1.11.4 洗って、拭かれて
タイトルのスペースが半角だったのを全角に修正しました。(その2)
昼食時になった頃、アカネたちは真っ黒になって宿へと帰ってきた。頭のてっぺんから爪先に至るまで、すべて真っ黒、泥だらけである。
シロは、アカネたちが汚れて帰ってくることを予想して、タライにお湯を用意して待っていた。ところが、汚れきったアカネたちの姿は、シロの想像を優に越えていて……。アカネたちの惨状を見たシロは、思わず頬に手を当てて、首をかしげてしまう。
「これは……すごい汚れかたでしゅねぇ?皆しゃん、一体どんな遊びをしたら、そんなに全身真っ黒になれるんでしゅか?」
「「「「…………」」」」
「怒らないでしゅから教えてくれましぇんか?」
シロが説明を促した結果、アカネがしょんぼりとした様子で事情を話し始める。恐らくは、汚れて帰ることでシロに怒られるかもしれないことを予想していたのだろう。
「んとね……ぼく、ネズミさんを見つけたの。それでじーっと見ていたら、我慢できなくなって追いかけたんだけど、水溜まりの前で転んじゃって……。それで止まりきれなくて、水溜まりの中に倒れちゃったせいで、真っ黒になっちゃったの……」しゅん
「(アカネちゃんも狐しゃんでしゅからね……)他のみんなも、ネズミしゃんを追いかけたんでしゅか?」
そんなシロの問いかけに、狼3姉妹はそれぞれに返答するのだが……。内、1人の発言によって、泥だらけになった理由に更なる真実が隠されていたことが判明する。
「ううん?違うよ?あたいらは走っていくアカネのことを追いかけたのさ」
「誰かが走っていく姿を見ると、なんでか追いかけたくなっちゃってねぇ……」
「それで水溜まりで転んだアカネに追い付いたんだけど、その様子を見てたら、なんか楽しそうに見えちゃって……それで皆で――」
「「「ヤヨイッ!」」」
「あっ……えっと、ごめん……なさい……」
姉妹やアカネから責めるような視線を向けられて、狼3姉妹のうちの1人、"ヤヨイ"は、思わずしょんぼりとしてうつむいてしまう。
ちなみに、ヤヨイ以外の2人は、それぞれ"キハル"と"ミツキ"という名前があって、皆、"3月"という意味を持つ名前を付けられていた。それもそのはず、彼女たちは3つ子。同じ日に生まれた姉妹たちなのだから。
そんな、ヤヨイたちのやり取りを見たシロは、呆れたようにため息を吐いていた。4人が泥だらけだった理由が、水溜まりで転んだだけに留まらず、水溜まりの中で遊んだ結果だというので、どう反応すべきかと困ってしまったのだ。……叱るべきか、注意に留めるべきか、あるいは聞き流すべきか……。
「もう……困りましたねぇ……。まぁとにかく、今は泥を落としゅのが先でしゅ。お湯を用意しましたから、これで身体を綺麗にしてくだしゃい。わっちは追加で新しいお湯を沸かしてきましゅ」
「んにゅ……」
「「「面目ない……」」」
反省した様子で俯く4人をその場において、シロはアカネを背負ったまま、台所へと向かった。その間に叱るか否かの判断をつけることにしたようだ。
◇
結果として、シロは、聞き流すという選択をすることにしたようである。彼女は新しいタライに沸かした湯をいれて、部屋へと戻った。そう、戻ったのだが――、
「……えっと?これはどういう状況でしゅか?」
「…………」にたぁ
「「「「……?」」」」ちんまり
――シロが残していった直径60cmほどのタライの中に、1匹の狐と3匹の狼たちが、どういうわけかぎゅうぎゅう詰めに入っていたのだ。狼たちの身体は、元がかなり大きく、タライにはせいぜい1匹入れればやっとのはずだが……。今の彼女たちは、わざわざ変化までして小さくなって、皆で湯船(?)に浸かれるよう工夫していたようである。
彼女たちが何を考えて、皆でタライに入ろうと思ったのかは定かでない。……いや、恐らくは何も考えていないのだろう。その証拠に彼女たちは、シロの問いかけが理解できずに首を傾げているのだから。それでも強いて理由を挙げるなら――皆で一斉に入れば面白そうだったから、といったところだろうか。
その様子を見て、事情(?)を察したシロは、あきれた様子で指摘する。
「そんなにぎゅうぎゅう詰めじゃ、ちゃんとキレイになりましぇんよ?まったく、困りましたねぇ。……じゃぁ、そちらのタライの中であらかたの泥を落としてから、こちらのタライでキレイにしましゅかね。まず、アカネちゃんでしゅ」
「はぁい!」
「っとその前に。皆しゃん?部屋の中でブルブルしたら駄目でしゅよ?辺りに泥が散らばって、大家しゃんに怒られちゃいましゅから」
シロはそう断ってから、1匹だけタライから出てきたアカネ狐のことを持ち上げると、彼女を新しいお湯の入ったタライの中へと運び入れた。それからシロはアカネ狐の身体にお湯をかけて、毛の中に残っていた泥をしっかりと洗い流しつつ、耳の裏や足の指の隙間まで、泥が残らないようキレイに洗い上げる。
「はい、おしまいでしゅ」
「キレイになった!」しゃきーん
「じゃぁ次、ヤヨイちゃん」
「あいよっ!」
そしてシロは、ヤヨイ狼のことも同じように洗い上げた。その後も、キハル狼、ミツキ狼と続いて……。4匹ともキレイになったようである。
「「「「……くちゅん!」」」」
「じゃぁ、皆しゃん。風邪を引く前に身体を拭いてくだしゃい。自分で拭けましゅよね?」
「「「「はーい!」」」」
「それが終わったら、お昼御飯でしゅ」
「「「「!」」」」きゅぴーん
「ちゃんと皆で仲良く拭くんでしゅよ?」
「「「「はーい!」」」」
元気よく返事をした後、アカネたちは人の姿に変化して、自分の身体を拭き始めた。その際、皆、何かを我慢しているような厳しい表情を浮かべていたのは、今にもブルブルと身体を振ってしまいそうになっていたからか。
◇
そしてシロが厨房で昼食を温めて戻ってくると――、
「……その考えは無かったでしゅ……」
「…………」にたぁ
「「「「……?」」」」
――4人は再び、不思議な行動をしていた。とはいえ、意味不明な行動というわけではない。
「3人とも?手が止まってるよ?」
「「「!」」」ごしごし
1人――いや、1匹だけ元の獣の姿に戻ったミツキ狼のことを、残り3人が協力して拭き上げていたのだ。1人だけで身体を拭こうとすると、背中が拭けなかったり、拭きもらしがあったりするので、皆で交代しながら拭けば、効率良く拭けると思った――かどうかは定かでない。
「……出来た?」
「「「……出来た!」」」
「皆しゃん、拭き終わりましたか?」
「「「「うん!」」」」
「じゃぁ、ご飯でしゅ!」
「「「「「!」」」」」きゅぴーん
ご飯、という単語を聞いた瞬間、髪の毛の中に隠していた獣耳をピーンと立てて目を輝かせる少女たち4人。そしてもう1人――、
「んま!」だらぁ
――と滝のように涎を流す赤子を加えた合計5人の目の前に、シロは厨房から持ってきた鍋を2つ置いた。
そのうち1つには、ホカホカと湯気を立てる炊きたての米が入っていて、もうひとつの方には、何やら香ばしい匂いのするお湯のようなものが入っていた。ただし、そこに具は見当たらない。
そんな不思議な料理を覗き込みながら、アカネが不思議そうにシロへと問いかける。
「……にゅ?ねぇ、シロお姉ちゃん?これ何?」
「お出汁でしゅ」
「おだし?」
「小魚しゃん……と言ってもドジョウしゃんじゃないでしゅよ?干した小魚しゃんから取ったお出汁で、これ自体には味は殆ど付いてないでしゅ」
「味がない……?じゃぁ、お湯?」
「お湯とはちょっと違いましゅねー。食べ方は……まぁ、食べるときに説明しようと思いましゅ」
「んにゅ……わかった!」
「じゃぁ皆しゃん?手伝ってもらえましゅか?」
「「「「はーい!」」」」
シロの問いかけに、4人は元気よく返答した。それも、今にも千切れんばかりに尻尾をブンブンと振り回しながら……。
そして、配膳が終わり、昼食の準備が整った。その際、シロは、2皿のおかずを皆の前に差し出すのだが……。それがひと悶着を生じさせる原因になるとは、このとき誰も思っていなかったに違いない。
なんかこの物語、シロちゃんの食事描写が多いような気がする……。




