1.2.3 石を投げられ、騙されて
空中で弧を描いて、落下してくる、いくつもの石ころ。それは、かろうじて、アメたちに当たることはなく、そのまま地面に落ちていったようである。ただし、"今のところは"、という前提条件付きだが。
そんな石ころを投擲したのは、村の子どもたち。彼らは少女(?)に対して憎しみを持っていたわけではなく、面白半分で石を投げつけていたようだ。おそらくは彼らの親が、少女を村八分にしている様子を見て、その姿を真似ているのだろう。
「ここは危ないでしゅので、旅人しゃんは、逃げてくだしゃい!」
「いや……まだワシは、主に聞かねばならぬことが……」
アメにとって、"少女"は、初めてまともに話すことが出来た相手だった。今の機を逃せば、再び人に話しかけられる機会はやってこないかもしれない――。アメの頭の中では、そんな懸念が渦巻いていたようである。何しろ、少女と離ればなれになった場合、アメが次に道を聞かなければならない相手は、石を投げてくる子どもたちか、あるいはその親たちになるはずなのだから……。
「(こやつら……いっそのこと、食ろうてしまおうか?いや、この童が見ておる前で食えば、ワシはこやつに怖がられてしまうやもしれん。そうなれば道を教えてくれぬのではなかろうか……。それに、人を食ろうた口で、ナツに乳を飲ませとうないし……。なれば……ふむ。仕方あるまい……!)」
飛んできた石を、巧みに避けて。そして、ナツを抱えていた腕とは逆の腕で――
「えっ……?」
――少女の手を握るアメ。その際、少女は、その手の感触に、心底驚いたような表情を浮かべていたようだが、アメは一切を無視して、彼女の手を引っ張った。
ただその際、アメの集中が途切れてしまったのか――
ドスッ!
「んぐっ?!」
――彼女は肩に、石ころの一撃を受けてしまう。
それは彼女にとって、久しい痛みだった。ナツに甘噛みされた際に感じる痛みとは異なる、鈍くて重い痛みである。
その結果、彼女は、苦痛に顔を歪めてしまったようだ。歯を食い縛り、口から出そうになっていた声を飲み込み、そして、解けてしまいそうだった変身に集中して……。それでもアメは足を止めること無く、少女とナツを連れて、獣道を進んでいった。
その際、少女(?)がアメを見上げて目を見開いていたのは、苦悶の表情を浮かべる彼女のことが心配だったからか、あるいはそれ以外に何か特別な理由があったからか。
◇
2人がしばらく獣道を進んでいくと、後ろから石を投げてきていた子どもたちの姿は、いつしか消えいなくなっていたようだ。
アメはそれを確認してから、倒木に腰を下ろすと、大きなため息をついて、膝の上にナツを置いた。そして、彼女は、今まで我慢してきた言葉を解き放つように、こんな声を上げる。
「あー、もう……何をしてくれる!あの童ども!肩が腫れてきたではないか!」
すると、その様子を見ていた少女は、アメの横に腰を下ろして、彼女が押さえていた肩に申し訳なさそうな視線を向けると 、こんな謝罪の言葉を口にし始めた。
「ごめんなさいでしゅ……。わっちが不甲斐ないばかりに、旅人しゃんが怪我をしてしまったでしゅ……」
「いや……ケガというほどでは無いがの?所詮は童の戯れ。少しアザができただけじゃ。逆に、お主の方は大丈夫かの?一応、石ころが当たらぬようにと、気を遣って歩いてきたつもりじゃが……」
「わっちは大丈夫でしゅ。いつものことで慣れてましゅから、考えずとも、身体が勝手に動いて避けてくれるでしゅ」
「ふむ。それは幸いじゃ」
実際、大丈夫そうな様子だった少女に、安堵したような視線を向けてから、今度は膝の上にいたナツへと視線を向けるアメ。
するとそこでは、いつの間にか目を覚ましていたナツが、自身の親指をしゃぶっていて……。彼女は、アメが身を呈して守っていたので、ケガは無い様子だった。
すると、そんなアメが見せていた優しげな表情に、何か思うことがあったのか、少女がアメに対し、不意にこんなことを問いかけた。
「その子は――旅人しゃんの赤ちゃんでしゅか?」
それを聞いた途端――
「な……なぜ、そのようなことを聞く?こ、この子はもちろんワシの子じゃ……断じて非常食などでは……ないぞ?」
――と、戸惑い気味に返答するアメ。
それを聞いた少女は、何故かあきれたような表情を浮かべると、彼女に対し、こう言った。……それも、アメが最も恐れていた言葉を。
「……狐しゃんが、人の子を産めるわけがないじゃないでしゅか……」
「きっ……きつ……」
「旅人しゃんは、自分が狐ではない、と言うのでしゅか?さっき、見ましたよ?旅人しゃんの顔が、半分、狐しゃんに戻っている姿を……」
「…………」ぷるぷる
少女に自身の正体を見破られて、小刻みに震え始めるアメ。その際、彼女が、今にも泣きそうな表情をしていたのは、変身を絶対に見破られない、という自信があったからか。
それから彼女は、大きなため息を吐くと、ナツを倒木の上にそっと置いて立ち上がった。そして、彼女は、元の大きな狐の姿に戻ってから、少女のことを睨みつけ、そしてこう口にしたのである。
「ワシの正体を知ってしまった以上、主をこのまま野放しにはできぬ……!食われる覚悟をいたすか、南へと向かう道のりを教えるが良い!」
すると、それを見た少女も、なぜか大きな溜め息を吐くと……。アメと同じように倒木から立ち上がって――
「――狐風情が、わっちに楯突くとは、片腹痛いでしゅ!」
――そんなことを口にしたのである。
その後で少女に起こった現象を見て、アメは思わず目を疑ってしまった。そして、狐であるはずの彼女は、こう思ったようだ。
「んな……なんということじゃ。ワシは……鳥にも騙されておったというのか?!」
アメの目の前で、少女が姿を変えたのだ。そう。アメが人間だと思っていた少女は、人間ではなかったのである。
白い身体、黒い尾、丹い頭、そして大きな翼……。この時代でも、そして未来の時代でも、熊と狼を除けば、この地方における食物連鎖のヒエラルキーの頂点(?)に君臨する存在――鶴。それが、少女(?)の正体だった。
そうそう。1つ言ってない事がありました。
この物語に登場する舞台は、基本的に空想上の場所です。特に、漁村が臭いとか、失礼極まりないですから。
ただ、お魚さんの解体工場があるような地域などでは、狐じゃなくて人間でも、鼻が曲がっちゃうようなところが実際にあったりします。
昔、私も1度だけ、そんな場所に行った事があるけど……人って、余りに酷い臭いを嗅ぐと、頭痛とめまい、それに吐き気を催すんですよ?
鼻が曲がる前にね?
あと、鶴はヒエラルキーの頂点か、という話については、半分冗談です。
もう半分については――ネットで検索してみれば分かると思います。
……すごく強いですよ?鶴さん……。