表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
9/96

1.2.4 気付かれたくて、気付けなくて

「…………」ごごごごご


「意味が……わからぬ……」しょんぼり


「んま?」


 人のように見えて、人ではなく、実は人に化けた鶴だった少女。そんな彼女が翼を広げて威嚇している姿を見て、アメは心底幻滅したような様子で耳を伏せてしまった。

 こうしてアメが人の言葉を使ってまともにコミュニケーションを取るのは、鶴が初めてで、さらに言えば、自分以外の"変身"ができる存在と接触するのも、今回が初めてだったのだが……。それでも彼女の気分は優れなかったようである。鶴との邂逅はアメにとって嬉しい出来事だったものの、余りに嬉しすぎることが1度にやってきたせいか、そのまま気分が反転してしまったらしい。


 それから彼女は、しょんぼりとした様子のまま、鶴に背を向けると、倒木の上に乗っていたナツのそばへと移動して、彼女の横にぴったりと身を寄せた。そして、まるで毛繕いをするようにして、毛の無いナツの頬をいとおしそうに舐めながら、彼女は鶴を一瞥して、こう口にしたのである。


「……して、お主。いつまでワシらを威嚇しておるつもりじゃ?主が人でないことが分かった以上……主にはもう用はないのじゃ」


「酷い言いぐさでしゅね?別にわっちは、狐しゃんのことを騙したわけでは無いというのに……。それに、そもそも、最初にわっちのことを脅かしたのは、狐しゃんの方でしゅよ?わっちに何か言うことがあるのではないでしゅか?」


「……非常食は渡さぬ?」

「んまんま」がぶぅ


「……食べられてるの、狐しゃんの方でしゅけどね?」


 アメの尻尾がお気に入りなのか、容赦なく彼女の尻尾にかじりつくナツ。そんな彼女の様子を見て、鶴は毒牙(?)を抜かれたのか、刺々しさを和らげて、アメに対しこう言った。


「……シロでしゅ」


「む?人の姿に化けておったときの、お主の(ふんどし)の色かの?」


「いや、それは黒でしゅ。そうじゃなくて、わっちの名前でしゅ」


「さよか……」

 

「…………」


「…………」


「……もしかしてあれでしゅか?狐しゃんは、うまく会話ができない心の病でも患っているんでしゅか?」


「……良くも悪くもこうして人の言葉を使ってまともに話すのは、これが初めてじゃ。心の病だの、人の作法だの言われても、ワシにはよう分からぬ。逆にお主の方は、随分と人の言葉の扱いに長けておるようじゃのう?」


 シロと名乗った鶴へと、アメがジト目を向けながらそう口にした――その直後のことだった。


「ふふっ……ふふふふふっ……」カクカクカク


 シロが何の前触れもなく壊れてしまったようだ。……いや、そういうわけでもなかったらしい。


「お、お主……大丈夫か?」


「えっ?あぁ……これが、わっちの笑いかたでしゅ。お腹で笑うと、首が長いでしゅから、ぷるぷると震えるてしまうでしゅ。気にしないでくだしゃい」

 

「(……何となく、こやつが、村八分にされておる理由が分かったような気がするのじゃ……)」


 例え、人の姿に変身しても、シロは怪しげな気配を放ちながら笑うのだろう、と確信するアメ。彼女としては、シロが震えながら笑うことよりも、その怪しげな笑いかたのほうを指摘したかったようだが、本人はまったく気づいていない様子だったので、アメはその事について、何も言わないでおくことにしたようだ。

 

「それで、わっちが、どうして、人の話し方に長けているか、でしたか?それはでしゅね……人に恋をして、猛勉強したからでしゅ!」かぁ


「……は?」

「んま?」


「実はでしゅね……昔、人のかけた罠に足を挟まれたことがあったのでしゅが、それを助けてくれて、さらには足のケガが治るまで、わっちのことを匿ってくれた殿方がいたんでしゅよ。それも……訳がわからず暴れるわっちのことを、見放すこともなく献身的に……」


「…………」

「…………」もぐもぐ


「その殿方が住んでいるのが、あの村なんでしゅ。わっちは、あのときに伝えることができなかった、この感謝の気持ちを、どうしても伝えたかったでしゅ……。だから、わっちは、この焦がれるような思いに(いざな)われるまま、必死になって人の言葉を覚え、変身する方法を編みだし……そして、村人に紛れるところまでは、どうにか漕ぎ着けたでしゅ。あとは、あの人に会って、この心の内を打ち明けることができれば……わっちは、もう、感無量でしゅ!……ふふっ……ふふふふふ……!」カクカクカク


「(……こやつ、もう手のつけようが無いかもしれぬ……)」

「んまんま」


 人と接した経験の浅いアメでも、明確に感じられるほど、シロから漂ってくる怪しげな気配。しかし、それでも、アメがそのことを指摘しようとしなかったのは、彼女の優しさゆえか……。

 その代わり。アメは不意に浮かび上がってきた疑問を、シロへとぶつけることにしたようである。


「ところでシロよ。お主の話を聞く限り、その殿方とやらに助けてもらった後で、お主は言葉や変身する方法を覚えた、と言ったように聞こえたのじゃが……主がその殿方と会ったのは何時のことじゃ?」


「なぜそのようなことを?もしや……わっちの男を横取りするつもりではないでしょうね?雌狐しゃん……」ゴゴゴゴゴ


「せんわ!(そんな恐ろしいこと、出来るわけがなかろう……)」


「……まぁ、いいでしょう。わっちがあの方と出会ったのは――はて?いつのことでしたか……」


「……ふむ。なるほど……」


 アメはその瞬間、とある確信を持ったようだ。

 結果、彼女は、その次の言葉を口にしようかと考えて、一旦悩むものの……。しかし、今回ばかりは飲み込まず、口に出すことにしたようである。そうでもしないと、シロのことが、余りにも不憫でならなかったらしい。


「ここでお主と(おう)たのも何かの(えにし)。お主のためを思って、これだけは言わせてもらうぞ?……人の寿命は、50年そこそこじゃ」


 そう言って、自身の髭を引っ張って遊んでいたナツの頭の上に、首を載せるアメ。その際、彼女の首元に確かな温もりが伝わってきたようだが、それをアメがどのように感じていたかは、不明である。


 一方のシロは、アメに言われて、初めて人の寿命のことを知ったのか……。急にそわそわとし始めると、震えるくちばしで、こんなことを言い始めた。


「い、いや、まだ大丈夫だと思うでしゅ。まだ300年くらいしか経ってないでしゅから、あの人はまだ元気に村で暮らしているはずでしゅ!」


「…………」


「……ちょっと行って確かめてくるでしゅ!」


 シロは、そうとだけ言い残して――

 

バッサバッサ……


――と、その場を飛び去っていった。

 

 アメはそんな彼女の背中を見送ってから、ナツに対してこう口にする。


「さて……騒がしい奴も消えたことじゃし、ワシらは次なる村を探して、そこで道を聞くとするかのう?」


「んま?」


「ほれ、ナツよ。背中に上るが良い」


「んまんま!」よじよじ


「さて……それじゃぁ、時間もないゆえ、飛ばすとするぞ?」

 

ズサッ!


 そして、全力疾走に近い速度で、森の中を走り始めるアメ狐。そんな彼女が向かった方向が、何故かシロの飛び去った方向と一致していたのは――もしかすると、本当に、道に迷っていたから、なのかもしれない……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ