1.11.3 ご飯を食べて、洗濯をして
タイトルのスペースが半角だったのを全角に修正しました。
アカネがシロから木のスプーンとお椀のセットを受け取った途端、シロの膝の上にいたナツの視線と顔が、ギュンと吸い寄せられるかのように、アカネに対して向けられる。その様子は、まるで、獲物を見つけた獣のようで……。
「…………」にたぁ
「ううう……」ぷるぷる
品定めをするかのようなナツの視線に、アカネは思わず泣きそうな表情を浮かべた。なお、今のナツの笑みを本物の人間が見たなら、その人物はきっとこんな感想を口にすることだろう。――あどけなくて可愛い笑顔だ、と。
しかし、獣たちの認識は、人間のそれとは180度ほど異なっていたらしい。狼たちはスッと3人揃ってナツから視線を逸らして俯いたり、あらぬ方向を向いたり……。逃げることのできないアカネに至っては、手にしたスプーンをガクガクと震わせていたようだ。その光景を例えるなら、今にも猛獣に襲われそうな子ギツネの図、といったところだろう。……まぁ、例え話になっているかどうかは、微妙なところだが。
そんな中で平静を保っていられたのは、唯一シロだけだった。彼女は普段からナツに食事を与える機会が多かったせいか、今では慣れていたようである。
「ほらほらアカネちゃん?」
「んにゃっ?!」びくぅ
「ナツちゃんが待っていましゅよ?」
「う、うん……。本当に、噛まない、よね?」
「(ちょっと前まではわっちも噛まれていましたけど、今は多分)大丈夫でしゅ。現に今日は噛まれていないでしゅよね?」
「んにゅ……わ、分かった……」
アカネは覚悟を決めたのか、木のスプーンで、お椀からおじやをすくい取ると……。それを、シロがやっていたように、ふーふーと冷まして――
「ん、んとっ……はい、ナツちゃん?あーん……」
「あーむ」
――とナツに対し、恐る恐る与えた。
ナツはアカネが与えたおじやを、美味しそうに食べた。しかし、まだ足りなかったのか、彼女はすぐさま次を要求する。
「んーま!」あーん
「んとっ……ふーふー……はい!」
「あむ」もぐもぐ
「ん……思ってたより怖く、ない……?」
おとなしくおじやを食べるナツに、段々と慣れてきたのか……。アカネはホッと胸を撫で下ろしながら、ナツへと食事を与え続けた。
それを何度か繰り返して、ナツが満足げにゲップをしたところで……。シロは何を思ったのか、アカネに対してこんな提案を口にする。
「……アカネちゃん?わっちの代わりにナツちゃんのことを抱っこしてみましぇんか?」
この時、ナツのことを抱いていたのはシロだった。彼女は、アカネがナツのことを怖がっていると知っていたので、敢えて自分がナツを抱えることで、アカネのことを落ち着かせようとしていたのだ。
しかし、アカネがナツに対して無事に食事を与えられた今、シロは、アカネに次なる課題を与えても良いのではないか、と判断したらしい。その課題が、ナツを抱っこする、というものだった。
ところが、話はそううまく進まなかった。アカネがシロのその提案を聞いた直後――、
「?!」ぴしりっ
――と、実際に音が聞こえるのではないかと思えるような勢いでで、固まってしまったのだ。やはり、アカネにとってナツに触れるというのは、そう簡単なことではなかったようである。
「…………」ちらっ
「…………」にたぁ
「っ?!」ぷるぷる
「……まだ難しそうでしゅね」
「んにゅ……ごめんなさい……」
「無理はしなくても良いんでしゅよ?焦らずゆっくりと仲良くなっていけば良いんでしゅから」
「んまんま!」
「ほら、ナツちゃんも"その通り"って言ってましゅよ?」
「ほ、本当に?」
「…………」にたぁ
「うぅ……でも……でもっ!」
そしてアカネは、勇気を出して口を開く。
「シロお姉ちゃんがそう言うなら、ぼく、頑張る!」
「期待していましゅ。でも、焦る必要はないでしゅよ?急がず、ゆっくりとで十分でしゅ」
「うん!」
アカネはそう口にすると、シロの横に座って、彼女の肩に顔を擦り付けた。その際、アカネは、無意識的にナツに触れていたのだが……。彼女がその事に気づいた様子は無かったようだ。
◇
「アカネーっ!遊びに行こうよ!」
「うん!行くーっ!」
「雪に味がついていれば最高なんだけどねぇ」
「そのままの味も嫌いじゃないさ?」
「4人とも、くれぐれも気を付けるんでしゅよ?人間しゃんたちに正体がバレないように」
「「「「はーいっ!」」」」
食事が終わった後、アカネと狼たちは宿から出て、そして白い雪が残っていた町の中へと飛び出していった。
今日の天気は晴れ。昨日は雪の影響かずいぶんと寒かったものの、この日はそれなりに暖かかったようである。
「この分だと、1日で雪が溶けてしまうかもしれないでしゅねー」
「んま?」
「つまり、皆しゃん、ドロドロになって帰ってくるということでしゅ。アカネちゃんたちだけでなくて、アメしゃんたちも。頃合いを見計らって、お湯の準備をしておきましゅかね」
「んまんま」
シロは紐で背中にくくりつけていたナツとそんなやり取りをすると、再び宿屋の中へと戻っていった。
そんなシロの1日は、朝食の後、洗濯から始まる。皆、変化で姿かたちを変えていても、服だけは本物を着ていたので、洗濯をしなくてはならなかったからだ。
「~~~♪」ごしごし
「んまんまんま」
「~~~♪」ごしごし
「んまんまんまんまんまんま」
「……ナツちゃん?それ歌がちょっと違いましぇんか?」
「んーま」
「えっ?これでいい?」
「んまんま」
「そうでしゅか……。~~~♪」ごしごし
「んまんまんまんまんまんまんまんまんま」
宿屋の店主に借りた洗濯セットを使いながら、ナツと共に鼻唄(?)を口ずさみつつ、洗濯をするシロ。その際、彼女は、洗濯物の汚れ具合を確認しながら、ふとこんなことを口にした。
「……わっちたちは一体どこに向かっているんでしゅかねぇ?」
「んま?」
「ナツちゃんが寒くないようにと南に向かっているのは分かるんでしゅけど、限度というものがありましゅ。南に行けば行くほど、確かに暖かくはなりましゅけど、どこまでも暖かくなるというわけではありましぇん。それに旅というものは、危険に満ち溢れているものなんでしゅ。終着点がどこなのか……アメしゃんは、目的地とか考えているんでしゅかねぇ?ナツちゃんは知っていましゅか?」
「んーま」
「……でしゅよねー」
ナツの返答は言葉になっていなかったものの、シロは彼女のその反応を否定と捉えることにしたようである。
そんなこんなで洗濯が終わり、シロは次に共用の厨房へとやってきた。そこで彼女は昼食作りの準備を始めるついでに、泥だらけで帰ってくるだろうアカネたちやアメたちのために、温かいお湯を用意するつもりだったようだ。
「……別に人間しゃんじゃないんでしゅから、冷たいままの水でもいいでしゅかね?」
「んま?」
「冷たいお水でちゃぷちゃぷしゅるんでしゅよ?」
「?!」
「……いえ、冗談でしゅ。ここは人間しゃんの町なんでしゅから、人間しゃんらしく、お湯を用意しておきましょう。狐しゃんや狼しゃんでも、寒いものは寒いはずでしゅからね」
「んまんま」
「さてと……。まじゅは、お鍋しゃんを火に掛けて~♪」
「んまんまんまんま」
「もうひとつ火に掛けて~♪」
「んまん……ま?」
「お昼ご飯でしゅ」
「んま!」だらぁ
"昼ごはん"とシロが口にした瞬間、ナツの口からは、まるで滝のように涎が溢れ落ちた。どうやら、彼女は、アカネに食べさせてもらった朝食程度では、満足できなかったようである。
「本当はドジョウしゃんを食べたいところでしゅけど……夜まで我慢でしゅ!」
「んまんま」
「というわけで、昼食は……」
「んま?」
「薫製にした筋子をおかじゅにしようと思いましゅ!」
薫製にした筋子――鮭の卵巣を塩漬けにした上で薫製にした保存食である。かの地では、乾燥させた筋子を人に化けた狐などに与えると、その正体が分かると言い伝えられているのだが……。元が人ではないシロはその事を知らなかったらしい。なお、この話は口伝の伝承である以上、化け狐の正体を本当に暴けるかどうかは不明である
「ほら、これでしゅ。実は宿の店主しゃんにお裾分けしてもらったんでしゅよー」
「…………」じぃ
「ナツちゃん、筋子を見るのは初めてでしゅか?」
「んま」
「美味しいでしゅよ?筋子しゃん。たまに、口の中にくっついちゃうことがありましゅけどねー」
「んま?」
「ご飯の時に食べさせてあげましゅから、楽しみにしててくだしゃい」
「んまんま」だらぁ
「でも、1品だけというのは寂しいでしゅからね……。かと言って筋子しゃんを鍋で煮るわけにもいかないでしゅし……あっ!ちょうど良いお料理がありましゅ!」
「んま?」
と首を傾げるナツに答えることなく、シロは何やら料理を作り始めた。それからしばらくして、4品の料理が完成するのだが……。それがひと騒動を巻き起こすことになるとは、このときのシロは予想だにしていなかったに違いない。
……毎日少しずつ書いてたら、1話出来上がるのに、2ヶ月が過ぎていました。
サボっていたわけじゃないです。
やっぱり、スマホで書いたらダメなのかなぁ……。




