枷の重さ
──アベル王国、首都『ケルビム』──
カイン王国にて、『コブラ伯爵』との密談を終えたヨシュアとスネークは、現在アベル王国へと戻って来ていた。
そして、首都ケルビムに訪れたヨシュアとスネーク。
人で賑わう城下町を進み、目的となる場所へ向かう。
カイン王国は鍛冶が有名な国だったが、ここアベル王国は農耕が有名な国だ。西に荒れ果てた地が有りながら、隣接するアベル王国では大地がとても肥えていた。
そんな立地を生かし、初代国王は農地を拡大させ、農業大国とまで呼ばれるほどに、国を大きくしていったのだ。国で作った作物は、隣接する国々へ輸出して、国益を得ている。
そこで不思議なのが──カイン王国ではアベルへの輸出が禁止されていたが、アベル王国はカイン王国にも輸出をしているのだ。その事実から察するに、確執が有ると思っているのは、カイン王国だけなのかもしれない。
二つの国に何が有ったのか? 謎は深まるばかりである。
まあ、その謎は後で追うとして、目的地へとたどり着いた、ヨシュアとスネークを先に追うとしよう。
──アベル城『王の間』──
「拝謁、誠に感謝でございます。アベル王」
そう言って片膝をつき、頭を下げるスネーク。ヨシュアもそれを真似る様に同じ姿勢で頭を下げる。
「頭を上げよ」
ゴツゴツした鎧を着込み、兜で顔を隠した女性が、頭を垂れるヨシュアとスネークにそう告げた。二人は、その言葉を合図に頭を上げると、膝をついた姿勢のまま、王の言葉を待つ。
「此度はどうしたのだ? スネーク辺境伯」
静けさが漂う王の間に、とても落ち着いた威厳の有る声が響く。
優しげな雰囲気だが、瞳の奥で厳粛さを求める様な鋭い視線を向けてくる男。ヨシュアがアベル王を見た時に感じた、第一印象だ。
今回アベル王に会うのは二度目だった、ヨシュア。
初見で会った時に感じた思いは二度目になると薄れ、今は『優しいおじちゃん』という、不思議な感想を心に抱いて、アベル王を見つめていた。
「此度はご報告が有り、参りました」
「何があった?」
スネークは王の問いに、わざとらしく無念そうな表情を作り、返す。
「開拓団として自ら名乗りを上げて、西の地へ向かったエデン騎士団ですが……西の地では未確認だった魔物、それも強力なワイバーンの群れに襲われ、エデン騎士団は壊滅した──と、命からがら逃げてきた、開拓民の報告が有りました」
「な、なんと! それは誠か!?」
「誠でございます……アベルの守り神と謡われ、国に貢献してきたエデン騎士団を失った事は、非常に無念でなりません……」
「そうか……ほんに無念じゃ。エデン騎士団には今まで世話になっていた──せめて、大きな墓と銅像を作ってやろう……」
「でしたら、私にお任せください。私の私財をもって、作らせていただきます」
「それは助かる。いつも悪いのう」
「私に出来る事なら、なんなりとお申し付けください」
「少しお主にも恩を返さねばのう……そうじゃ! 公爵の娘が年頃になっておる。縁談など、どうじゃ?」
「これはこれは、私などには勿体無きお話……ですが、折角のお話です。慎んでお受けいたします」
「そうかそうか! ならば、近いうちに場を設けよう」
アベル王は縁談の話を受けたスネークを、その後も、ひたすらに持ち上げ続けるという、王が一人の貴族に肩入れする、有ってはならない光景を、王の間に居合わせた者達は見ていた。
「──では、私はこの辺で失礼致します。近いうちにお会い出来る事を、楽しみにしています」
アベル王に持ち上げられ、すっかり上機嫌のスネーク。笑みを浮かべたいのを必死に我慢しているようで、頬の筋肉がひくついてる。
「うむ──では、またのう」
そんなアベル王の言葉の後に──鎧を着込み、兜で顔を隠した女性が「下がれ!」と、言い放つ。その言葉を合図に、スネークは立ち上がると、王の間を出るため後ろを向いて歩き出す。
それを確認したヨシュアも、立ち上がると──アベル王と視線を合わせ、互いに親指をぐっと突きだした。
(ナイス演技です!)
(そうじゃろ? 若い頃の夢は役者じゃ)
そんな無言の会話を交わした、アベル王とヨシュア。
二人は既に打ち解けているようだ。
二人が打ち解けた経緯だが、それは少し前に遡る──『帝国へ行く』、スネークがそう言い出した時に、ヨシュアはレメクへ相談に行ったのを覚えているだろうか?
その時、レメクは王都へ連れて行ってくれと頼み、ヨシュアも同意した。そして、王都へ二人で訪れた際に「どうせなら、よっちゃんも会っておけ」、そう言われて会った人物こそ──アベル王だったのだ。
──二ヶ月前、アベル城。
「久しいのう、エデン騎士団長。将軍もお主に会いたくて仕方がなかったみたいだぞ? のう、フレイヤ将軍」
王座に座ったアベル王が、おどける様に『フレイヤ将軍』と呼び、見上げた者。その者は、ゴツゴツした鎧を着込み、顔を隠すような兜を被った女性。
その負けん気と根性、そして数々の強者を腕一本で張り倒してきた功績を認められ、女性ながら異例の将軍となった人物だ。
「その様な嘘をつくのは、止めて下さい! 私がいつこんな男と会いたいと申したのですか!!」
フレイヤが声を大にして抗議の声を上げる。だが、その声は、どこか恥ずかしさが入り交じっている様に聞こえた。
「ご無沙汰しておりました──アベル王。と、フレイヤ将軍」
「と、とは何だ!! 私はオマケだと言うのか貴様!!」
「本当になんて言い草だ……会いたくて会いたくて、夜も眠れなかった将軍の気持ちも考えたまえ」
「そうだ!! ……って、何を言っているのですかアベル王! 眠れなかったのは昨日だけです!」
((昨日は眠れなかったんかい……))
「今日は大切なお話をしに参りました」
それまでの流れをぶった斬るようなレメクの言葉に、アベル王は驚きを隠せない。しかし、そこは一国の主だ──直ぐ様表情を正し、レメクに言葉を返す。
「ほう、大切な話とな……ようやく、此方へ来る気になったかのう」
「いえ、それは……」
「なんだ、違うのか……残──」
「何故だ!! 此方へ来れば何不自由ない暮らしが出来るだろうに! 貴様の腕なら私を押し退けて将軍にだって、なれるのに、何故だ……」
アベル王の言葉をまさに押し退け、最後は消え入るように話すフレイヤ。表情こそ分からないが、その言葉から、人一倍残念そうなのは容易に分かる。
「すまないな、フレイヤ。だが、俺には──守る者がまだ彼処にはいるんだ」
そう、堂々と言い放つレメク。
言葉尻から伝わる気迫に、フレイヤは「謝るなよ……」と、兜の中で誰にも聞こえないように呟いた。
「しかしのう……アダムとイブもこの世にはもう居ない。まだ、何を守ると言うのだ? 民と言うなら、この国の民を全て守って欲しいのじゃが」
フレイヤと違い、アベル王はまだ諦めてはいないようだ。確かに、このままエデン騎士団を自由にしてしまえば、いつどこぞの国に引き抜かれるかも分からない。
強力なエデン騎士団が敵に回るというリスクは、どうしても避けたい所なのだろう。
「その事でお話が有るんです。実は──アダムとイブは生きております」
「な、なんじゃと!! どういう事だエデン騎士団長!! 嘘なら許さんぞ!」
スネークから病死の報告を既に受けている。その事実が有りながら、アダムとイブが生きているという、疑わしい言葉を口にするレメクに、怒りを露にするアベル王。
しかし何故、たかだか辺境伯の子供が病死しただけで、一国の王がここまで怒りを露にするのか? その訳は、レメクの言葉を聞けば分かるだろう。
「大切な『お孫さん』は、間違いなく生きております。首を賭けても良い、まごうことなき事実です」
「本当、なのか……だが何故、スネークはそのような嘘を……」
アベル王の疑問を解くように、スネークの悪事と、裏で何かを計画しているという事を説明するレメク。
レメクの説明を聞いたアベル王は、悪鬼の如く憤慨すると、「今すぐ奴を捕らえ、首を斬る!!」そう言って王座から勢いよく立ち上がった。
そんなアベル王を諌めるため、一人の男が危険を省みず、スネークの側近として潜入し、悪事の証拠と、スネークと繋がる者達を見つける為に、動いている事を話すレメク。
レメクの言葉に、徐々に落ち着きを取り戻していくアベル王だが、少し府に落ちないという表情をしていた。
「だかのう……その者は本当に信頼出来るのか? 奴の手先として寝返るかもしれんじゃろ」
ヨシュアを知らないアベル王としては、そんな不安を抱いていた。
「それなら心配有りません。その者は、俺の生涯の友であり、アダムとイブを救った者、そして、優しき心を持つ天使のような男ですから──な? ヨシュア」
そんな照れくさくなるような言葉を吐いたレメクは、黙って後ろに控えていたヨシュアの肩をガシッと掴んだ。
「も、もしや、その男が?」
「ええ、そうです」
ヨシュアをアベル王の前へと差し出すレメク。ヨシュアにいたっては、気恥ずかしそうに頭を掻いている。
「ヨシュア殿よ、アダムとイブを救ってくれて本当にありがとう」
王座から立ち上がり、アベル王は深々と頭を下げる。
王として頭を下げるのはあまり良くない事だが、今は信を置ける者しかいない、そう思っての行動だった。
なんとか、大切な孫達を救ってくれた者に感謝を表したかったのだ。そんなアベル王の気持ちを理解していた者達は、ヨシュアを除き、誰一人その行動を咎める者は居なかった。
「や、やめて下さい! 自分の様な者に、頭を下げないで下さい……」
困惑するヨシュアの言葉にも、アベル王は深く下げた頭を上げる事はしなかった。
そして──しばらくの間頭を下げ続けたアベル王は、ゆっくりと頭を上げ、ヨシュアを見つめると、ふいに自らの思いを吐露し始める。
「あの子達の母は──第三王女だった、私の娘なんだ。そりゃあ気が強い娘でのう……中々結婚出来ずにいきおくれていたんじゃ。そんな時、悩んでいた私は、伯爵として跡を継いだばかりの男と、勝手に結婚を決めてしまった。娘は酷く怒ってのう……結婚の儀式の前日に飛び出して行ってしまった」
昔を思い出して語るアベル王の横顔は、どこか悲しそうな表情をしていた。
「必死に娘を探したが、とうとう見付ける事は出来んかった……その数年後じゃ、娘がエノクの辺境伯と結婚したと聞いたのは。私は迷った、辺境伯を呼び出して娘について聞くかどうか……じゃがのう、折角結婚出来たんだ、余計なちゃちゃを入れて娘の幸せを壊したく無かったんだ。だから──私は遠くから見守る事に決めたんじゃ。だが、そんな娘はイブを産んだ時に呆気なく逝ってしもうた……その前に、一目でも会っておけばと、今でも後悔しておる」
アベル王の長い独白を聞いたヨシュアは、思わず浮かんだ疑問を、口にしてしまう。
「それなら……何故、アダムとイブを引き取ってあげなかったんですか! あの子達は元気に笑ってこそいますが、両親を亡くし、閉じ込められ、挙げ句に命を狙われたんですよ! 貴方が引き取ってくれさえしてくれてたら……」
「ヨシュア!! それ位にしておけ! アベル王もそんな事は分かってるんだ。だがな、一国を担う王がそう易々と自分勝手に物事を決める事なんて、出来やしねえんだ」
ヨシュアに声を荒げて諌めるレメク。だが、ヨシュアもそんな事は理解出来ていた。ただ、健気に生きるアダムとイブを想うと、責めずにはいられなかったのだ。
「すみませんでした。アベル王の気持ちも考えずに……」
「いいんじゃ、全てヨシュア殿の言う通りじゃ。不甲斐ない王じゃのう……権力を増す貴族達の顔色を伺い、自分のすべき事を躊躇してしまった。責められるのは当然じゃよ」
一国の王──民の為に生き、民の為に死ぬ。
そんな王が自分勝手に行動すれば、些細な事でも民を傷付けてしまうかもしれない。そんな枷が、一国の王にははめられるのだ。それが何世代にも続く歴史ある国ならば、何重にもなった枷が、王の足をキツく締め上げるのだろう。
「自分が……自分が、アダムとイブに会わせます。だから、あの子達を──その手で抱きしめて上げて下さい! お願いします!!」
ヨシュアは、後悔に蝕まれるアベル王の瞳を、真っ直ぐ捉え、宣告するようにアベル王の心の枷を砕こうと、叫ぶ。
「ヨシュア殿……お主は、なんて真っ直ぐな瞳を持っておるんじゃ……うむ、相分かった! 頼んだぞ、ヨシュア殿」
ヨシュアの手をそっと握るアベル王──ヨシュアの手が一滴の雨でポツリと濡れた……。
長かった第二章も、後二話でクライマックスです! 二章の最後は、バトルも有るよ!




