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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
88/96

1.11.1 狸に聞かれて、鶴が答えて

彼女は赤子。紛うことなき、人の子供。しかしその気配は獣に近く……。ゆえに彼女は、人でも獣でもない、不確かな存在なり。

「で、どうしゅるんでしゅ?獲物は無事に狩れそうでしゅか?」


 アメたちが熊を狩って、しかしまともな戦果を持ち帰れなかった次の日の朝。まだ暗い内から再び狩りへと向かおうとしていたアメとアオに対し、昨日は留守番をしていたシロが心配そうに問いかけた。


「どうしても無理そうなら、わっちも出て、鹿しゃんを狩ってきましゅけど……」


 その言葉にアオが反応する。しかし――、


「えっ……鶴ってそんなに強――」


ガッ!

  

「(これアオ!余計なことを言うでない!)」


――アメに口を押さえられ、アオはそれ以上の言葉を強制的に止められてしまう。どうやらアオは、シロのことを弱いと思っているらしい。細い体躯と軽い身体ではまともに狩りなどできるはずがない……。先入観が彼女にそう思わせていたようだ。


 しかし、鶴という生き物は、元来、食物連鎖の上位に位置する存在である。もちろん頂点というわけではないものの、狐よりも遥かに上にいる生き物で……。本来であればアメすらも、シロに捕食される側だった。尤も、狐の肉は臭みが強いので、好んで食べる鶴はいないようだが。


 鶴はその大きな体躯を生かして相手を威嚇しつつ、鋭いくちばしと爪を使い、獲物に襲いかかる獰猛な生き物である。普段はドジョウなどの小魚を啄んでいるが、場合によっては、大鷲などの猛禽類も捕食の対象であり……。鶴たちに正面から戦って対抗出来るのは、それこそ身体の大きな熊くらいのものだった。あるいは、鶴に集団で襲われるようなことがあれば、熊ですらも敵わないのではないだろうか。


 つまり、シロが弱いと考えているアオの考えは、大きな間違いなのである。しかもシロは、その辺の鶴とは違い、大変な長寿。体力も知能も、普通の鶴とは比較にならないほど高かった。


 そんなシロを怒らせたらどうなるか。アメには悲惨な未来しか想像できなかったようだ。……主に食事の準備的な意味で。


「……?どうしたんでしゅか?アメしゃん。急にアオしゃんの口なんか押さえ込んで……」


「い、いや、気にするでない。ちょっとアオの姿勢が曲がっておったゆえ、矯正したにすぎぬ。……そうじゃろう?アオよ(そうだと言うのじゃ!ほれっ!)」


「そ、そうです?!最近ちょっと腰が曲がっているような気がしていたんですよ?!ありがとうございます、アメさん?!」


「う、うむ。そうじゃろう?分かれば良い。分かれば……」


「……2人とも、怪しいでしゅねぇ……」じとぉ


「「…………」」すっ


 ジトッと追及の視線を向けるシロから、揃って目をそらすアメとアオ。アオもこの時点で自分が失言しつつあったことに気づいていたようだ。

 

 シロがその後もジト目を向けていると、遂に耐えられなくなったのか……。2人は競うようにして、宿屋から出て行った。強者から向けられる視線には勝てなかったようである。

 


 アメたちが朝早く狩りに出掛けたあと、シロは朝食作りに取りかかっていた。2人がいなくとも、朝食を必要としている者たちが、本人を含めて6人ほどいるのである。サボるわけにはいかないのだ。

 

 そんな彼女の背中には、昨日と違い、ナツの姿があった。今日は本気で狩りをする、と宣言したアメが、足手まといになるナツのことを、シロに預けていったのだ。


「ナツちゃんと一緒にお料理しゅるなんて、久しぶりでしゅねー?」


「んまー」だらぁ


「こんな日はコルしゃんが来るような気がしましゅけど……どうでしゅかねー?来ましゅかねー?」


「んーま?」


「また、あの甘いお菓子、食べたいでしゅね」


「んまんま」


 果たして会話が通じているのかは定かでないが……。シロは、ナツと取り留めのないやり取りをしつつ、食材を切っていく。


「とんとんとん♪」


「んまんまんま」


「とんとんとん♪」


「んまんまんまんまんまんまんまんま」


「……ナツちゃん、ずいぶんと楽しそうでしゅね?」


「んま」だらぁ


「お腹が減ってるんでしゅね……。急いで作りましゅから、待っていてくだしゃい」


 背負っていたナツの口から、まるで滝のように滴る涎……。それに気づいたシロは思わず苦笑した。そして彼女は、これまで以上の速度で、手にした包丁を動かし始める。

 

 そんな彼女たちがいた台所には、他に宿泊者はおらず、貸しきり状態だった。だからこそシロは、鼻唄混じりに料理をしていたわけだが――、


「おや、朝からずいぶんと賑やかだねぇ?」

 

――厨房へと、不意に訪問者がやって来た。宿屋の店主だ。共用の台所の入り口に現れた彼女は、未だ眠いのか、ふわぁー、と大きくあくびをしながら、シロたちのところへと近づいてくる。

 

 そんな彼女に対し、シロとナツが挨拶をした。


「あ、おはようございましゅ、店主しゃん」


「あぁ、おはよう」


「んまんま」


「あんらまー、こんなめんこい(かわいい)お嬢ちゃんも挨拶できるんだねぇ?よーしよし、良い子d――」


「……」がぶっ


「?!」びくぅ


「えっと、店主しゃん?ナツちゃんはこう見えて凶暴でしゅから、手は出さない方が良いでしゅよ?気を抜いたら齧られてしまうでしゅ」


「……それは齧られる前に言ってほしかったねぇ」


 歯形が付いたばかりの手をさすりながら、恨めしげな視線をナツに向ける宿屋の店主。


 それから彼女は溜め息を吐くと、出来るだけナツに視線を合わせないようにしながら、シロに向かって問いかけた。


「あんたも、あの背の高いお姉ちゃんと同じ狐かい?」


「背の高い……?あぁ、アメしゃんでしゅか。そういえばアメしゃん、店主しゃんのことを狸だっていってたでしゅね……」


「あぁ、だから気になったんだよ。人間に紛れて生きる獣の1人としてね」


「そうでしゅか。残念ながらわっちは狐しゃんじゃないでしゅよ?狐しゃんだったらどれだけ良かったことか……」


「なんだい、似たような匂いがするからてっきり狐かと思っていたよ」


「嬉しいことをいいましゅねー。でも、違いましゅ。ちなみに店主しゃんは、わっちの正体を何だと思いましゅか?」


「そうだねぇ……」


 店主はそう口にすると、シロの正体について考え込む。見た目は人間でも、中身は間違いなく人間ではない……。それだけは自信をもって断言できたようだ。


 というのも、前述の通り、シロから漂う纏う雰囲気が、人のソレとは大きく異なっていたからだ。彼女に視線を向けられると、まるで捕食者に睨まれているかのような悪寒を感じる……。宿屋の店主は、その言い知れぬ気配に、小さく身震いしたようだ。宿屋の店主――狸も、自然界では鶴の捕食の対象。まぁ、狐と同様に臭みが強い生き物なので、好んで食べる鶴はいないようだが。


 それはさておき。店主がシロの正体について、自身の予想を口にする。


「……熊だね?」


「えっと……店主しゃん?わっちのどの辺を見て、熊しゃんだと思ったんでしゅか?」


「そうだねぇ……理由を話せと言われても難しいけど……あんたのことを見ていたら、すごく強そうな……そんな気がしたのさ。で、強い生き物って言ったら、熊しかないじゃないか?」


「店主しゃんが何を考えているかは分かりましぇんけど、わっちは、これ以上無いくらいに、か弱くて尊い存在でしゅ。人間しゃん100人に聞いたら、多分100人全員が同意してくれるはじゅでしゅよ?」


「そうかいそうかい。お客さんは冗談がうまいねぇ。まぁ、私は人間じゃないからその数に入らなくても問題は無さそうだがね」


 と、口にしつつ、チラッとナツに視線を向ける店主。するとそこには――、


「…………」にたぁ


――と天使のような(?)笑みを浮かべる赤子の姿が……。


「……あんたの正体は怖いから聞かないさ。だけど、その子の正体はすごく気になるねぇ。あの狐のお姉ちゃんは人間だって言ってたけど……本当に人間なのかい?」


「当然でしゅ。生粋(きっしゅい)の人間しゃんでしゅよ?」


「あんたもそう言うのかい。臭いを嗅ぐ限り、狐の臭いしかしないんだけどねぇ……」


「そりゃ、四六時中、アメしゃんに抱っこされているからでしゅ。匂いが移っても仕方ないと思いましゅ。ねぇ?ナツちゃん」


 返答が戻ってくることを期待せずに、ナツへと問いかけるシロ。実際、ナツは、話を聞いていなかったらしく――、


「…………」だらぁ


――店主の方を見て、静かに涎を垂らしていたようだ。


 その結果、店主が渋い表情を浮かべて後ずさってしまったのは、狸を食べる人間の童歌をふと思い出してしまったから、なのかもしれない……。

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