1.11.5 作って食べて、張りついて
一部、微修正しました。
最後の方で「シロたち」→「シロ」
コトリ……
コトリ……
ゴトッ……
シロは追加で2つの皿と、熱そうな液体が入った急須をちゃぶ台の上に置いた。皿のひとつには宿の女店主に分けてもらったという筋子の干物が。そして、もうひとつには、出汁を取った後で回収しておいた煮干しを甘く煮付けたものが載っていたようである。今回の昼御飯では、その2つがメインのおかずになるらしい。なお、急須の中身は茶でもお湯でもなく、煮干しの出汁が入れられているようだ。
ちなみに、シロが煮干しを甘く煮付けるために使った甘味料は砂糖ではない。芋と蕪をすりおろし、それらを混ぜて寝かせた後で濾して作った水飴である。この時代、辺境の地で、砂糖やハチミツといった甘味料を調達するというのは困難――を通り越して不可能だったので、シロはその豊富な知識を活用して、甘味料を自作していたのだ。彼女の料理が皆に好まれるのは、そんな工夫があるからなのかもしれない。
まぁ、それはさておき……。
「「「「おかず?」」」」
「そうでしゅ。おかじゅでしゅ。でもただのおかじゅではないでしゅよ?まずはこのおかじゅをご飯と一緒に普通に食べてから、次に、同じようにご飯におかずをのせて、こっちのお出汁をかけて食べるんでしゅ」
「んと……自分でお料理をしながら食べるの?」
「そうでしゅねぇ……そうとも言えるかもしれないでしゅね」
アカネの問いかけに対し、シロは少し考えた後で首肯した。彼女が用意した"ひつまぶし"もどきは、出汁を掛けることで、別の料理ではないかと思えるほどに味が変化するのである。それを考えれば、料理をしていると言えなくない、と思えたらしい。
「ぼく……お料理するのはじめて!」キラキラ
「私もさ」
「奇遇だね?」
「狼は料理なんてしなくたって、肉が食べられりゃそれで良かったからねぇ……。あ、いや、シロ様の作った料理はすごく美味しいから別だよ?」
「ヤヨイちゃん?ほめてもおかじゅは増えましぇんよ?さて……食べ方が分かったところで早速食べましゅかね。じゃないと――」
「…………」だらぁ
「……ナツちゃんのよだれのせいで、わっちの膝が凄いことになっちゃいそうでしゅから」
と、膝に何か冷たいものを感じ取った様子で、ピクピクと頬をひきつらせながら苦笑するシロ。しかし、その時点ですでに手遅れだったらしく、彼女は膝に視線を落とさないよう努めると、それ以上、状況が悪化しないように、ナツへと食事を与えることにしたようである。
そして――、
「「「「「いただきます(ましゅ)!」」」」」
「んま!」
――皆一斉に、食事に手を付け始めた。
◇
それから間もなくして、アメとアオが狩りを終えて宿屋へと戻ってくる。そんな彼女たちの表情がどこかホクホクとしていたところを見ると、彼女たちの狩りは無事に上手くいったようだ。
彼女たちは宿に戻ってくるや否や、早速、狩りの結果をシロたちに報告するつもりだったようだ。ところが彼女たちは、シロたちのいた部屋の中に入ったところで、思わず首をかしげて顔を見合わせてしまう。ただしそれは、皆が自分たちのことをおいて、先に昼食を食べ始めていたから、というわけではない。
「……主ら。一体、何を食ろうたら、そんな顔になるんじゃ?」
「……小魚と筋子、でしょうか?」
「「「「んむぅぅ……」」」」
食事を食べていたアカネや狼たちが、どういうわけか苦悶の表情(?)を浮かべながら、前歯に付着した何かを取ろうと四苦八苦していたのだ。……そう、筋子の干物を食べたアカネたちは、前歯に筋子の皮が張り付いて取れなくなってしまっていたのだ。
ちなみに、以前も軽く触れたが、北の地では、化け狐が乾燥した筋子を口にすると正体がバレる、という言い伝えがある。狐は前歯に筋子の皮が挟まると、それを取るのに必死になって、そのうちに元の姿に戻ってしまうのだ。
正体が狐と思しき人物を見つけたときは、筋子の干物を与えればすぐに正体が分かる……。そういったシチュエーションはそうあるものではないはずだが、北の民たちはその対策法を信じていたようだ。その事を、正体が狸である宿屋の主人が意識していたかどうかは定かでないが、人の姿に化けていたアカネを狙い撃ちするかのようなおかずだったことは間違いないだろう。
ただ、アカネの場合は、その言い伝えが当てはまらなかったようである。彼女は、険しい表情を浮かべながら口をすぼめるだけで、それがエスカレートして元の姿に戻るようなことにはならなかったのだ。
とはいえ、彼女の正体はバレバレだったりする。彼女の変身が未熟だったために、本来、人間にはないはずの物体が、彼女の頭や腰で、ゆらゆらと揺れ動いていたのだ。ただしそれは、筋子を食べ始めるよりもずっと前からのこと。狼たちも同じである。
そんな狐娘と狼娘たちの様子を見たアメとアオが、2人揃って怪訝そうな表情を浮かべていると、獣耳が生えた少女たちとは違い、唯一普段通りの様子で食事を摂っていたシロが、アメの問いかけに対して返答を始めた。
「皆しゃん、歯に筋子が張り付いちゃったみたいでしゅね」
「らしいのう。しかし、筋子など、どこから持ってきたんじゃ?」
「宿屋の店主しゃんがくれたんでしゅよ。"おしゅしょわけ"って言ってました」
「あの狸か……」
「アメしゃんたちも、一緒に食べましゅか?」
「……いや、ワシは遠慮しておこう。筋子を食ろうたら、ワシもアカネたちと似たような顔になるやも知れん。あんな顔を見せるのは、童っぱたちだけで十分じゃろう」
といいつつ、シロが抱いていたナツへと視線を落とすアメ。するとそこにも、前歯に貼り付いた筋子の皮を必死に舌で取ろうとしている子供――否、赤子の姿が……。
「ん、んま……」べろん
「……のう、ナツよ。お主、人間じゃよな?」
「…………」
「…………」
「…………」にたぁ
「……筋子を歯に張り付けたままで笑っても様にならぬぞ?」
と言って、ナツの口へと手を伸ばすアメ。対するナツは、アメの手を拒むことなく、むしろ口を開けて、生えたばかりの前歯をアメへと見せた。どうやら、自力では筋子の皮が取れなかったらしく、アメに取ってもらうつもりだったようである。
「……ほれ、取れたぞ?」
「んま!」
「えっ?もっと食べたいんでしゅか?」
「んまんま」
「筋子しゃんをでしゅか?」
「んま」あーん
「……懲りないでしゅねぇ」
そう言いつつ、出汁で柔らかくなった筋子をナツの口に運ぶシロ。すると再び――、
「ん、んま……」べろん
――ナツの前歯に筋子の皮が張り付いてしまう。
「んーま」あーん
「……お主、取ってもらえることが分かっておって、わざとやっておらんか?」
「…………」にたぁ
「……まったく、困った童っぱじゃのう」
ニタリと笑みを浮かべるナツに向かって、呆れたようにそう言ってから、アメは再びナツの前歯から筋子の皮を取り除いた。それが延々と5回ほど続く。
その際、アカネと狼娘たちは、2人の様子をじっと観察していたようである。それから彼女たちは何を考えたのか、お互いに目配せをして……。そしてシロに向かってニィッと笑みを浮かべながら何かを期待するような視線を向け始めたようだ。それも、前歯に筋子の皮が付いたままの状態で。
しかし――
「……美味しいでしゅね?皆しゃん」
――対するシロは、歯を見せるアカネたちのアピールを、食事が美味しくて笑っているのだと解釈したようである。
その結果、アカネたちはどこか残念そうな表情を浮かべながら、食事へと戻っていったようである。その当初は、4人とも、納得できなさそうな様子だったが、食事を食べている内に彼女たちの表情からは憂いの色が消えていった。食事が美味しかったせいか、すぐに忘れてしまったようである。
そんなアカネたちに向かって優しげな笑みを向けた後、シロはアメとアオに向かって問いかけた。
「お二人はどうしましゅか?ご飯にしましゅか?お風呂にしましゅか?それとも――」
「ワシらはワシらで、狩ってきた獲物をバラさねばならぬゆえ、飯を食らうのはそのあとじゃな(風呂?風呂なんぞ、この宿にあったかのう……?)」
「そうでしゅか……。ちなみに、どのくらいの獲物を狩ってきたんでしゅ?」
その問いかけに対し、アメは、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべると、胸を張りながらこう答えたのである。
「海を越えるのに十分な量じゃ。ワシらにかかれば、なんということはないの」
「……昨日は失敗したみたいでしゅけどね?」
「「ぐ、ぐぬぬ……」」
そして苦々しげな表情を浮かべるアメとアオ。どうやら彼女たちにとっては痛いところを突かれた気分だったようだ。
ともあれ、アメたちが、海を渡るために対価として必要になる分の獲物を確保できたというのは本当のことで……。食事を終えた後、確保した獲物の数を見たシロは、表情を驚愕の色に染めることになる。
前の更新からかなり時間が……。
少し書き方を考えないと。




