ギルドマスターの綻び
──人間界、冒険者ギルド──
『コンコンッ』
「ミシェルです、ご報告が有りまして」
「……入れ」
受付嬢ことミシェルがヨシュアをクビにしてから三ヶ月後。
出張(出張という名のバカンス)から帰ってきたギルドマスターにヨシュアの件を報告に訪れたミシェル。
「なんだ? 報告とは」
「失礼します。こちらをご覧下さい」
偉そうに座るギルドマスターに書類を渡すと、次第に顔が青ざめていく。そして、椅子から勢いよくその大柄の体を立ち上がらせると、プルプルと顔を真っ赤にさせ、
「馬鹿野郎!! ミシェル、なんであいつをクビにしたんだ!! 俺はもうおしまいだー!!」と、怒鳴り散らすギルドマスター。
怒鳴られているミシェルは意味が分からないと首を傾げる。
それもそうだろう、ミシェルはあくまでもギルドの規約に乗っ取り、ヨシュアをクビにしたのだ。
良くやったと、褒められる事はあっても怒鳴られる言われなどない。
「お言葉ですが " アイゼン " ギルドマスター、私はあくまでもギルドの規約に則り彼をクビにしたんです。彼は冒険者登録をしてから丸三年の間、ダンジョン攻略依頼や魔物の討伐依頼を一度も受けていません。ゴブリン一体すら倒していないのですよ。そして、誰にでも出来る採取依頼だけ受けてのらりくらりとしていたのです。きっと彼は冒険者の立場を利用して裏で何かをしていたに違いありません! そんな彼をクビにして何が悪いのでしょうか?」
さも当然という口調に、アイゼンの怒りはさらに増す。
「お前、この薬草の採取が誰にでも出来るというのか!!」と、アイゼンは紙に包んでいた残り少ない薬草を見つめ再度怒鳴りちらす。
「なんですかその薬草? 見た事ない薬草ですね、もしかして貴重なものなんですか?」
ミシェルが薬草を訝しげに見ながら質問をしてくると、アイゼンは動揺したように「うっ」と、唸った。
つい、怒りのあまり我を忘れ軽々しく見せてしまったが、本来は秘匿しなければいけない代物、アイゼンは自分の失態を隠す様に「なんでもない」と、にべもなく呟やく。
そして、アイゼンはこの幻の薬草をヨシュアが持ってきた時を思いだしていた。
あれは約三年前、アイゼンがまだギルドマスターではなく、ただの職員として働いていたときだ。
アイゼンがちょうどお昼を終え受付に座った時、やけにボケッとした寝癖の酷い男が受付にやって来た。
「あのー、採取依頼の報告をしにきたのですが」
アイゼンはその物言いに、コイツは冒険者に成り立てのルーキーだと直ぐに見破る。
「そうですか、それなら依頼書と品物をここに出して下さい」
「あっはい、これです」
「では、依頼達成とします。こちらは報酬の銅貨五枚です」
「ありがとうございます。あと、これを」
そう言ってヨシュアは何かの薬草を取り出す。
「んっ、これは……幻の薬草『若返り草』じゃないですか!! 貴方、これをどこで!?」
この薬草、魔界では元気が出る薬草として愛用されており、たまたま人間界で見つけたヨシュアが生活の足しにでもなればと摘んできたものであり、まさかここまで食い付くとは思っていなかった。
「いや~、たまたま見つけたんですけど。これ、そんなに珍しいんですか?」と、相変わらずボケッとしているヨシュアにアイゼンは苛立つ。
この若返り草は、その効能から王族や貴族が喉から手が出るほど欲しい逸品であり、世に出るのは十年に一度という極めてレアなもの、こんなボケッとしている者が見つけていいものではないのだ。
おそらく、この青年は薬草が貴重ものだとは知らない。
そして、アイゼンは人生の岐路に立たされる。
正直に青年に報告し、王族や貴族に売ることを勧めるか。
売れば金貨千枚や二千枚はゆうに超える逸品だ、青年はたちまち億万長者となるだろう。
そして、この薬草が貴重なものだと言う事を伏せて二束三文で自分が買い取るか。
アイゼンの中の天使と悪魔がせめぎあう。
正直に報告しなさいと告げる天使、コイツ馬鹿そうだから騙してもわかんねえよと唆す悪魔。
異常な汗が吹き出てくるアイゼンはとうとう、口を開いた。
「いや、良くみたらなんて事ない薬草だな。ギルドでの買い取りもやってない」
そう、アイゼンは悪魔の囁きに耳を貸したのだ。
「あー、そうですか……」と、項垂れるヨシュア。
その姿を好機と見たアイゼンはすかさずある提案をする。
「だが、俺の知り合いがそいつを欲しがってる。ギルドでは買い取れねえが、俺が金貨一枚で買い取ってやるよ」
金貨一枚というのはアイゼンに残った最後の良心なのだろう。
本来であれば、どんな高価な薬草でも金貨一枚という値段はつかない、普通の冒険者であれば怪しい提案にこれが貴重なものだと感づくはずなのだが、ボケッとしているヨシュアは何の疑いもなく答えてしまう。
「金貨一枚ですか!? 売ります売ります! いやー、良かったこれで暫くまともに生活出来ます。ありがとうございます」と、丁寧にお辞儀までするヨシュア、素直な性格のヨシュアは自分が騙されているなどは、到底思いもしないのだろう。
そんなヨシュアの姿に少しばつが悪そうに「はは、いいんだ」と、答えるアイゼンはさらなる交渉に出る。
「それでよ、またこの薬草が手に入ったら俺の所に直接持って来てくれねえか? また、金貨一枚で買い取ってやる。どうせギルドでは買い取れねえもんだし、あんたもその方が良いだろ?」
「本当ですか!? それは助かります! また、見つけたら必ず持って来ます! 場所はここで?」
「いや、この紙に書かれた俺の住所まで持って来てくれ。ギルドにバレたら面倒だしな」
「あっ、そうなんですか。分かりました、では薬草が手に入ったらそちらに伺いますね。えっと、お名前は?」
「ん? ああ、俺はアイゼンって言う者だ」
「じゃあ、アイゼンさん宜しくお願いします! 俺はヨシュアって言います」と、賑やかな笑顔で手を出すヨシュア。
その手を握りながらアイゼンは思った、あまりにも都合良く進む展開に逆に騙されているんじゃないかと。
しかし、そんな事は無かったと分かったのは、ヨシュアが三ヶ月後にノコノコとアイゼンに薬草を持って訪ねてきた時だ。
こうして、アイゼンは一方的な密約をヨシュアと交わす。
そして、薬草を王族や貴族に売り付け、莫大な金を手に入れたアイゼンは金だけではなく地位も欲しくなり、その金で次々と国の重役たちに賄賂を渡し、ギルドマスターの地位まで登り詰め次はいよいよ貴族の仲間入りかという所まできてのヨシュアのクビ騒動だったのだ。
アイゼンはその事を思うと、苦々しいが気持ちを切り替える事にした、なんせ金はいくらでも有るのだから。
(まあいい、さっさと残りの若返り草を売り払って隠居しよう。幸い金はたんまり有るしな。豪邸に住んで女をはべらす生活も悪くないだろ、ヘヘッ)
そんな下衆な事を考えアイゼンは、座り心地が良い高級な椅子にドカッと座ると、まだ居たのかとミシェルを一瞥する。
「もういい、今回の件は分かった。さっさと出ていけ」と、冷たくいい放つアイゼン。
ミシェルはその物言いに苛立つでもなくアイゼンに一礼し、部屋を後にする。
しかし、アイゼンは忘れていた──ミシェルが薬師の娘であり幼い頃から薬草についての見識を高めていた事。
そんな彼女に幻の薬草『若返り草』を見せてしまった事を。
それが後々、自分の首を絞める事になるとは思わずに……。




