西の大地へ 回想編
──ヨシュアがクビ宣告された数時間後。
「ハァー、これからどうしよう。冒険者をクビになったら行くあてがない……普通に働くとしも身分証がどこも必要だし、身分証を作るのには俺が魔族だってバレてしまう。完全にどん詰まりだ。クビになった俺がアイゼンさんに薬草売りに行くのもまずいよな~あの人、今じゃギルドマスターだし、俺との関係がバレたら迷惑かけるだろうし……ハァー」
ヨシュアは誰がどう見ても路頭をさ迷っていた。
人間界では徹底された身分管理がなされている、正体を隠したままではどこも雇ってくれないばかりか、宿屋にさえ泊まる事が出来ない、
それに、一度身分証を発行しようとした際に、危うく魔族だとバレかけたヨシュアにとって、冒険者はその身分を明かさずに登録出来る唯一の場所だった。
冒険者というのは各地を放浪し、定住しない者と見られていて、一々登録の際に身分証を見せる事などないのだ、そして冒険者登録の際に発行される冒険者カードが身分証の代わりとなる。
他の冒険者ギルドで登録しなおせば良いのでは? と思われるかもしれないが、登録の際に自分の血液をギルドに登録され、ヨシュアという冒険者を照合する際に使われるのだ。
そしてその情報は、各地のギルドと共用させているため、一度冒険者として身分を剥奪された者は二度と冒険者という身分を得られない。
そう、身分証も取得出来ず冒険者という隠れ蓑も失ったヨシュアは完全に詰んでいた。
だが、魔界に戻る選択肢はヨシュアの中に存在していない。
だとすればどうするのか? 決断を迫られてたヨシュアはある事を思い描く。
(このままじゃじり貧だし、いっそ誰も居ない所でひっそりと静かに暮らすか? そうすると、西に荒れ果てた土地が有ったな。あそこなら誰も居ないだろうし、ちょうどいいか。よし! 西の地でのんびり暮らせる自分だけの国でも作るか! 幸い一年ぐらいなら暮らせる金はあるし、開墾しながらのんびり暮らそう、食料が危なくなったらこっそり買いにくれば良いだろう。そうと決まれば早速西の大地へ向かってみるか)
こうして、ヨシュアは今後の人生設計を簡素にたてると、暗闇の中へ姿を消した。
そして、闇夜に何処からともなく黒い翼をはためかせた、悪魔が飛来する。
一見、端から見れば人間と見間違える容姿だが、その黒い翼と凶悪で何とも形容しがたいその雰囲気は、コイツは人間ではないと脳が即否定するであろう。
そんな悪魔は、空を龍のように駈け上がると、遠い西の大地へと消えて行く。
しかし、その姿を目撃していた者がいた事でヨシュアの静かに暮らしたいという小さな願いは叶えられる事はなかった。
(あれは悪魔族か? なんでこんな所に悪魔族が? まあいい、後で兄者に報告すれば良いか)
その者とは、抜群の容姿に怪しい雰囲気で女性を虜にする男、彼は姿を人間に変え、人間界で女性を貪るためにやって来たインキュバス族 " カイゼル・ボイド " 。
そう、インキュバス族長兼魔界の大臣として腕をふるう、ブランドンの弟である。
彼に知られたということは、遠からずヨシュアの姿がブランドンに見つかるのは時間の問題であった。
──人間界、西の荒れ果てた地──
「さて、このへんで良いか。人里からもだいぶ離れたしな」
月が照す闇夜の中、ヨシュアは上空を音速(時速1200㎞)で飛行し、荒れ果てた地まで僅か二時間程で到着した。
距離にすると約二千四百㎞、これだけ離れれば人里など当然ありはしないだろう。
だが、この荒れ果てた地は元々人が住んでいたのだ、それがある時を境に人々はこの地を見放し、東の地へと大移動していった。
その原因となったのは乾いた地面から想像がつく通り日照りだ、ある時、それまで大地に恵みをもたらしていた雨が突然降らなくなる、それは翌年以降も続き作物を育てる事が絶望的に、やがて川が干上がり、人も住めなくなった。そして、人々は『神が見放した地』だと恐れ、西の地を去ったのだ。
ヨシュアは黒い翼をゆっくりとはためかせ大地へと降り立つと、腰に着けたポシェットからミニチュアの家を取り出し、地面にそっと置く。
すると、ミニチュアだった家はどんどん大きくなり、しまいには煙突が付いた立派な二階建ての邸宅が、荒れ果てた大地に根をはった。
「いや~、流石に大きくて今まで使ってなかったけど、定住するなら良いよね? ありがとう、じいちゃん」と独りごちるヨシュア。
この邸宅はヨシュアの祖父が、死ぬ前に可愛い孫のために何か残してやろう、と用意したもの。
小さくなっていたのは空間魔法の細工が施されていた所為で、腰に着けたポシェットも祖父が無限収納の空間魔法を施してあり、他にも沢山の祖父からのプレゼントが収納されている。
ヨシュアは今は亡き祖父を想い、邸宅を感慨深く眺めると、ゆっくり玄関を開け今日から我が家となる邸宅へと入っていった。
「うわ~、風呂も付いてるし家具も全部揃ってるじゃんか……流石じいちゃんだ」
一つ一つ部屋を見回っていたヨシュアは、感動のあまりそう呟やく。そして、今日は疲れたから寝るか、とフカフカのベッドへとその身を沈める。
(しかし、思い立って来たは良いが、この枯れた地で作物を育てるのは大変そうだ……豊穣の女神様でも降ってこないかな? まあ難しい事は明日考えれば良いか)
いい具合にフラグを立てたヨシュアは、重くなった目蓋をそっと閉じ、眠りに落ちた。
──そして翌朝。
ヨシュアを眠りから覚ましたのは、
「キャッー!! 誰か助けてー!!」という甲高い女性の悲鳴だった。
突然の悲鳴に飛び起きたヨシュアは、何事かと眠気眼で玄関を開ける。
そこには、白い翼をつけた二人の男に羽交い締めされながらも必死に抵抗する、ブロンドの髪に花の冠を被った美しい女性がヨシュアの視界に飛びこんできた。




