスパイシー、でもそれがまた良い、まろやかなスープやお野菜にアクセントとして素晴らしく合う。
そして、女性は夢中になって食べ尽くしていきあっという間に皿を空にした。それを見たヨシュアは嬉しそうに笑い「おかわり持ってくるね」と、足取り軽く台所へと向かう。
結局その後、三杯もおかわりをしてしまった女性は満足感と共に恥ずかしさがこみ上げてきた。
腹の虫を聞かれ、まるで飢えた野獣の様に食べつくし、あまつさえおかわりまでしてしまったのだ。
(もうお嫁にいけない……)
そんな女性にヨシュアは畳み掛けるような提案をしだす。
「美味しそうに食べてくれて嬉しいよ──それで、提案なんだけどさ。良かったらここに住まない?」
ヨシュアの驚きの提案に女性は困惑する、何を急に言い出すのかと。
「貴方何を言ってるのですか!? なぜ会ったばかりの貴方と!!」
「ああ、まあそうなんだけどさ。どうやら君も色々事情が有りそうだし、それに──逃げて来たんでしょ?」
「そ、それは……」
「まあ、俺も同じようなもんだし」
「貴方も?」
「ああ。だから同じ穴のむじなって事で一緒に住んでくれないかなって。それにあいつらまた来るよ? ここに居れば俺が絶対守ってやる」
ヨシュアの言葉にぐらつく女性。そして後押しするような決定的な言葉をヨシュアは続けた。
「勿論、君の問題が片付いたらいつでも出て行っていい。それに君には絶対手を出さない、神に誓ってもいい。 どうだい?」
男が吐くその言葉、本来なら絶対に信じてはいけないのだがヨシュアの透き通る黒い瞳に嘘は感じられない。
そして、その瞳につい魅いられた女性はコクンッと頷いてしまった。
「おおっ、良かった。じゃあ、これから宜しくね。俺はヨシュア、ヨシュア・デモン」と、にこやかで純朴な少年のような笑顔を向け、手を差し出すヨシュア。
その笑顔に少しドキッとした女性は頬を赤く染めながらヨシュアの手を握る。
「わ、私はララ、ララ・デメテールです。宜しくお願いしますわ、ヨシュア様」
──こうして、ヨシュアとララは運命の出会いを果たす。
白馬の王子様が如く自分を助け、ナイトの如く自分を守ってくれると誓ったヨシュア。そして、美味しい料理で胃袋までも魅了する。
そんなヨシュアにララが想いを寄せるのは時間の問題だろう。




