1.9.6 虐げて、虐げられて
皆がすやすやと眠っている頃。
1人だけ――いや1匹だけ、不遇な扱いを受けていた狼の頭は、手と足と口を縛られた状態で、次々と沸き上がってくる疑問に苛まれていた。
どうして自分は虐げられているのか。
どうして縛られなくてはならないのか。
どうしてこの女性からは、温もりがまったく感じられないのか。
どうして、どうして、どうして――。
そんな疑問の浮き沈みは、そのまま感情のうねりとなって、まるでポンプのように黒い感情を吸い上げ、そのまま彼の心を暗く染めていく。
彼は、ただの狼ではなかった。人に化けて社会に溶け込み、いくつもの集落を築き上げるほどに、長い時を生きてきた"化け狼"である。
だからこそ――長い時を生きてきた彼だからこそ、今の現状は受け入れ難いものだった。これまで自分のことをコケにした者など誰一人としていなかったというのに、どうしていま自分は弄ばれているのか……。どんなに考えても、彼には、その原因すら思い付かなかった。
しかし、それも無理のないことだと言えるだろう。何しろアメたちは、通りすがりの旅人。唐突にやって来る通り雨のようなものなのである。そこに狼たちを敵視する明確な理由などなく……。偶然狼たちに襲われそうだったので、それをはねのけたついでに、屋敷を占領して、そこ居合わせた狼を枕にしただけに過ぎなかったのだ。言ってしまえば、単なる弱肉強食である。
まさに理不尽。ゆえに理解することなど無意味。どうしようもなく無慈悲な自然の摂理である。
しかし、弱肉を知らずに長い時を生きてきた強食にとって、現状はそう簡単に受け入れられるものではなく……。彼はただただ「何故」という自問自答を繰り返し続けた。
そして、その繰り返しによって黒く染まり上がった彼の心は、ある瞬間に限界を迎えることになる。いや、臨界、と表現すべきかもしれない。
「……Ug……UGggggga!」
心だけに留まらず、その身もまた黒く染まり始めたのだ。
怒りと憎しみが、彼の身体を作り替えていく。そこには狼だった頃の原型は残っておらず……。その変わり果てた姿は、見る者が見れば、きっとこう表現したに違いない。――熊だ、と。
それは正真正銘の化け物。破壊と死をもたらす力の権化。姿かたちは違っても、かつてアメとシロが対峙した"熊"と似たような存在だった。
そんな化け物が突然屋敷の中に現れたなら、どうなるのか……。敢えて言うまでもなく、大混乱になるはずである。
しかし、どういうわけか。そこに殺気を撒き散らす化け物がいるというのに、気配に敏感なはずのアメたちが目を覚ますことはなかった。皆、安らかに眠り続け、アカネ狐などは寝言まで呟いていたようだ。
それを見た"熊"は、好機だと判断する。……間抜けな獲物たちが、自分の存在に気づかず、そのまま愚かにも眠っている、と。
そして彼は、その怒りを、獲物たちに向かってぶつけようとした。受けた辱しめを全身全霊で返し、挽肉以下の塵に変えることが、今の自分の存在理由だと言わんばかりに……。
しかし、実際のところ、それは彼の大きな勘違いだった。なにしろ、その存在に気づいていなかったのは――
「……おやすみ」
――獲物を前にしたはずの彼自身だったのだから。
◇
次の日の朝。同じ部屋で眠った者たちの内、最初に目を覚ましたのは――
「んにゅ……ふぁぁぁぁ~~っ」
――シロと一緒の布団で寝ていたアカネ狐だった。誰よりも早く眠ったので、その分早く目覚めたらしい。
彼女は、一旦布団から這い出ると、ぎゅーっと背伸びをしてから、小さくプルプルと身震いして、すぐさま姉が眠る布団へと戻ろうとした。徐々に近づいてきていた冬の気配が身体をすり抜けていったようである。
そして、布団に潜り込む直前。彼女はふと視界の片隅が気になって、そちらを振り向いた。未だ薄暗い部屋の中。そこで彼女の目に飛び込んできたのは――
「んにゅ?この白いの……何?」
――何か得たいの知れない真っ白な物体だった。それも、アオが抱き付いた状態の……。
短いですけど、上げておきます。
そして、明日こそは、アップロードできない……はず。




