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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
85/96

1.10.9 気に入らなくて、代わりに戦って

 鹿からの提案。それは――


「囮になって熊を誘導する、か……」


――森の中を素早く移動することが得意という鹿の特徴を活用して、アメたちにとって優位な場所に熊を誘導する、というものだった。


 ただ、アメとしては、あまり気に入らなかったようである。たとえ鹿たちによって地の利を得られるよう、"熊"を誘導してもらったとしても、真っ向から戦ったのでは、"熊"に勝てるとは思えなかったからだ。


 最低でも罠は必要。あるいは罠の代わりになるような決め手が欲しい……。単に囮になって"熊"を誘導するという鹿からの提案は、アメの要望には及ばなかった。なにしろ囮になって"熊"を翻弄するなど、アメたちにも容易に出来ることだったのだから。

 

 そしてもうひとつ、彼女には気に入らないことがあった。


「ということは、熊と直接やりあうのはワシらだけ、というわけじゃな?共に戦ってはくれんと。狐をなんじゃと思っておる……」


「何を言ってるんだい?牙も爪もない私たちが熊と戦えるわけがないじゃないか。それとも体当たりでもしに行くかい?それじゃ自ら、食っとくれー、と食われに行くようなもんだよ」


「それを言うなら狐とて、そう大差は無いじゃろ……。じゃが、鹿には角がある。それを使こうて戦えばよいではないか?」


「私に角が生えてるように見えるのかい?角があるのは男たちだけさ。だけとあいつらときたら、まったく……。熊が近くにいると知ったとたん、震え上がっちまってねぇ。そそくさとどこか遠くに逃げて行っちまったんだよ。本当に恥ずかしいったらありゃしない。お前さんも、そう思わないかい?」

 

「恥ずかしいと言われてものう……鹿のことはよう分からん」


「そうかいそうかい。狐にゃ難しいかねぇ……」


「(狐じゃなくても分からんと思うがのう……)」


 と、アメが内心で毒づいていると――


「んま」げふっ


――ナツが鹿からの授乳を終えたらしく、満足げにげっぷをした。


「終わったかの?」


「んま」


「ふむ。ではナツよ。これからワシは熊を狩らねばならん。その間、お主はアオと一緒に待っておれ」


「まー?」


 と、言いながら(?)、首だけで後ろを振り向くナツ。すると、鹿の向こう側に、今まで透明だったアオが、ブゥン、と姿を見せる。

 

 のだが……。


「任せてくだs」


「なっ?!」


どごぉっ!


「ふべっ?!」


 現れた場所が悪かったために、アオは驚いた鹿の後ろ蹴りを受けてしまう。そこにナツが追い討ちをかけた。


「…………」


「ナ、ナツちゃn」


「……いーやっ!」ぷいっ


「がーん!」がびーん


 そして地面に沈むアオ。どうやら彼女的には、鹿による物理的なダメージよりも、ナツから飛んできた言葉によって受けた精神的ダメージの方が大きかったようだ。


「……お主、鹿に蹴られても平気なのかの?すごく痛そうに見えたんじゃが……」


「まぁ、心の痛みに比べれば、どうってことは……」


「いーやっ!」ぷいっ


「ふぐっ!……ナ、ナツちゃんの成長には目を見張るものがあって、すごくほほえましいのですが……それが私に対する拒絶の態度で分かるというのは、どうなのかな、と思うわけですよ」

 

「……アオよ。お主、いったい誰に向かって話しておる?」


「いえ。独り言なので気になさらないで下さい。そんなことより……」


 アオは触れられたくない話から逃げるように、話題を切り替えて……。アメが熊に対応している間、自身がナツを預かるという提案について、自分の意見を口にした。


「ナツちゃんが嫌がっている以上、無理にナツちゃんのことを預かるわけにはいきません。……これ以上、嫌われたくありませんし……。そこで提案なのですが……熊さん退治の話、私に任せていただけませんか?」


「ほう……アオが熊退治とな?お主、熊と戦ったことはあるのかの?」


「もちろんありますよ?あの黒くて、毛がフサフサしていて、走ると以外に速い、大きな獣のことですよね?えぇ、何度もあります。最近は母が病弱だったこともあって、住居に近づいてきた熊は、私が狩っていたんです。村で売ると良いお金になるんですよね。肝が薬になるとかで」


 と、自身が考える"熊"について説明するアオ。どうやら彼女が考える熊とは、あえて言うほどのことでもないかもしれないが、普通の"熊"のことだったようだ。

 

 だが、アメが考えていた"熊"は、それとはまた別の生き物だった。


「……いや、ワシが最近見かけた熊は、身体中から黒い粘液のようなものが染み出ておって……」


「えっと……何ですか?その気持ち悪い生き物は……」


「まだ続くぞ?それで……足は生えておらんくて、黒い肉の塊のような見た目をしておって……。それでこう鳴くんじゃ。おーん、おーん、と」


「それ熊じゃないです……」

 

 と、アオが感想を口にした時のことだった。


メキメキッ……ズドォォォン!


ヲ゛ォォォン゛!


 森全体に響き渡るような低い咆哮を上げる黒い生き物が、木々をなぎ倒しながら、獣道の先に現れたのだ。


 もしもその姿を人間が見たなら、きっと絶望的したに違いない。見たこともないような異形が、大木の存在を気にも留めず、森の中をまっすぐに移動しているのである。もしも追いかけられるような展開になれば、移動の遅い人間が逃げ切れる見込みなど、ほぼ皆無だろう。


 しかし、ここにいたのは、足の早い鹿と狐。一部に、自分のことを人間であると言い張って聞かない人物もいたが、まぁ、いずれにしても彼女たちは、一様に現状を憂いていなかった。それはアメに抱かれていたナツも例外ではない。

 

「そうそう。熊と言えば、やはりあれじゃろう」

「んまんま」

 

「や、やっぱりあれ、熊じゃないです!少なくても、私が知っている熊とは全然違います!」


 と、アメの言葉を真っ向から否定するアオ。……いや、むしろ、彼女が否定したかったのは、アメの言葉などではなく、目の前に現れた"熊"の方だった、と言うべきかもしれない。


 なにしろ、そこにいた"熊"は、到底まともな生物には見えなかったからだ。ドロドロとした粘液に包まれていて、目や鼻が付いているかも分からず、異臭のする異様な肉塊……。そんな得たいの知れない異形の存在を受け入れられるほど、アオの適応力は高くなかったのだ。


 結果、アオは嫌なものから遠ざかるかのように後ずさるのだが……。そんな彼女に向かって、アメは催促した。

 

「ほれ、行ってくるがよい」


「さ、さっきの無しって……ダメですか?」


「別によいぞ?ただし、お主の活躍は、シロに報告させてもらうがの?」にやり


「働かざる者、食うべからず、というわけですね……」

 

 アオはそう言って、もう一度、"熊"に対して視線を向けた後――


「……分かりました。私に何かあったときは骨は拾ってください。それで穴を開けて紐を通して首飾りにして……ナツちゃんの――」


「いーやっ!」ぷいっ


「……勝ったらナツちゃんのこと、ぎゅーってさせてくださいね?!」


 ナツに拒絶されたせいか、悪い冗談(?)を口のするのはやめて……。アオは熊退治を始めた。



 当初アメは、アオと熊との戦いに介入して、アオのことを回収してから全力で逃げるつもりでいたようである。旅の仲間が目の前で命を落とすというのは寝覚めの悪い出来事だった上、何の準備も無しに善戦できるとは到底思えない相手だったからだ。


 しかし、彼女がアオの戦闘に介入することは無かった。それほどまでにアオは、善戦――いや圧倒していたのだ。


 彼女の戦い方は、ひどく単純だった。武器は使わず、拳だけを頼りにして、ただひたすら熊を殴り付けていたのだ。ただし、正面から戦っていたわけではない。透明になれるという特徴を生かして、常に"熊"にとって死角になる場所から、である。

 

 そして何より……。彼女の一撃一撃は、異常と言えるほどに、とても重かった。

 

ドゴォォォォン!

ズドォォォォン!


「……これ、私たちが協力する必要なんてあるのかね?」


「う、うむ……。まさかアオのやつがこれほどまでとはな……。以前、対峙したときは、ただ冷たい風を繰り出してきておったゆえ、"雪女"という異形かとも思っておったが……あのとき、この調子で襲われておったら、ワシも危なかったやも知れん……」


 アオが一撃を繰り出す度に、上下左右へとブレる"熊"の身体。いったいどれ程の重さがあるのかも分からないその巨体が軽々と宙に浮く様子は、アメたちにとって恐怖を抱かせるに十分なものだった。


 そしてしばらくの後、その場が静かになる。アオの"熊"に対する殴打が止んだのだ。

 

 それからまもなくして――


ブゥン……


――透明になっていたアオがその場に現れる。

 

「あー、久しぶりに運動をしたので腰が痛いです……うーんっ!」バキバキッ


「あれが運動とな?ふむ、なるほど……。一方的に熊を蹂躙することが運動か。そうかそうか……」


「……何か変なこと考えていません?」


「はて?なんのことやら……」


 そういいつつも満足げな笑みを浮かべるアメ。

 

 この時、アメも鹿も、そしてアオ自身も、"熊"が息絶えたと考えていたようである。それもそのはず、"熊"はぐったりとしていて、呼吸すら止めていたからだ。アオの殴打によって息絶えてしまった、と考えてしまっても何ら不思議はないだろう。


 しかし……。その獣は異形。数千年もの長い時を生きているアメですら、理解しがたい不可解な存在なのだ。故に――呼吸を止めた程度で活動が停止したと思い込むことは、早計に過ぎることだった。


ウヲ゛ォォォォン゛!!


 "熊"が再び動き出す。あらんばかりの怒りを乗せて咆哮を上げる。その相手は、自分に危害を加えようとしたアオ。

 

 そのアオは、文字通りの圧倒的な殺意の中で――


「えっと……あれ、"熊"どころか、生き物ですらなさそうですね……」


――顔色一つ変えず、ただ困ったように苦笑していたようである。


……ごめんなさい。

前回の更新から1ヶ月以上経っちゃってました。

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