1.10.11 報告して怒られて、引っ張って引っ込んで
夜になり、アメたちは宿屋へと戻ってきていた。
アメがシロに対し、狩りの結果を報告すると、シロは不満げに頬を膨らませる。
「……それで、何も獲らずに帰って来たんでしゅか?もう……アメしゃんも、アオしゃんも、大物ばかり狙ってないで、もっと計画的に狩りをしゅるべきでしゅ!」
「面目ありません……」
「返す言葉も見つからぬ……。しかし、あれはアオに落ち度がある」
「ちょっ……」
「あのとき、最後の一撃を丁寧に決めてさえおれば、凍ってはおったものの、粉々にはならんかったはずじゃ」
「そ、そうかもしれませんけど……でも、やっぱりあの"熊"は、ああするしかなかったように思います!あれだけ叩いても、弱る気配はまったく無かったし……それに、ほら、思い出してください。身体中に触手は生えていましたけど、毛は生えていませんでしたよね?あれはきっと、病気持ちの熊か何かで、毛皮を剥いでも売れなかったに違いありません!」
「はいはい。そうでしゅか。でも、結局、坊主だった(何もとれなかった)ってことに変わりはないんでしゅよね?」
「ふっ……実はの?シロよ。まったく何も獲れなかった訳ではないんじゃ。何も獲らずに帰ると、シロに怒られると思うてな?一応、これだけは捕ってきたんじゃ。ほれ、冷たい川の中で見つけるの、大変だったんじゃからな?」にょろにょろ
「ド、ドジョウしゃん……!」きゅぴーん
アメが手にしていた皮袋の中では、生きたドジョウたちが元気よく泳いでいた。そう、アメたちは、獲物を獲れなかったことでシロが憤慨するかもしれないことを予想して、彼女の好物であるドジョウを帰り際に掬い捕ってきていたのだ。
その作戦はどうやら成功だったらしい。
「久しぶりのドジョウしゃんでしゅ……」にやぁ
「なら、今日はドジョウ鍋かの?」
「……いいえ。今日はやめておきましゅ。本当は今しゅぐ、ちゅるちゅるとイッキ飲みしたいところでしゅが、せっかくのドジョウしゃんでしゅからねぇ。泥を吐き出させて、臭みを落として、最高の状態で食べようと思いましゅ。でしゅから、お料理しゅるのは明日でしゅねー」
「お主……まるで、鶴とは思えぬ発言じゃな?」
「人の姿でいる時間が長くなると、いつの間にかこうなってしまうんでしゅ。それに、わっちが作ったお料理は、本物の人間であるナツちゃんも食べることになりましゅから、余計に人間っぽく見えてしまうんだと思いましゅ」
「…………」にたぁ
「……見たか?アオよ。ナツが嬉しそうに笑うておるぞ?ナツと仲良くなりたくば、シロのように人間力を磨くべきじゃ」
「人間力……い、いえ。私も人間……ですよぉ?」ぷるぷる
と、言って、まるで同意を求めるかのような視線を周囲へと向けるアオ。しかし、残酷というべきか、当然というべきか、誰にも相手にされず……。皆、アオからそっと視線を逸らしたようだ。
◇
そのあと、アメたちは、シロが作った食事を食べて身体を暖めた。まぁ、暖めるとは言っても、温かい鍋や囲炉裏を囲むだけで、風呂や温泉の類いに入ったわけではないが。
あるいは、身を寄せ合うことも、冬の寒さをしのぐ方法の1つだったらしい。
「今日はねー、狼さんたちとねー、いっぱい変身の練習をしたの!」
「「「わふっ!」」」
「ふむ……確かに頭からは、耳が消えておるようじゃな?」
と言いながら、アカネや狼たちの変化におかしな所がないかを確認するアメ。その際、彼女は、アカネの腰に、何やら怪しげなものを発見する。
「しかし、アカネよ?お主の腰から生えておるそれはなんじゃ?……あぁ、そうか、襟巻きが引っ掛かっておるのか」
身体を預けるように密着してくるアカネの背中から生えていた尻尾を、アメは意地悪そうな笑みを浮かべながらギュッと掴んだ。すると、アカネは、身体中の毛を逆立てた後、急いで変化を調整して尻尾を隠すのだが……。その直後、尻尾の代わりに2つの突起物が、彼女の頭からニュッと生えてくる。
「腰の襟巻きは消えたようじゃが……おや?頭の上に、木の葉のようなものが引っ掛かっておるようじゃの?どれ、ワシが取ってやろう」
そう言って、アメがアカネの頭の上にあった2つの獣耳に手をやると……。再びアカネは、髪の毛をビクゥと逆立てて、そこにあった三角形の物体を急いで髪の隙間に隠した。すると再び彼女の腰から、太くて立派なマフラーが現れる。
「……お主、やはり器用じゃな?」
「……っ!」ぷるぷる
「まだまだ精進が足りておらん証拠じゃ」ぽふっ
「んにゅ……もっと頑張る……」
「うむ。期待しておるぞ?」
「にゅ……」
自身の頭を撫でるアメの手が心地よかったのか、アカネはアメに身を委ねながら、嬉しそうに目を瞑った。その様子がまるで――、
「まるで、本物の親子みたいでしゅね」
――母子のスキンシップのように見えたのか、シロが微笑ましげな視線を送る。アオも同様だ。
そんな中、1人だけ皆と異なる反応を見せていた者がいた。ただし、羨ましげな表情を浮かべていた狼たち3姉妹のことではない。
「…………」じぃ
無言でアカネとアメのことを見つめていたのは、シロの膝の上に座っていたナツだった。彼女の場合、言葉はまだほとんど覚えていなかったので、無言でいること自体はいつものことだったのだが……。その視線は普段と異なり、明らかに何かを言いたげな様子だった。
彼女の変化は視線だけに留まらない。
「……あーむ!」
まるで何かを威嚇するかのように、声を上げたのだ。
その変化に、アオが真っ先に反応する。
「ナツちゃん、今、アオって言いませんでしたか?!」
「いーやっ!」
「ぐふっ……!」
「……言ってないようじゃな?」
と言いながら、アカネの頭に置いていた手を離して、シロからナツを受け取り、彼女のことをあやし始めるアメ。その際、ナツが満足げな笑みを浮かべていたのは、アカネに嫉妬していたからか。
一方、心に致命的な傷を負ったと思しきアオは、1人、部屋の隅で塞ぎ込むかのように膝を抱えていたようだ。よほどナツに受けた仕打ち(?)が、心に堪えたらしい。
そんな雪女(?)の後ろ姿があまりに寂しげだったためか、シロが心配して声を掛けた。
「アオしゃん、落ち込んでいるようでしゅけど、ナツちゃんは今、人見知りをする年頃でしゅ。仲良くなれないからと言って一喜一憂するのは早しゅぎると思いましゅよ?」
その言葉を聞いたアオは首を横に振った。どうやら、単に塞ぎ込んでいるというわけではなかったようだ。
それからアオは膝を抱える腕に力を込めると、思い出すかのように呟き始めた。
「……あのときの熊さん。あれは本当に熊だったのでしょうか?熊さんと言ったら、毛むくじゃらで、のしのし歩いて、比較的温厚な動物だったように思うのですが、あの"熊"は、なんというか……ジトッとしていて、ベチャッとしていて、ニュルッとしてました。到底、普通の熊さんのようには思えません」
「……アオしゃん。わっちも、あの気持ち悪い"熊"しゃんのことは見たことがありましゅから、アオしゃんが何を言いたいのかは良く分かりましゅ。でしゅけど、擬音ばかりじゃ何を伝えたいのか、まったく通じないでしゅよ?(少なくとも、アカネちゃんたちには通じていないはずでしゅ)」
"熊"について説明するアオに対し、ダメ出しするシロ。実際、アカネや狼たちは、アオの言葉の意味が分からなかったのか、揃って首をかしげていたようである。
ただ、シロとしても、アオの"熊"に対する印象を否定するつもりはなかったらしい。
「以前、わっちが見た"熊"は、アメしゃんが勝手に熊と言ってるだけで、その辺にいる熊しゃんとは違ったように思いましゅ」
「む?シロも、あれを熊と言うておったではないか?」
「それ以外に表現する言葉が見つからなかっただけでしゅ」
「シロさんは、あの生き物についてどう思いますか?」
「そうでしゅねぇ……熊ではない何か。禍々しい存在。食べられないお肉……そんなところでしゅかねー。わっちにもあれの正体が何なのかは、皆目見当が付きましぇん」
「……シロよ。たとえ空腹に苛まれるようなことになっても、頼むから、あやつの肉を鍋に入れようと思うでないぞ?腹は壊しとうないからの」
「お腹を壊すだけで済めばいいでしゅけど……。なんというか、食べた瞬間、全身から触手が生えてきそうでしゅ」
「うむ……確かに……」
と、シロの言葉に頷くアメ。果たして"熊"の肉を口にしただけで、"熊"と同じような化け物になってしまうのかは定かでなかったが……。本来、獣である彼女たちが、"熊"の肉を食べたくないと思ったのは、本能的な忌避感を感じ取ったからなのかもしれない。
なにしろ"熊"の正体は、狼の主が変化したという前例があるように、長い時を生きた獣。元はアメたちと同じような存在だったのだから。
これ、いつになったら海を渡れるんだろ……。




