散りゆく花⑤ 回想編
──エルフの森、集落──
馬蹄を踏み鳴らし、森を蹂躙するケンタウルス達。体は馬だけに、進む力は強いが、いかせん小回りが利かない。しかし彼等は頭が良い──戦術と推進力を生かしてエルフ達を圧倒していく。
「やるな、ケンタウルス族」
「なに、これぐらいは朝飯前だ。それに、ミノタウロス族も中々ではないか」
「へへ、まあな。フンッ」
力強く、大きな斧を振り回すミノタウロス族の男。その、物言わせぬ破壊力で、エルフの集落を崩壊させてゆく。だが、彼等は頭が悪い。
戦術など持ち合わせていない彼等は、闇雲に力を振るうだけ。しかし、矢を射っても弾き返す鋼の体で、重戦車の如く前進してくる彼等に、エルフ達はただ恐怖し、逃げ惑うしか無かった。
そんな二つの種族を率いるのは、赤い髪をなびかせ、威風堂々と佇む長身の男。その肌は少し赤みがかかっており、額には小さな角を生やしている者とは──炎鬼族、族長の息子であり、レメクの兄でもある"バニング・スピリット"だ。
佇むバニングに一人のケンタウルスが近付き、頭を垂れる。
「バニング様、集落の方は粗方崩壊させました。最早、抵抗する者もおりません」
「そうか、良くやった。後は、族長を葬るだけなのだが、奴が行使する『精霊魔法』とやらが厄介でな、私の炎も通じん」
バニングは圧縮された炎を手のひらから放つと、炎の行き着く先を伺う。
その先には、エリーユの父ことゴルゴンがバニングを睨んでいる。そして、バニングの放った炎がゴルゴンを襲うが、突然吹いた突風により炎は掻き消された。
「フンッ。まあ、あの通りだ」
忌々しそうに呟くバニングに、ケンタウルス族の男が答える。
「やはり、世界樹を守る『守護者エルフ』の名は伊達では無かったですな」
「なんとも忌々しいものだ。あの木を守護しているだけで、世俗とは別に確固たる地位を手にしている」
集落の中央に聳え、天を貫くほどの壮大な樹木を眺める二人。
二人が眺めているのは、魔界で『世界樹』と呼ばれ、魔界の大地を潤し、魔族に力(魔力)を与えていると言われている木だ。
実質、世界樹は魔界の隅々まで根を生やし、そこから大地に栄養を与えている。そして、樹の中で精製される『マナ』を空気中に放ち、魔界に限らず世界中に魔力の元を解き放っていた。
その事実を知るのは時の魔王達と、守護を任されているエルフ達だけだ。何故他の者は知らぬと言われれば──世界樹を廻り、争いが起こるからだと答える。
現に遠い過去、世界樹が元で長い争いが起こっていた。その争いを制した者は、初代魔王と呼ばれ、魔界を平定した後に、世界樹の秘密を魔王とエルフ(精霊に愛される清い種族で世間樹を守る為、初代魔王と共に最後まで戦った)だけのものとしたのだ。
世界樹を神格化させ、魔界の象徴だと世間には伝え広め、その世界樹はエルフ達に守護させた。
しかし、長い年月が経つと、象徴というのは廃れていくものだ。今、魔族達に攻められている事が、それをまさに『象徴』している。
「何の秘密が有るのか知らんが、我等が貴様らエルフに成り代わり、守護としてこの木を守ってやろうでは無いか」
「そんな事はさせない! お前らに世界樹の世話などさせたら、瞬く間に枯れてしまう」
「まったく、たかがデカイ木ごときで。枯れて困る事などあるまい?」
「…………」
バニングの問いに、エリーユの父は押し黙る。世界樹の秘密は決して洩らす事は出来ない。その魔力の源とも言える力を手に入れれば、絶大な力を持つ事が出来る。
しかし、それは魔界の終焉にも繋がりかねないのだ。
あまりも強大な力に自我は喰われ、その身はただ、力のかぎり魔を振るう屍と化すだろう。
そんな事は絶対にさせられない。それに、がさつな彼等では繊細な世界樹を維持する事は、出来ないだろう。
世界樹が枯れてしまえば、それは即ち魔界の大地が枯れ果てると言う事だ──決して住めぬ大地に。
「どうした、言えぬのか? それとも、何か秘密が有るのか? まあ、お前が言えぬなら娘に聞くまでだが」
バニングはそう言うと、拘束していたエルフの首を片手で持ち上げ、締め上げた。
「ううっっ」
「エリーユ! 貴様、その子を離せ!!」
「ならば──我等に森を明け渡し、お前らが隠している秘密とやらを話せ」
「くっ……」
ゴルゴンは唇を噛み締め、自身の心に問う。
(魔王の援軍が来るまでこの場をもたせる事は出来る。だが、このままではエリーユが……しかし、森を明け渡せば魔界は終わりだ……)
世界樹の守護者として、けして揺れてはいけない天秤がユラユラと揺れ始めた。
「お父さん、お姉ちゃんが!」
「あなた、このままではエリーユが……」
メーサと妻の声がゴルゴンの心をさらに揺さぶる。
だが、「我等、世界樹の守護者は、決して卑怯な脅しには屈しない!!」
ゴルゴンは揺れた天秤に重りを乗せ、守護として堂々とそう宣言する。しかし、それは『エリーユの命を捨てる』という事でもあった。
守護者として魔界を想い、仲間を想い、そして父として──苦渋の決断であった。
「そうか──ならば、娘が無惨に陵辱され、殺される所をそこで見るがいい」
バニングはエリーユを地面に投げ捨てると、炎鬼族の若者たちに「やれ」と、冷たく言い放つ。
血気盛んな者達はその指示を聞くと、我も我もと群がり、エリーユの着ていたローブを破り始めた。
「や、やめてー!! 触らないで!!」
エリーユの悲痛な叫びが虚しく響くその時、彼は現れた──
「止めろ!! こんな事をして、どうなるか分かっているのか!!」
ヨシュアの怒号が森をつんざき──その場の全員がヨシュアに視線を合わせる。
「おやおや、これは文官長殿の息子さんでは有りませんか。このような所にどうしたのですか?」
とぼけるようなバニングの口調に、さすがのヨシュアも苛立ちを隠せない。
「ふざけるな!! さっさとエリーユを解放しろ! もうすぐ魔王の援軍もやって来るぞ!!」
「そうですか……ならば、早くこの木の秘密を教えて貰わないといけませんね」
「秘密? なんの事だ!?」
「おや? エルフの側にいたあなたが、知らないのですか? それはおかしいですね。この女と友だったんですよね? ああ、そうか! 友という名の都合の良い男って奴ですね! まったく、可哀想に。フッ」
「ヨシュアはそんなんじゃない!!」
ヨシュアを馬鹿にしたバニングの物言いに、エリーユが否定するように叫ぶ。
「うるさい! メス豚が!!」
「うっっ!!」
バニングは叫ぶエリーユの横っ腹を蹴り上げた。
「では、大切な男の前で犯されてもらいましょうか」
「や、止めて!」
「だったら、お父さんから何か教えて貰っていませんか? この木の力を使うにはどうしたらいいか」
「し、知らない!」
「チッ、俺はな──もう後には退けねえんだ。親父には跡目を継がせねえと言われ、武官どころか文官にさえなれやしねえ。まったく、ムカつく世の中だ! だからな、魔王城にある秘匿文書が保管された所に潜りこんだ、偉そうに鎮座する親父や、偉いさんを揺さぶるネタがねえかとな。したらな、見付けたんだ! この木がすげえ力を持ってるって文献がな! ……だが、古ぼけて大事なところは読めやしねえ。もう、お前らに直接吐かせるしかねえんだよ!」
口調が荒っぽくなり、やけくそ気味に話すバニング。
彼は、力を手に入れてどうしたいのだろうか? そんな疑問に答えるようにバニングは言葉を続けた。
「俺は力を手に入れて、魔界を統べてやるんだ! この俺が、誰かに頭を下げるなど絶対に許せねえ!」
その言葉から、バニングはプライドの塊のような男だと否応なしに伝わってくる。
「自分が魔王にでもなるつもりか!?」
「そうだな、それもいい──だからさっさと秘密を話せ!!」
ゴルゴンの問いに苛立ちを表し叫ぶバニング。
その目は、後がなく正気を失っているように見えた。
「話さねえとこの娘どころか、エルフの女全員犯して殺すぞ? それを黙って見てんのか? それが族長のする事か、ああ!?」
「それでも……世界樹を守る事が私の責務だ」
ゴルゴンの唇が血に滲む。
今すぐにでも責任を放棄して娘を助けたい。しかし、それが出来ない事実が赤い血を滴らせた。
「あ~あ。もういいや、お前ら──その女ヤッたら、エルフの女全員犯して殺すぞ」
「やりい~! エルフの女なんてヤれる事ねえから楽しみだぜ!」
バニングの指示に、興奮した様子で歓喜の声を上げる炎鬼族の若者達。彼等は再びエリーユに群がり始める。
「止めてー!!」「止めろー!!」
エリーユとヨシュアの叫びが重なるその時、世界樹に異変が起こる──
世界樹が目も眩むような光を放ち始め、輝き出す。
その輝きは一点に集まり、大きな玉を作り出すと、ある者に向かっていく──
「なんだこれは……うっ! ああー!」
「ヨシュア君!! その力を受け取ってはダメだ! 抗うんだ!!」
飛んでいった光は、ヨシュアを侵食するかのように体を包み始める。その危険さを理解しているゴルゴンは、抗えと叫ぶが、ヨシュアにその声が届く事は無かった。
「な、なんだあの姿は!? あれが世界樹の力?」
バニングが見たもの──頭から二本の角を生やし、銀髪をなびかせ、真っ白な肌に赤く光る目を此方に向ける『化け物』、その化け物の背中には、白い翼と黒い翼が優雅に舞い羽ばたいていた。
そして、右手は細胞ごと変化したような真っ黒な剣が生えていた。
「に、逃げろ!! あれはもうヨシュア君では無い!!」
静寂の場にゴルゴンの声がこだまするが、その声に耳を傾ける者はいない。皆、異形の化け物に、目と意識を奪われていたのだ。
動きだす化け物──しかし、誰一人その場を動く事が──いや、既に命を刈り取られ、動く暇も無かったというのが、正しいのかもしれない。
中央に集まっていたバニングの部下やミノタウロス、ケンタウルス族は戦う事すら出来ず命を散らしてゆく。
首を落とされる者、頭を突かれ脳髄を撒き散らす者、四肢を切り落とされ徐々に意識を手放す者。死に方は様々なれど、抵抗出来る者は皆無だった。
敵側で最後に残ったバニングは──小便でズボンを汚し、カタカタと震えながら「や、止めてくれ」と、命乞いをした。
化け物となったヨシュアは、そんなバニングに右手を振り上げ命を刈ろうとするが、
「もう、終わったの。だから、何時ものヨシュアに戻って……」
エリーユは懇願するような声共に、化け物に変わってしまったヨシュアを後ろから抱きしめる。
自我の無いヨシュアは、その声に振り返りエリーユを突き放すと、左手でその首を締め上げながら持ち上げた。
「うっっ──だ、大丈夫よ。もう大丈夫だから」
ヨシュアを安心させようと、声を振り絞るエリーユ。
彼女の行為は一見無謀にも思えるが、それは皆を救いたい一心の行いなのだ。このままヨシュアが暴走を続ければ、敵だけではなくエルフ達にも被害が及ぶだろう。
それを考えると、まず体が動いてしまったのだ。なにより──ヨシュアが変わってしまったのが耐えられなかった。いつも優しく、柔らかい笑顔を向けるヨシュア。
そんなヨシュアに戻って欲しかった──それが、今の彼女の一番の望み。
「私の事を思い出して」
きっと、ヨシュアに聞こえているはずだと信じて、エリーユは呟く。そして、エリーユはヨシュアの左手を優しく握ると、自分を認識してもらうため、己の魔力を注ぎ出した。
エリーユの魔力を受け取るヨシュア。
自我がないはずの彼は、心地よい魔力に、自然といつもの笑みを浮かべる。
その笑顔に、エリーユも笑顔を返す。
やがて、彼女の魔力は尽きる──そして、とうとう己の生命力まで吸いだされたエリーユは、笑顔を浮かべたまま事切れた──
その瞬間、ヨシュアの体から光の玉が抜け落ち、世界樹へと戻っていくと、化け物と化したヨシュアの姿も、それに伴い、戻っていく──
意識を失い、倒れこむヨシュア──その手はしっかりと、エリーユの右手を握りしめていた……。




