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お人よし悪魔と駄女神さま  作者: 瑞沢ゆう
二章 エノク奪還編
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散りゆく花⑤ 回想編

──エルフの森、集落──


 馬蹄を踏み鳴らし、森を蹂躙するケンタウルス達。体は馬だけに、進む力は強いが、いかせん小回りが利かない。しかし彼等は頭が良い──戦術と推進力を生かしてエルフ達を圧倒していく。


「やるな、ケンタウルス族」

「なに、これぐらいは朝飯前だ。それに、ミノタウロス族も中々ではないか」

 

「へへ、まあな。フンッ」


 力強く、大きな斧を振り回すミノタウロス族の男。その、物言わせぬ破壊力で、エルフの集落を崩壊させてゆく。だが、彼等は頭が悪い。

 

 戦術など持ち合わせていない彼等は、闇雲に力を振るうだけ。しかし、矢を射っても弾き返す鋼の体で、重戦車の如く前進してくる彼等に、エルフ達はただ恐怖し、逃げ惑うしか無かった。


 そんな二つの種族を率いるのは、赤い髪をなびかせ、威風堂々と佇む長身の男。その肌は少し赤みがかかっており、額には小さな角を生やしている者とは──炎鬼族、族長の息子であり、レメクの兄でもある"バニング・スピリット"だ。


 佇むバニングに一人のケンタウルスが近付き、頭を垂れる。


「バニング様、集落の方は粗方崩壊させました。最早、抵抗する者もおりません」

「そうか、良くやった。後は、族長を葬るだけなのだが、奴が行使する『精霊魔法』とやらが厄介でな、私の炎も通じん」


 バニングは圧縮された炎を手のひらから放つと、炎の行き着く先を伺う。


 その先には、エリーユの父ことゴルゴンがバニングを睨んでいる。そして、バニングの放った炎がゴルゴンを襲うが、突然吹いた突風により炎は掻き消された。


「フンッ。まあ、あの通りだ」


 忌々しそうに呟くバニングに、ケンタウルス族の男が答える。


「やはり、世界樹を守る『守護者エルフ』の名は伊達では無かったですな」

「なんとも忌々しいものだ。あの木を守護しているだけで、世俗とは別に確固たる地位を手にしている」


 集落の中央に聳え、天を貫くほどの壮大な樹木を眺める二人。


 二人が眺めているのは、魔界で『世界樹』と呼ばれ、魔界の大地を潤し、魔族に力(魔力)を与えていると言われている木だ。


 実質、世界樹は魔界の隅々まで根を生やし、そこから大地に栄養を与えている。そして、樹の中で精製される『マナ』を空気中に放ち、魔界に限らず世界中に魔力の元を解き放っていた。


 その事実を知るのは時の魔王達と、守護を任されているエルフ達だけだ。何故他の者は知らぬと言われれば──世界樹を廻り、争いが起こるからだと答える。


 現に遠い過去、世界樹が元で長い争いが起こっていた。その争いを制した者は、初代魔王と呼ばれ、魔界を平定した後に、世界樹の秘密を魔王とエルフ(精霊に愛される清い種族で世間樹を守る為、初代魔王と共に最後まで戦った)だけのものとしたのだ。


 世界樹を神格化させ、魔界の象徴だと世間には伝え広め、その世界樹はエルフ達に守護させた。


 しかし、長い年月が経つと、象徴というのは廃れていくものだ。今、魔族達に攻められている事が、それをまさに『象徴』している。


「何の秘密が有るのか知らんが、我等が貴様らエルフに成り代わり、守護としてこの木を守ってやろうでは無いか」

「そんな事はさせない! お前らに世界樹の世話などさせたら、瞬く間に枯れてしまう」


「まったく、たかがデカイ木ごときで。枯れて困る事などあるまい?」

「…………」


 バニングの問いに、エリーユの父は押し黙る。世界樹の秘密は決して洩らす事は出来ない。その魔力の源とも言える力を手に入れれば、絶大な力を持つ事が出来る。


 しかし、それは魔界の終焉にも繋がりかねないのだ。

 あまりも強大な力に自我は喰われ、その身はただ、力のかぎり魔を振るう屍と化すだろう。


 そんな事は絶対にさせられない。それに、がさつな彼等では繊細な世界樹を維持する事は、出来ないだろう。

 世界樹が枯れてしまえば、それは即ち魔界の大地が枯れ果てると言う事だ──決して住めぬ大地に。


「どうした、言えぬのか? それとも、何か秘密が有るのか? まあ、お前が言えぬなら娘に聞くまでだが」


 バニングはそう言うと、拘束していたエルフの首を片手で持ち上げ、締め上げた。


「ううっっ」


「エリーユ! 貴様、その子を離せ!!」

「ならば──我等に森を明け渡し、お前らが隠している秘密とやらを話せ」


「くっ……」


 ゴルゴンは唇を噛み締め、自身の心に問う。


(魔王の援軍が来るまでこの場をもたせる事は出来る。だが、このままではエリーユが……しかし、森を明け渡せば魔界は終わりだ……)


 世界樹の守護者として、けして揺れてはいけない天秤がユラユラと揺れ始めた。


「お父さん、お姉ちゃんが!」

「あなた、このままではエリーユが……」


 メーサと妻の声がゴルゴンの心をさらに揺さぶる。


 だが、「我等、世界樹の守護者は、決して卑怯な脅しには屈しない!!」


 ゴルゴンは揺れた天秤に重りを乗せ、守護として堂々とそう宣言する。しかし、それは『エリーユの命を捨てる』という事でもあった。


 守護者として魔界を想い、仲間を想い、そして父として──苦渋の決断であった。


「そうか──ならば、娘が無惨に陵辱され、殺される所をそこで見るがいい」


 バニングはエリーユを地面に投げ捨てると、炎鬼族の若者たちに「やれ」と、冷たく言い放つ。


 血気盛んな者達はその指示を聞くと、我も我もと群がり、エリーユの着ていたローブを破り始めた。


「や、やめてー!! 触らないで!!」


 エリーユの悲痛な叫びが虚しく響くその時、彼は現れた──


「止めろ!! こんな事をして、どうなるか分かっているのか!!」


 ヨシュアの怒号が森をつんざき──その場の全員がヨシュアに視線を合わせる。


「おやおや、これは文官長殿の息子さんでは有りませんか。このような所にどうしたのですか?」


 とぼけるようなバニングの口調に、さすがのヨシュアも苛立ちを隠せない。


「ふざけるな!! さっさとエリーユを解放しろ! もうすぐ魔王の援軍もやって来るぞ!!」

「そうですか……ならば、早くこの木の秘密を教えて貰わないといけませんね」


「秘密? なんの事だ!?」

「おや? エルフの側にいたあなたが、知らないのですか? それはおかしいですね。この女と友だったんですよね? ああ、そうか! 友という名の都合の良い男って奴ですね! まったく、可哀想に。フッ」


「ヨシュアはそんなんじゃない!!」


 ヨシュアを馬鹿にしたバニングの物言いに、エリーユが否定するように叫ぶ。


「うるさい! メス豚が!!」

「うっっ!!」


 バニングは叫ぶエリーユの横っ腹を蹴り上げた。


「では、大切な男の前で犯されてもらいましょうか」

「や、止めて!」


「だったら、お父さんから何か教えて貰っていませんか? この木の力を使うにはどうしたらいいか」

「し、知らない!」


「チッ、俺はな──もう後には退けねえんだ。親父には跡目を継がせねえと言われ、武官どころか文官にさえなれやしねえ。まったく、ムカつく世の中だ! だからな、魔王城にある秘匿文書が保管された所に潜りこんだ、偉そうに鎮座する親父や、偉いさんを揺さぶるネタがねえかとな。したらな、見付けたんだ! この木がすげえ力を持ってるって文献がな! ……だが、古ぼけて大事なところは読めやしねえ。もう、お前らに直接吐かせるしかねえんだよ!」


 口調が荒っぽくなり、やけくそ気味に話すバニング。

 彼は、力を手に入れてどうしたいのだろうか? そんな疑問に答えるようにバニングは言葉を続けた。


「俺は力を手に入れて、魔界を統べてやるんだ! この俺が、誰かに頭を下げるなど絶対に許せねえ!」


 その言葉から、バニングはプライドの塊のような男だと否応なしに伝わってくる。


「自分が魔王にでもなるつもりか!?」

「そうだな、それもいい──だからさっさと秘密を話せ!!」


 ゴルゴンの問いに苛立ちを表し叫ぶバニング。

 その目は、後がなく正気を失っているように見えた。


「話さねえとこの娘どころか、エルフの女全員犯して殺すぞ? それを黙って見てんのか? それが族長のする事か、ああ!?」

「それでも……世界樹を守る事が私の責務だ」


 ゴルゴンの唇が血に滲む。


 今すぐにでも責任を放棄して娘を助けたい。しかし、それが出来ない事実が赤い血を滴らせた。


「あ~あ。もういいや、お前ら──その女ヤッたら、エルフの女全員犯して殺すぞ」

「やりい~! エルフの女なんてヤれる事ねえから楽しみだぜ!」


 バニングの指示に、興奮した様子で歓喜の声を上げる炎鬼族の若者達。彼等は再びエリーユに群がり始める。


「止めてー!!」「止めろー!!」


 エリーユとヨシュアの叫びが重なるその時、世界樹に異変が起こる──


 世界樹が目も眩むような光を放ち始め、輝き出す。

 その輝きは一点に集まり、大きな玉を作り出すと、ある者に向かっていく──


「なんだこれは……うっ! ああー!」

「ヨシュア君!! その力を受け取ってはダメだ! 抗うんだ!!」


 飛んでいった光は、ヨシュアを侵食するかのように体を包み始める。その危険さを理解しているゴルゴンは、抗えと叫ぶが、ヨシュアにその声が届く事は無かった。


「な、なんだあの姿は!? あれが世界樹の力?」


 バニングが見たもの──頭から二本の角を生やし、銀髪をなびかせ、真っ白な肌に赤く光る目を此方に向ける『化け物』、その化け物の背中には、白い翼と黒い翼が優雅に舞い羽ばたいていた。


 そして、右手は細胞ごと変化したような真っ黒な剣が生えていた。


「に、逃げろ!! あれはもうヨシュア君では無い!!」


 静寂の場にゴルゴンの声がこだまするが、その声に耳を傾ける者はいない。皆、異形の化け物に、目と意識を奪われていたのだ。


 動きだす化け物──しかし、誰一人その場を動く事が──いや、既に命を刈り取られ、動く暇も無かったというのが、正しいのかもしれない。


 中央に集まっていたバニングの部下やミノタウロス、ケンタウルス族は戦う事すら出来ず命を散らしてゆく。


 首を落とされる者、頭を突かれ脳髄を撒き散らす者、四肢を切り落とされ徐々に意識を手放す者。死に方は様々なれど、抵抗出来る者は皆無だった。


 敵側で最後に残ったバニングは──小便でズボンを汚し、カタカタと震えながら「や、止めてくれ」と、命乞いをした。


 化け物となったヨシュアは、そんなバニングに右手を振り上げ命を刈ろうとするが、


「もう、終わったの。だから、何時ものヨシュアに戻って……」


 エリーユは懇願するような声共に、化け物に変わってしまったヨシュアを後ろから抱きしめる。


 自我の無いヨシュアは、その声に振り返りエリーユを突き放すと、左手でその首を締め上げながら持ち上げた。


「うっっ──だ、大丈夫よ。もう大丈夫だから」


 ヨシュアを安心させようと、声を振り絞るエリーユ。

 彼女の行為は一見無謀にも思えるが、それは皆を救いたい一心の行いなのだ。このままヨシュアが暴走を続ければ、敵だけではなくエルフ達にも被害が及ぶだろう。


 それを考えると、まず体が動いてしまったのだ。なにより──ヨシュアが変わってしまったのが耐えられなかった。いつも優しく、柔らかい笑顔を向けるヨシュア。


 そんなヨシュアに戻って欲しかった──それが、今の彼女の一番の望み。


「私の事を思い出して」


 きっと、ヨシュアに聞こえているはずだと信じて、エリーユは呟く。そして、エリーユはヨシュアの左手を優しく握ると、自分を認識してもらうため、己の魔力を注ぎ出した。


 エリーユの魔力を受け取るヨシュア。


 自我がないはずの彼は、心地よい魔力に、自然といつもの笑みを浮かべる。


 その笑顔に、エリーユも笑顔を返す。


 やがて、彼女の魔力は尽きる──そして、とうとう己の生命力まで吸いだされたエリーユは、笑顔を浮かべたまま事切れた──


 その瞬間、ヨシュアの体から光の玉が抜け落ち、世界樹へと戻っていくと、化け物と化したヨシュアの姿も、それに伴い、戻っていく──


 意識を失い、倒れこむヨシュア──その手はしっかりと、エリーユの右手を握りしめていた……。

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