散りゆく花③ 回想編
「──じゃ、勝負の続きよ!」
エリーユとメーサ姉妹の案内を終え、族長宅で一休みしていた時、エリーユのそんな一言が場に響く。
「え~、まだやるの?」
「なに言ってるのよ! 私はまだ一回も勝ててないのよ!! 勝つまでやるわ!」
負けず嫌いのエリーユが悔しそうに叫ぶ姿に、それ以上文句を言えなかったヨシュアは、渋々ながらも付き合う事にした。
「分かったよ……次は何するの?(勝ちそうになったら、わざと負けてあげよう)」
「言っとくけど、わざと負けるような事したら、許さないんだからね!」
心を見透かすようなエリーユの言葉に、ドキッとするヨシュアは取り繕うように口を開く。
「わ、分かってるよ! 全力でやるさ!」
「なら、良いけど。じゃあ、次はこれよ!」
エリーユが手に持っていたのは円盤状の物体だ。どっからどうみても木の皿にしか見えない。
「お皿で何するの? 料理?」
ストレートな質問。皿を持っていれば料理のワードが出るのは当然だと思うが、エリーユは首を横に振り『えっ知らないの?』とでも言いたげな表情だ。
「お皿じゃないわよ! 『フリスビー』よ! これをこうやってやると──ああして飛んでくの、分かった?」
お手本とばかりにエリーユは、フリスビーという円盤状の物体を水平に投げた。すると──フリスビーはクルクルと回転しながら一直線に飛んでいく。
「お姉ーちゃーん! キャッチ出来たよ!」
そして、フリスビーの向かう先には(大体五十メートル先)メーサが待機しており、メーサはフリスビーが目の前に来ると、それをキャッチして嬉しそうにジャンプしていた。
(成る程、ああやって遊ぶんだな。なんか楽しそう)
「それで、フリスビー? で、どう勝負するの? 僕としては普通に遊んでみたいんだけど……」
「簡単よ、遠くまで飛ばした方が勝ち。最初は私がお手本を見せるわ! 大丈夫、終わったらちゃんと遊んであげるから」
と、余裕の笑みのエリーユ。流石にこれは自分が勝てると思っているのだろう。
そして、エリーユはメーサが投げ返してきたフリスビーをキャッチすると、体を捻り力を蓄え、まるで円盤投げの選手のように体を回転させた。
「おりゃ!」
──エリーユが投げたフリスビーは「ヒュンッ!」と、風を切り飛んでいき、メーサの場所まであっという間にたどり着くが、まだまだスピードは落ちていないようだ。
『──ポトンッ』
そして、とうとう回転を終えたフリスビーは、地に落ちる。落ちた先はメーサの場所から、さらに三百メートル地点。
中々だわ、とエリーユもご満悦のようだ。
「凄いよ、エリーユ!」
「まあね。ほらっ、ヨシュアも投げてみなさい」
「う、うん。でも僕じゃあんなに飛ばないと思うな……」
「いいからやってみなさいよ!」
エリーユにせっつかれたヨシュアは、もう一つ用意してあったフリスビーを受け取ると、エリーユの真似をして体を捻り、力を蓄える。
「とりゃ!!」
回転はせずに投げたヨシュアのフリスビーは「ビュンッビュンッ!!」と、エリーユの投げた時の非ではない風切り音をさせ猛スピードで飛んでいく──
「なんでよ……」
「凄いよ、ヨシュアお兄ちゃん!!」
二人の姉妹の反応は対称的だ。信じられない、と項垂れるエリーユの一方で、手放しでヨシュアを称賛するメーサ。そして、ヨシュア自身も、自分が投げたフリスビーがあんなに飛ぶとは思っていなかったらしく、口をあんぐりさせ放心していた。
『いでー!!』
しばらくすると、そんな痛がる声がヨシュア達の所まで轟いてきた。
回転を続け落ちる事なく、フリスビーがたどり着いた先。他の民家より一回り大きい家、間違いなくあれは族長宅で、窓から鬼の形相でこちらを睨んでいるのも間違いなくエリーユの父こと雷親父だろう。
「馬鹿者ー!!」
◆◆◆
「──さあ、次は弓よ」
「え、まだやるの?」
先ほど、散々怒鳴られたにも関わらず、まだ勝負を諦めていなかったエリーユ。タフな少女なのは間違いないが、少ししつこい。
「当たり前よ!」
「ご、ごめん。僕そろそろ帰らなきゃ……」
暗闇へ落ちゆく空を見ながら、残念そうに呟くが──帰りたくはなかった。やっていたのは勝負だとしても、ヨシュアは今日という日が、何時までも続けば良いのにと、願ってやまない。
「しょうがないわね。途中まで送ってあげるわよ!」
「えっでも、帰り一人になっちゃうよ……」
「大丈夫よ。どうせ親父が迎えに来るわ」
「そっか……エリーユは愛されてるんだね。なら、お願いしようかな」
羨ましい──『エリーユは愛されてるんだね』ヨシュアが発言した言葉に、そんな気持ちが、吐露していたのかもしれない。
「むうっ……明日も、遊びましょう」
「いいの?」
「良いに決まってるじゃない!! 命令よ! 明日も遊ぶの」
相変わらず強引だが、ヨシュアはその強引さが何故か心地良かった。
──魔界、悪魔族『族長邸』──
「ただいま帰りました」
「…………」
帰宅の報告をするヨシュアに父ことインフェルノは、目を少し合わせただけで、なんの返答もしない。それどころか、出ていけ、とヨシュアを追い払う仕草をする。
「失礼しました……」
そっと扉を閉めてその場を後にするヨシュア。何時もの事だ、と自分に言い聞かせるが、やはり寂しい。
その後、ヨシュアは自室に戻る前に、古びた扉を開ける。所狭しと並ぶ本棚と、何やら不思議な物体(祖父の発明品)が乱雑に置かれ、部屋を圧迫していた。
そう、そこは祖父の部屋。そして、窓際でロッキングチェアに寄り掛かる人物は、間違いなくヨシュアの祖父だ。
「おじいちゃん、ただいま」
「その声は、ヨシュアか──おかえり。今日は遅かったのう」
「うん、友達と遊んでたんだ!」
「ほう、友達が出来たか。良かったのう」
「明日も一緒に遊ぶんだよ! だから、今日はご飯食べて早く寝るんだ!」
「そうかそうか。それは楽しみじゃの~」
「うん! じゃあ、また明日ねおじいちゃん!」
ヨシュアがそう言って部屋を出ると、祖父はヨシュアの背中を見ながら思う。
(あの子を見守れるのも後少しかの? 天界との交わり子など、遠い歴史を遡らねば出てこん。それに、交わった者が『○○○○』じゃ、あの子が強い力を持っているのは間違いないじゃろう。目覚める前に、力の使い方を教えねば……)
この時、ヨシュアがエルフの森で見せた力の片鱗を少しでも語っていれば、最悪の事態は避けられたのかもしれない。
だが、運命というのは、そう簡単なものではなかった。
──一週間後。
晴れ渡る空、平原にそびえる大きな木の下で、ヨシュアは敵に立ち向かっていた。
「──これでどうだ!」
「うぐっ!」
ヨシュアのパンチが決まり、倒れるガキ大将。エリーユとの特訓? の成果が出た瞬間だった。
その光景に、取り巻き達は散り散りなって逃げていく──なんとも薄情なものだ。
「やったよ! エリーユ!」
「よくやったわ!」
「うぅー。ぐぞー!」
ハイタッチを決めるヨシュアとエリーユ。残されたガキ大将は、一人悔しさで泣き叫んでいた。
「大丈夫かい? 痛かったよね、ごめんね」
ヨシュアは、地面を叩きながら泣くガキ大将に、声を掛ける。自分も殴られて顔を腫らしているのにも関わらず、相手の心配をしてしまう。これはもう、ヨシュアの性分としか言いようがない。
「な、なんでだ! なんでお前はそんな……うぅー」
「きっと僕をいじめてたのも、何か理由が有ったんだろ?」
「…………」
「言いたく無かったら、言わなくても良いよ」
無言のガキ大将に、ヨシュアはそれ以上突っ込む事なく立ち去ろうとする。すると、
「お前が! 羨ましかっだ!!」
「え?」
ガキ大将の言葉に立ち止まるヨシュア。魔族とも言えない容姿の自分を、羨ましいだなんて、信じられない言葉だった。
「いつも、のほほんとしてるお前が、羨ましかっだ! 俺は……親父から過度な期待をされて、いつも優秀な自分でいなきゃいけない! でも、兄貴からは妬まれ、嫌われて、顔を合わせる度に暴言ばかり。そんな時に見るお前のボケッとした顔が、堪らなく癪に障るんだ! お、俺の……俺の居場所なんて何処にもないんだ!!」
(なんだ、僕と同じじゃないか)
ガキ大将の気持ちを知ったヨシュアはふと、そんな事を思う。そして、ガキ大将の元に歩み寄りそっと背中を撫でる。
「僕と同じだね。あ、でも優秀って所は違うけど、フフッ」
「同じ? 俺とお前が?」
「うん。僕もね、居場所がないと思ってた。父さんや、お兄ちゃん達に嫌われてるし、母さんも居ないし。友達も居なかった。あっ、おじいちゃんは心配してくれるけどね。 でもね、今は違う──僕にも、大切な友達が出来た! そしたら、毎日が凄く楽しいんだ! そしたら、自分の居場所なんか、どうでも良くなった。 だから、君も僕と友達になってくれないかな?」
「お前と友達? ば、馬鹿かお前! 俺は……お前をいじめてたんだぞ!!」
「そんなの、どうでも良いよ。君とは良い友達になれそうな気がするんだ」
「お前って……本当に馬鹿だな」
ガキ大将は伏し目がちにそう言うと、ヨシュアの差し出した手を取り、立ち上がる。
「俺で良かったら……友達になってくれ」
恥ずかしそうに、改めて手を差し出したガキ大将。
ヨシュアは、その手を満面の笑みで握った。
「宜しくね! 僕は、ヨシュア」
「あ、ああ。俺は、レメクだ」
「ちょっとー! あんた達何してんの!?」
ヨシュアとレメクの雰囲気に、置き去りにされたエリーユが、痺れを切らして駆け寄って来る。
「エリーユ。新しい友達が出来たよ! レメクって言うんだ!」
「はぁ……あんた、いじめっ子を友達にしたの? ホント、ヨシュアって変わってるわよね」
嬉しそうに報告するヨシュアに、呆れた口調で返すエリーユ。しかし、嫌な顔はしていないようだ。
「まあ、いいけど。さあ、早く遊びに行くわよ! ヨシュア! それとレメクも!」
「うん! ほらっ、レメクも行こう!」
「あ、ああ。あっ! 待てよ、ヨシュア!」
快晴の空の下を駆ける三人。
こうして、ヨシュア、エリーユ、レメク、そしてメーサを加えた四人は友情を深め、欠けがえのない友となる。
笑い、泣き、時には喧嘩もしながら幸せな日々を送る四人。だが──幸せな日々は、そう長くは続かなかった。
回想編は、後1、2話を予定しています。
もう少しお付き合いください。




