推菓子とおかしな兄弟
なんとか間に合ったぜ……。
ヨシュアが一時帰宅した事で開戦された、女達の熱き戦いは、後にデザート大戦と呼ばれるほど苛烈を極めた。
メーサによって連れて来られた、一流のパティシエ達が作る甘味。その中で何が一番美味しいのか? そんな究極の答えを求め、女達は各々が推す『推菓子』を一番にするため競いあったのだ。
「雲の様な甘いホイップとフカフカのスポンジを味わっていると、突然やってくる悪魔のような酸味……でも、その後に訪れる天使のような甘いひととき──そんな幸せな時間をくれる、いっちゃん(苺のショートケーキ)が一番に決まってる!」
「「そうよ! そうよ!」」
「何を言う! サクサクした食感で魅力した後に、ほろ苦い初恋のような甘さが、あの頃を思いださせる……温つくても冷めたくても美味しい! そんなチョッキー(チョコチップクッキー)が一番に決まってるわ!!」
「「そうよ! そうよ!」」
「醜い争いね……一番は、みたちゃん(みたらし団子)しかいないのに」
こうして、壮絶な推菓子バトルを繰り広げた女達は──血み泥の戦いに、ならないしどうでもいい。
風呂から上がってさっぱりしたヨシュアは、スネークが帝国と繋がっている事をレメクに報告するのだった。
「──帝国が絡んでるのか……厄介だが、どうしようもねえ。とりあえず、メーサに頼んで闇ギルドに探ってもらうか」
「スネークを捕らえた後、喋ってくれると良いんだけど……」
「どうだかな、喋ろうとしたら爆発する爆弾でも仕掛けられてそうだが……いや、冗談──でもねえな、帝国ならやりそうだ」
「そうだね……」
帝国の技術力が集結していた──首都アトランティスを見てきたヨシュアは、確かに帝国ならそんな仕掛けも施せそうだと、改めて帝国の先進さを思い出していた。
兎に角、帝国の件は慎重に調べよう──そう、レメクと合意したヨシュアは、エノクの状況について聞く事にした。
「それで、エノクの町はどうなの?」
「ん? ああ。エノクに居たスネークの私兵は全て排除した。それで一つ困った問題が有ってな……まあ、悪い事じゃねえんだが」
「えっ、なに?」
「領主邸にスネークの連れてきた執事やメイドがいるだろ?」
「うん、居るね」
「ヨシュアさんは悪い人じゃないから見逃して下さいって、お願いしてきたぞ」
レメクの言葉に、メイドや執事達の必死な顔が思い浮かび、ヨシュアは心が熱を持つのを感じた。
「そうか……それは嬉しいね。仲良くなった甲斐があったよ」
「それでよ、スネークの悪事を暴ける様な証拠を出したら考えてやる、って鎌かけてみた。ヘヘッ」
そう言って悪そうな表情をするレメク。
伊達にガキ大将だった訳ではないようだ。
「うわっ、レー君酷い……」
「う、うるせえ! フンッ……兎に角だな、そしたら書類の束を持ってきた、別嬪のメイドとやつれた顔した執事が居たんだ」
「えっ!? あの二人が!? ……最後までよそよそしかったのに、なんでだろ?」
どんなにヨシュアが仲良くなろう、と近付いても何処かよそよそしかった二人。そんな二人がヨシュアのためにスネークを売るとは考えにくかった。
「さあな──でだ、その二人がこの書類を渡す代わりにお前の正体を教えろ、って言い出したわけよ」
「教えたの?!」
「ああ、教えてやったぜ」
ニヤつくレメクに、嫌な予感がするヨシュア。
ろくでもない事を教えた気がしてならない。
「あの男は──俺の友であり、西の地に作っている新興国の王だってな」
「また、余計な事を……皆、なんて?」
「なんてって言うか──新しい執事とメイドを雇ったぜ!」
「はいっ!? もしかして全員!?」
「勿論! 書類持ってきた二人なんて、必死な顔して『ヨシュアさんに恋人は居るんですか!?』って、聞いて来たぞ……なんで執事まで恋人の事気にしてんのか謎だが」
「そう、なんだ……俺、気分悪くなってきたから、もう一回お風呂入ってくる」
そう言って、青い顔で席を立つヨシュア。
スネークに付いていた執事やメイド達は、優秀であり働き者ばかり。そんな人達に世話をして貰うなど、マイペースな自分は、気を使ってしょうがない。
兎に角、考えるのは止そう。
そう決めたヨシュアは、熱い風呂で頭をリセットしようと、豪華な風呂に舞い戻る事に。
「あっ、ちょっと待て! まだ続きが──行っちまったよ……あの二人は、もう此方に向かってんだがな」
その後、風呂へと舞い戻ったヨシュアは、思いがけない出来事に襲われる。
「──ちょっ! 何であなた達が!?」
「「今日から宜しくお願いします」」
「では、お体を洗わせて頂きます。私は前を」
「何を言ってるのですか! メイドごときに大事なヨシュア様のご子息を洗わせる訳にはいきません! ですので、前は私が」
「メイドごときとは聞き捨てなりませんね! それに、むさ苦しい男に洗われては、ヨシュア様の天使の様な可愛いご子息が可哀想です! 大きくなるものもなりません!」
「いや、洗わなくて良いですし、大きくもしません……とりあえず出て行ってくれませんか?」
「前は私です!」
「いいや、私だ!」
くだらない事で言い争う二人を見ていると、なんだか無性なものがこみ上げてくる。
「はぁ……何か、凄い疲れる──もう、帝国に戻ろう」
(のんびり暮らしたいんだけどな……スネークの件が終わったら、何処か静かな所に行こう。あっ、ドラゴンの所だったら、魔物も居ないし静かだったよな)
静かに暮らしたいと、やって来た人間界。
だが、実際の所は魔界にいる時より、面倒な事に巻き込まれている。ようやく気付いた事実に、ヨシュアは逃亡計画を密かに立てるのだった──
──カイン王国、首都『ノド』──
鍛冶が盛んなこの国では、至る所で煙突から煙が上がっている。カイン王国首都であるノドでも例外ではなく、慣れない者が街を歩いていると、煙で目が痛くなるほど、盛んに鍛冶が行われていた。
カイン王国で作られた金属製品は、どれも安価で品質が良く、小国や帝国に輸出され、国の大きな収入源の一つでもある。
だが、何故かアベル王国には一切の輸出を禁じている。アベル王国とカイン王国──二つの国には知られざる確執が存在しているようだ。
「ゴホゴホッ。しかし煙いですねこの国は……」
「ヒヒッ、慣れればそうでもない──さて、屋敷に着いたぞ」
煙たい街を歩いていると、一際大きな屋敷が目の前に現れる。カイン王国での目的地である"ザキエル・コブラ"邸だ。
「ようこそおいで下さいました、スネーク様。コブラ様がお待ちです」
「うむ」
屋敷の前で待っていた執事に案内され、迷路のような庭を抜けると──屋敷に負けない大きな男が、優雅にお茶を啜っていた。
「──久しいな、サマエルよ。元気そうでなによりだ」
「お兄様こそ、相変わらずの様ですね」
スネークを下の名前で呼び、ひたしげに話す二人。
(お兄様? もしかしてこの二人は兄弟なのか?)
お兄様、とスネークがコブラを呼んだ事で、二人は兄弟なのか? と、疑問が浮かぶヨシュア。
スネークが別の意味で『お兄様』と、呼んだ事も考えられるため、二人の会話を聞いて判断しようと、ヨシュアは交わされる会話を聞き逃さない様に、耳をそばだてる。
「それで──ユダは何と?」
「このまま慎重に進めろ、と言っていました」
「そうか。あの野郎に頭を下げるのもうんざりだな」
「まあ、そうですが、暴走してはなりませんよ? お兄様」
「分かっておるわ……我等が地上を支配するまで、この煮え滾る血を温めておくとしよう」
「そうです──憎っくき天界の者共に復讐するまでは、道を逸れる訳にはいきません!」
「そうだな、弟よ──所で、その男は誰だ?」
ヨシュアを捉え、毒を浴びせるような視線を放つ、コブラ──その視線に、自ずとヨシュアの身体が敵を感知する様に強張る。
「ああ、この者は最近雇った従者です。あのエデン騎士団を一人で壊滅させた腕を持つ強者ですよ」
「ほう……それは良い従者を得たな、弟よ」
まるで新しい玩具を見つけた子供の様な表情をする、コブラ。何故か腰にぶら下げた剣を抜きたそうに、指で弄んでいた。
「止めて下さいよ、お兄様! 私の身を守る大事な男なのですから!」
「良いではないか。なに、少し遊ぶだけだ」
コブラが口を閉じた刹那──抜き身の剣がヨシュアを襲う。
「くっ……!」
その、人を斬る事に何の躊躇いもない剣筋を、紙一重で避けた──ふりをするヨシュア。
あれだけ殺気を放っていたのだ、何かしらの攻撃が来る事は、ヨシュアなら容易に予測出来た。
それに、如何にも強者の雰囲気を醸し出すコブラだが、剣筋を見る限り大した事は無いように感じた。それこそ、広場で襲ってきたエデン騎士団の方が何倍も鋭い剣を振ってくる。
そうは言っても、ここで余裕で避けると、後々面倒な事が待っていそうに思えたヨシュアは、見事な役者ぶりを見せる。
スレスレに避ける──いや、若干服を斬られ、危なかったアピールをした後、
「なんて剣筋だ……」
と、地面に膝をつき、額に流れる汗を拭うヨシュア。
全くわざとらいしのだが──
「お兄様の一撃を避けるとは……流石、私の見込んだ男だ──どうですか? 私の従者は」
「フッ──中々にやるようだな……だが、我が本気の剣撃が、このようなものだとは思うなよ!」
悔しいのか本気なのかは分からないが、まるで『手加減してやった』と、言わんばかりのコブラ。
「はっ! 肝に銘じます!」
「うむ、素直で良い従者のようだ。どうだ? 弟の従者ではなく我の従者にならんか?」
「お兄様! それは流石にお兄様でも許せませんぞ!」
「ハッハッハッ、冗談ではないか。そんなにムキになる事なかろう」
「まったくお兄様は! いつも私をからかうんだから!」
(なんだろう、スネークが気持ち悪い……まあ、兎に角、上手く騙せたみたいだな)
「コブラ伯爵樣──お仕事は順調のようですが、お変わり有りませんか? 私もとうとう辺境伯まで登りつめる事が出来ましたよ」
「ほう、それはそれは──良かったではないか、スネーク辺境伯殿。我の方も変わりなく順調に進んでおるぞ。公爵の娘との縁談も来ておる」
「ヒヒッ、それは良き縁でございますね。貴族連中も問題は無いようですね?」
「ああ、この国の貴族は頭が筋肉で出来ている者ばかりだ。飴と鞭を使い分ければ操るのは容易い」
「では、今後の計画も上手くいくように──今夜は神にでも祈りましょうか。ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」
「それは良い考えだ。フハッ、フハハハハッ」
どうやらこの二人が兄弟だと言う事は、会話から察するに、間違いない事実のようだ。
その事実を確認出来た事に、少し安心するが──この二人のやり取りを『夜まで聞かなければならない』そんな恐怖に、背筋が凍りそうなヨシュアだった……。
ブクマ、評価して頂けると大変興奮します、ヒヒッ。




