1.9.4 誤解を解いて、提案を断って
「……アカネよ。良いか?そこを動くでないぞ?」
「う、うん!」
茂みの向こう側から現れたのは3匹の狼たち。その姿を見た途端、アメ狐は、自分の身体を盾にして、アカネ狐を庇おうとした。
そして、アメが――
「……人里に住まう獣たちよ。そなたらまさか――このワシに牙を向けるというのではあるまいな?」ゴゴゴゴゴ
――と、全身の毛を逆立てて、何やら行動を起こそうとした、そんな時である。
「ま、待っとくれ!あ、あたいらは、旦那様に楯突こうなどとは思ってないよ!」
「旦那様はあたいらの新しい主様さ!」
「あたいらを信じとくれ!シロ様の旦那様!」
狼たちが突然喋り始めた。
それを聞いて、アカネが声を上げる。
「しゃ、しゃべった?!」
「……そりゃそうじゃ。ワシら狐が喋っておるんじゃから、狼たちが喋れん道理は無いからのう」
「んにゅ……」
「じゃがまぁ、確かに、ワシにも納得できんことがある。……シロの旦那とは何じゃ!シロの旦那とは!ワシは女じゃぞ?!」
「「「……じゃぁ、奥様?」」」
「いや、そういうことを言っておるのではない……」
と言って警戒を解きながら、深く溜め息を吐くアメ狐。
それから彼女は近くにあった倒木のところまで移動すると、ボフン!という音と共に、人の姿に変身して、そこに腰を掛けた。
そして狼たちに対し、ジト目を向けながら、こう質問する。
「して、お主ら。ワシに何か用か?今、あの村を襲う算段を立てておったゆえ忙しいんじゃが?」
そう言って、ニヤリと人の悪そうな笑みを見せるアメ。
それに対し、狼たちはというと――
「「「あ、そうですか」」」
――自分たちの村が襲われるかもしれないというのに、特に気にした様子は無かったようだ。
「そうですかって……あの村には主らの主や仲間たちが住んでおるのではないのか?」
アメのその問いかけに、狼たちはどこか残念そうな様子で返答する。
「あたいらは一度、シロ様やアメの旦那様方に尻尾を振っちまったんだ。今さら尻尾を巻いて帰って受け入れてくれるような群れは、どこにも無いんだよ」
「帰ったら帰ったで、負け犬はいらんと主さまに叱責されて、群れから放り出されるだけに決まってるのさ。噛み殺されたって不思議じゃないね」
「もともとあたいらは流浪の身。今の群れにゃぁ拾ってくれたご恩はあるけど、扱いがぞんざいだったからね……。ここで決別しても後悔は無いさ」
「「…………」」こくこく
「ふむ……。それは難儀じゃったのう……じゃのうて、ワシは女じゃ!旦那ではないと言うておるに……(こやつら、目が腐っておるのか?)」
と、同情しているのか、怒っているのか、器用に表情を変えるアメ。
するとそんな彼女の膝の上に――
「アメ様……?」とっ
――とアカネ狐が飛び乗った。どうやら彼女は、未だ狼たちのことを警戒し続けていて、口論をしている様子を前に、心配になってきたようである。
すると、その直後。それを見た狼たちが、何やら訳のわからないことを口にし始めた。
「まさかその子は……!」
「シロ様との間に授かった子ども?!」
「かわいい……」
「いや、ちょっと待て狼たちよ。我が子というのは……まぁ、認めても良いが――」ぼそっ
「にゅ?」ぴくっ
「――シロとの間にできた子どもというのは解せん!それともあれか?そういう意味不明な思慮をするのが、巷では流行っておるのか?」
「それは……」ぽっ
「もう……」ぽっ
「ねぇ?」ぽっ
「「「はい」」」
「……ダメじゃこやつら。というか、ダメなのは狼全般か?」
そう言って、大きな溜め息を吐くアメ。その際、アカネがじーっとアメの顔を見上げていたのは、彼女の言葉に何か気になることでもあったからか。
しかしアメは、その視線に反応せず、代わりにアカネの頭を優しく撫でると……。狼たちに対し、こう問いかけた。
「で、お主ら。ワシらに何の用じゃ。まさか冗談を言うためだけにやって来たのではあるまいな?」
「アメのだん……アメ様は、村にいるシロ様に用事があるんだろ?」
「あたいらが囮になるから、その隙に会いに行くと良いさ」
「頑張るんだよ?応援してっからね?」
その言葉を聞いて――
「……相分かった。その気持ちは素直に受け取らせて貰おうぞ。じゃがの?お主らが危険を冒してまで囮になる必要は無い。シロとアオの奴が村の中におることが分かれば、それで十分じゃ。日が暮れたら、闇夜に紛れて、村に入り込めば良いだけの話じゃからのう」
――と答えて、意味深げな笑みを浮かべるアメ。その際、彼女は、伝承に聞く"化け狐"の笑い声を真似しようと考えたようだが……。性に合わないことに気づいたらしく、ただ静かに口許をつり上げるだけに留めたようだ。
コッコッコッ……。
……鶏さんかなぁ?




