1.9.5 隠れて侵入して、目を隠して
そして日が暮れて、夜になって……。
シュタッ!
人に化けた狼たちが住まう村の中を、4本足の影が暗躍していた。
影の数は2つ。そのうち1つは子狐の形をしていて、もう1つはなんとも形容しがたい異様な姿をしていた。背中に何か鏡餅のようなものを担いでいる大狐、そんな様子である。
まぁ、実際のところ、それは大きな狐で、背中に担いでいたのは鏡餅などではなく――
「んまんま」がぶぅ
――得も言われぬ猛獣だったようだが。
そんな2つ――いや3つの影は、村人に見つからないよう足音を隠しながら、村の中央にある館へと向かっていた。ただし、館と言っても、西洋的な建物ではない。周囲を塀に囲まれた大きな平屋の建物で、北国の冬に耐えるために、風雪が入らないよう隙間のない頑丈な作りをしている、そんな建物である。
そして影たちはそこへとたどり着くと、高い塀を軽々と乗り越え――られず、仕方なく地面に穴を掘って塀を下から潜り抜け、敷地の中へと侵入した。
それから人や狼の気配を縫い、安全を確認しながら建物の中へと入って、そろりそろりと廊下を進んでいくと、知った匂いが漂ってくる襖を見つけたらしく……。大きな影はそれを躊躇することなく――
バタンッ!
――と勢いよく開けた。
するとそこには――
「……いらっしゃいませ、お客様。ご宿泊のご予定は、1泊でよろしいでしゅか?お一人様あたりドジョウしゃん5000匹になりましゅ」
――など訳の分からないことを口にしながら、細い足で大きな狼の頭を踏みつけている鶴の姿が……。
それを見て大きな影――アメ狐が、あきれた様子で問いかけた。
「……すまぬ。取り込み中かの?」
と言いながら、ボフン!と人の姿に変身して、後ろからついてきていたアカネ狐の目を両手で塞ぐアメ。どうやら彼女は、その光景を、子どもに見せるべきものではないと判断したようである。まぁ、実際には、公序良俗に反するものなど、何一つ無かったのだが。
「大丈夫でしゅよ?たった今、全部終わったところでしゅから」
「そりゃ見れば分かる……」
そう口にするアメの視線の先では、大きな狼が何故かピクピクと痙攣していて……。壮絶な何かがあったことを物語っていた。
「お主、何をしたんじゃ?」
「いえいえ、大したことはしていましぇんよ?ちょっと食べ物にクセのある野草を混ぜて、それを食べさせて朦朧としたところを、鶴拳法(?)でボッコボコにしたくらいでしゅ」
「それだけやれば"大したこと"じゃろ……」
そういいながら深く溜め息を吐くアメ。
そして彼女が、アカネの目を隠していた手を退けると――
「…………!シロお姉ちゃん!」
――アカネはまっしぐらに、シロ鶴の下へと駆け寄っていった。
◇
「アカネちゃんが来たら、宿の芝居を打とうと思っていたんでしゅけど……芝居を打つ前に眠ってしまったみたいでしゅね」
抱きついてきたアカネ狐のことを、人の姿になって抱き上げて……。そして撫でているうちに、アカネ狐は、シロの膝の上で眠ってしまっていた。
「ずっとお主のことを探しておったぞ?姉はどこに行った、とな?」
「そうでしゅか……。それはかわいそうなことをしてしまったでしゅ」
「状況が状況じゃったゆえ、致し方あるまい」
「許してくれましゅかね……」
そう言って、アカネ狐の背中をゆっくりと撫でるシロ。その際、シロの表情が少しだけ優れなかったのは、何か心配していたことでもあったからか。
それを察してか、アメは話題を変えて、こんな問いかけを口にした。
「ところで、アオはどこじゃ?来ておるんじゃろ?あやつも」
「アオしゃんは――」
と、シロが口にしようとしたところで――
ブゥン……
「今帰りました。あっ、アメさん!いらしてたんですね?」
――アオ本人が現れた。それも何もない空間に何の前触れもなく突然に。
「……お主、今、どこから沸いて出た?」
「どこからって……そこからですよ?何か変なことでもありましたか?」
「…………いや、なんでもない(ワシの認識がおかしいだけじゃろうか?)」
そう言いながらシロへと視線を抜けるアメ。そこではシロも目を見開いていて……。どうやらアメの思い過ごし、というわけではなかったようである。
そんな2人の反応に気づいていないのか、アオが報告を始めた。
「とりあえず、屋敷の中と周辺は制圧しておきました。明日の朝までは安全に夜を越せるかと思います。……いえ、誰も殺してはいませんよ?」
「お疲れさまでした、アオしゃん」
「いえ、私は、普段お食事を用意していただいて、与えられているだけの身です。こんなことでもない限り、恩を返すことはできないですから、気にしないでください」
「ふむ。では、今夜はここで一晩を明かすかの」
「そうでしゅね……ふふ……ふふふふふふ……!」かたかた
「……さてナツよ。今日も一緒に、ワシとねんねしようぞ?」
「…………」にたぁ
「うぅ……先を越されたでしゅ……」
まるで、およよ、と言わんばかりの様子で、袖を使い涙を拭う仕草を見せるシロ。とはいえ、彼女の膝の上には、小さな妹がいたので……。アメの温もりがなくても、一晩くらいならどうにか我慢できそうな様子だった。
ただ……。そこには、一人だけ温もりに飢えていた人物がいたようだ。姉妹も子供もいないアオである。とはいえ彼女も、今日1日だけに限って、安らかな睡眠を確保することに成功したようである。具体的には――部屋の中に転がっていた狼型のあたたかい枕(?)を使うことによって……。
こうしてアメたちは、無事に再会を果たしたのであった。
明日の投稿はさすがに難しいと思います。




