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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
95/96

1.11.8 燃えて逃げて、驚いて

 宿を包み込む炎は、玄関のみならず、窓という窓すべてを包み込んでいた。いや、正確には、人が通ることのできるすべての出入り口を包み込んでいた、と言った方がいいだろう。


 なぜこのようなことになったのか……。少し考えれば明白だったものの、アメたちはまず、自分たちが炎の中から逃げ出さなければならないこともあって――、


「おいシロよ!起きよ!焼き鳥になりたいか?!身体を張ってまで食事を用意するつもりか?!そんなもんワシは喰いとうないぞ!」


「zzz……んあ?夜這いでしゅか?ふぁ~……って、火!火でしゅ!火事でしゅよっ?!アメしゃん!」


――火災の原因は何かなどと、考える余裕すらなかったようだ。


「お主はアカネたちを起こせ!ワシはアオを起こして、どうにか逃げ道を――って、アオ?!アオはどこじゃっ!アオのやつが寝床におらん……」


「厠でお花でも摘んでるんじゃないでしゅか?」


「あやつ、こんな時に……ん?厠で花?」

 

 と、アメとシロが、なぜか部屋の中にいなかったアオのことを心配していると――、


「さぁ、皆さん。宴の時間です!」ブゥン……


――どういうわけかハイテンションなアオが、部屋の中へと現れる。それも人らしく出入り口から現れたのではなく、霧散した煙が逆再生をして、元の姿に戻るかのように。


「「…………」」

 

   ゴォォォ……バチバチッ……


「……?どうかされたのですか?皆さん。炎に包まれつつありますけれど、逃げなくても良いのですか?」


「お主……やはり幽霊だったんじゃな……」

「普通にご飯を食べてましゅけどね……」


「んもう、火事の中でまでそんな冗談を言って……。何度も言いますけれど、私は人間です!」きりっ


「「…………」」

 

   ゴォォォ……メキメキ……


「……はっ!こんなことをしておる場合ではなかった!逃げるぞ!2人とも!はようアカネたちを起こせ!ナツは――」


 我を取り戻したアメは、そう言いつつ、自身の腕の中に目をやった。ちなみに、火事に気づいた彼女が何より先に抱き抱えたのが――、

  

「んまぁ?」


――炎の中でも動じていなかったナツだったわけだが……。アメは慌てていたためか、自身のそに無意識の行動に気づいていなかったようである。


「ナツは起きておったようじゃのう。よーしよし、良い子じゃ。ほれ、煙を吸うと喉を悪くするゆえ……ってワシは何をしておる?!くっ……ナツよ!お主などこれで十分じゃ!これでも口に当ておれ!」ふさぁ


「んまんま」がぶぅ


 とアメの腰からふわりと伸びてきた尻尾を掴んで、それを口と鼻に押し当てるナツ。その結果、アメの尻尾は、何やらベットリとした粘液まみれになってしまったようだが、文字通りの火事場だったので、それを気にするどころの話ではなかったようである。


 そんなやり取りと平行して――、

 

「んにゃにっ?!火事ぃ?!」

「「「わふっ?!」」」


――アカネと、ヤヨイたち狼3姉妹も目を覚ます。


「皆、目を覚ましたようじゃな……で、どう逃げる?アオよ。お主に何か良い考えがあるんじゃろ?」


「えっ?普通に歩いて玄関から出るつもりでしたけれど……」


「……死ぬ。焼け死ぬ。ワシらはお主と違ってまだ生きて――」


「まぁまぁ、騙されたと思って付いてきてください」


 アオはそう口にすると、部屋の中にあった全員分の荷物を軽々と持って、天井や壁に火が回り始めた宿屋の中を歩き始めるのだが……。その際、アメたちは、とある異変に気づくことになる。


「……先ほどから妙じゃが、炎の中というものはこんなにも涼しかったかの?」

「そういえばそうでしゅねぇ……。実際に焼き鳥になったことはないでしゅけど、火がこんなに近くにあれば、熱くてしょうがないと思うんでしゅけどねぇ……」

「「「「……」」」」こくこく

「んま?」もぐもぐ


 火に近寄りすぎると、本来なら、尻尾の先や身体の毛が燃えて、チリチリになってしまうはずである。ところが、アメたちがいた宿屋の中は、全体が炎に包まれているというのに、まったく熱くなく……。まるで絵にかかれた炎の中を歩くかのような不思議な状況が広がっていたのだ。


 その理由をアオが説明する。

 

「これはですね……私の"力"のおかげです!」どやっ


「"力"?……あぁ、あれか。お主の場合は、回りの空気を冷やす力じゃったか。いや、それとも、"か弱き力(笑)"の方かの?」


「……アメさんのところだけ、温度を上げておきますね?」ごぉっ

 

「ふん……。狐を甘く見るでないわ!」


 と、アメが口にした直後。


   ビュォォォォッ!!


 まるで突風のような風雪が宿の中を突き抜ける。


「……は?」


「ふん。前にも言った通り、主様(あるじさま)に協力を仰げば、天候くらい思いのままに操れるからのう。それは例え家屋の中であっても同じじゃ(……最初から慌てずに主様に頼んで、こうしておけばよかったわ……)」

 

「な、なんですか、そのズル!私の存在意義が台無しじゃないですか!」


「そんなことは良いから、さっさと外に出てくれんかの?か弱きアオよ。温度が下がっても、煙まではどうにもならん」


「んもう……仕方ないですねぇ」

 

 アメに促された結果、何やら納得できなさそうな表情を浮かべつつ、玄関に立つアオだったが、しかしそれでも彼女はすぐには宿から出ず……。後ろから付いてきたアメたちに対し、こんな一言を口にした。


「いいですか?皆さん。外に出る前に忠告しておきます。……決して気を抜かないように。危険の度合いを比較するなら、宿の中よりも、よほど外の方が危険ですので」


「はぁ?炎の中よりも外の方が危険じゃと?そんな馬鹿なこと……」


「えぇ、その馬鹿なことが実際に起こっているのです。さぁ、行きましょう、皆さん!これは宴です。宴の時間なのです!」

 

 アオはそう言って、にっこりと目を細めると――、


   バサッ!


――青い着物の上から羽織った漆黒の外套をはためかせつつ、炎の外へと歩み出たのである。


 その瞬間だった。


「くそっ!まだ生きていやがった!」

「弓だ!飛び道具で狙え!近づくとやられるぞ!」

「無傷じゃねぇかよ!化け物め!」

「「化け物め!」」


 化け物め。そんな言葉が四方八方から、容赦の無い嵐となって、アメたちに降り注ぐ。


 それを口にしていたのは、町の人間たちだった。昼間の一件があったせいか、あるいは宿の店主の正体がバレてしまったのか、彼らはアメたちのことを人間だとは思っていなかったらしい。


 彼らから暴言や敵意を含んだ視線を向けられたアカネやヤヨイたちは、お互いの手を握りあって2歩3歩と後ずさった。しかし、逃げ場はなく、あるのは燃え盛る宿屋だけ……。


「「「「…………っ!」」」」


 今度こそ尻尾の毛がチリチリと焼ける感覚に、4人は思わず足を止めた。


「あやかしめ!」

「人を騙すとどういうことになるのか思い知らせてやる!」

「捕まえろ!」


 狼狽えるアカネたちの様子を見て好機だと思ったのか、それぞれに鍬や銛、あるいは弓などを手にした町人たちが、一斉にアカネたちを捕まえようと足を踏み出そうとする。

 

 すると当然、アメたち年長組が――、


「ふん。有象無象が寄って(たか)ったところで、なんの驚異にもならんわ!たわけどもめ!」

「いけない人たちでしゅねぇ。(しゅこ)し教育が必要なようでしゅ!」

「こ、ここで何か格好いいキメ文句、必要だったのですか?すみません、全然考えていませんでした……」

「「…………」」


――と、アカネたちに襲いかかろうとしていた町の人々の前に歩み出たわけだが……。異変はその直後に起こる。

 

   ビュォォォォ……


 突然、その場に"生臭い突風"が吹き荒れ、町の人々の間をすり抜けていったのだ。しかもその風には毒でもあるのか――、


   バタバタバタッ……


――と、町の人々が何の前触れもなく急に倒れてしまう。彼らの身体に外傷は無かったが、一瞬にして腐ってしまったかのように、その身体から腐臭が漂い始めた。


「「「……へ?」」」


 町の人々を襲った異変を見て、アメたちは唖然とした。彼女たちは、まだ手を出していないというのに、町の者たちが皆バタバタと倒れていったのだから、驚かない方が難しかったのだ。

 

 ちなみに彼女たちが、町の人々と同じように毒の風(?)の中にいても無事でいられたのは、全員が火災の煙を吸わないよう、布や尻尾で口を塞いでいたからである。結果、全員が健在のままでいられたわけだが……。その事情を知らない一行は、突然の出来事に、思わず首を傾げたようだ。


「……アオよ?さすがに全員を殺めることはなかったじゃろ……」

 

「い、いえ、私ではありません。そもそもそんなことしたら殺人じゃないですか。お尋ね者ですよ?犯罪者ですよ?」

 

「アメしゃんでもアオしゃんでもない……。じゃぁ、誰がやったんでしゅかね?これ……」


「「…………」」じぃ……


「……当然、わっちでもないでしゅ」


 シロが首を振って身の潔白を主張した――そんな時。


   メキメキメキッ……!

 

 アメたちが脱出を果たした後で再び火の勢いを増した宿から、何かが潰れるような音が聞こえてきた。


 その音は、宿の柱などが燃えることで建物が崩れてしまった音ではなかった。もっと直接的に、まるで重機を使って無理矢理に木をへし折るかのような……。そんな、本能的に危険を感じさせるような異様な音だった。


 その音と炎を見たアメは、ふと寝る前のことを思い出す。暖かな熱を発する暖炉の前で、宿屋の店主が何と言っていたのか、を……。

 

「……いやまさか……」

 

 店主とのやり取りを思い出したアメは、血相を変え、その場に横たわっていた町の住人に歩み寄った。そして、彼の肩を強く揺さぶり始める。


「おい!お前!目を開けろ!宿の主はどこだ?!あやつをどこにやった!!」


 しかし、アメのその問いかけに、町の住人は答えない。彼はすでに息絶えていたからだ。彼だけではない。その場にいて風に撫でられた者たち全員が、誰一人の例外も無く命を刈り取られていた。

 

 彼らの見た目は、まるで時間を止めたかのようで、遠目に見ればまだ生きているかのように見えていた。しかし、彼らはすでに死んでいる。例えるなら、身体から命だけを強制的に引き抜かれたかのようにして……。


   ヲォォォォォン!!


 その場にビリビリと空気を震わせるような咆哮が響き渡った。音源は燃え盛る宿の中。正確には、宿と繋がる別邸で、狸の女店主が住まうはずの建物だった。もう一言付け加えるなら――火災の中でも最も被害の大きな箇所である。


「く、熊しゃん?!」

「どうして宿の中から?!」

 

 突然の出来事に唖然とするシロとアオとは異なり、アメは一人、苦々しい表情を見せる。

 

「何ということを……」ギリッ


 彼女は、顔が元の狐に戻ってしまうこともお構い無しに、歯を噛み締めた。……そう、彼女には、宿の中から現れた"熊"の正体が分かってしまったのだ。


   ヲォォォォォン!!

   ズドォォォンッ!!


 炎の中で"熊"が暴れる。その腕を振り回すだけで、燃える宿の柱、天井が吹き飛び、それが近くの家屋に降り注いで、町中に被害を拡大させていく。


 それは天災。


 空から降り注ぐ炎の雨が、町全体を紅蓮の炎に包み込む。


 それは災厄。


 "熊"が暴れる度に、その身体から黒い霧が周囲に流れて、そこにいた人間たちの命を刈り取っていく。


 それは怒りの化身。


 "彼女"が上げた咆哮は、まるで火山の噴火のごとく地面と空気をビリビリと振動させた。


 其は――、


「この……大馬鹿者め!なぜ……なぜワシらに助けを求めんかったっ!店主よ!」


――宿の店主の成れの果て。生物を(あまね)く縛る寿命という(くびき)の向こうにある、醜く禍々しい終焉の姿。


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