1.9.2 隠れて、覗いて
「シロお姉ちゃんたち、どこまで飛んでったのかな?」
「そうじゃのう……。シロたちがワシらを置いて、先に海を渡るとは思えん。恐らくは、この先の道沿いか、あるいは次の集落辺りで待っておるのではなかろうかの?」
「そうだといいね。……お姉ちゃんたちに会ったら、美味しいご飯、いっぱい作ってもらおっ!」
「んまんま」
街道沿いにできた小さな獣道。そこを2匹の狐と1人の赤子は、風向きと周囲の変化に気を配りながら進んでいた。狼たちがどこでアメたちを探しているとも限らなかったので、不用意に街道を歩いていくのは避けることにしたのだ。
そんな中、アカネが何かに気づいたらしく、前を歩いていたアメに対して、こんな疑問を投げかける。
「……んにゅ?ねぇ、アメ様?もしも……もしもだけど、この先にある町が、狼さんたちに襲われてたらどうするの?それでもシロお姉ちゃんたち……ぼくたちのこと、待っててくれるかな?」
それを聞いて――
「……ふむ。村が狼たちに教われておった場合か……」
――と考え込むアメ狐。どうやら彼女も、その展開は考えていなかったようである。
彼女がどうするかを悩んでいると、再びアカネがなにやら思い付く。
「あ、そうだ!美味しそうなご飯の匂いを辿っていけば、シロお姉ちゃんたちがどこにいるのか分かるかもしれないよ?」
「んまっ?」
「匂い、か……。シロの奴がワシらの鼻の良さに気づいて、飯を作ってくれれば良いんじゃがのう……」
そう口にするものの、シロたちがそこまで考え付くとは思えなかったのか、残念そうに尻尾を下げるアメ狐。
するとそんな時。
「「……ん?」」くんくん
「んま?」
2匹+1人のところへと、タイミング良く、何かの匂いが漂ってくる。
そしてそれは、丁度話題に上がっていった――
「ご飯の匂い!」きゅぴーん
「んまっ」だらぁ
――食欲を誘うような食べ物の匂いだった。まぁ、実際のところ、誘っているのは食欲ではなく、2人の子供たちのことだったようだが。
「まぁ、待て、アカネよ。この匂いがシロの作る飯の匂いとは限らぬぞ?」
「んにゅ?」
「道の先の方から流れてきておるようじゃが……もしやすると、人の家から漂ってきておるのやもしれん」
「にゅ……」しゅん
「シロが作っておる料理の匂いではない、と言い切れんのは確かじゃが、早合点は危険じゃ。お主とて、人間たちに捕まって、毛皮にされとうないじゃろ?」
「……うん。気を付ける……」
そう口にすると、空へと鼻を向け、匂いを嗅いで……。風上にあった木の影に隠れて、その向こう側をそろりと覗き込むアカネ狐。しかし、そこからでは、道の先が見通せなかったのか、彼女はアメの方を振り向くと、残念そうに首を横に振った。
そんな、まるでかくれんぼをするような子狐に向かって、アメはこう助言する。
「匂いが漂ってくる場所までは距離があるようじゃし、見通そうにも草木が邪魔で難しいじゃろ。隠れるのは、もう少し匂いに近づいてからで良いと思うぞ?」
「にゅ?」
「まずはしばらく歩くぞ?シロたちを探すにしても、匂いを辿るにしても、ここにいたのでは埒があかんからのう」
そう言って、背に載せたナツを揺らしながら、再び歩き始めるアメ狐。その後をアカネ狐もピッタリと付いて歩き……。3人は獣道を進んでいった。
◇
そして一行は、狼たちも旅人にも出会うことなく、次の村の手前までやって来くる。美味しそうな食べ物の匂いは、どうやらその村から漂ってきているらしい。
「ふむ……やはり人里じゃったか……」
「シロお姉ちゃんの料理じゃなかったんだね……」しゅん
村の姿を見て、消沈したような反応を見せるアカネ狐。期待が外れてしまったためか、彼女は元気が無くなってしまったようである。
一方、期待外れという点ではアメ狐も同じ心境はずだが、彼女は、アカネとは異なる反応を見せていたようだ。
「あの村からは、飯の匂いの他にも、色々な臭いが漂ってきておるようじゃ。人の臭いもそうじゃが、魚の臭いと、それにこれは……狼の臭いじゃな」
「お、狼……?」
「この村におるのか、村よりも風上におるのか、はたまた村人どもに狩られてしもうたか……」
「か、狩られた?!」
「うむ。毒矢を撃たれて弱っておるところを、腹から斬られて、そこからメリメリと皮を…………いや、喩え話じゃからの?」
「…………」がくがく
アメの話があまりに生々しく、喩え話には聞こえなかったのか、その場で伏せて、耳をたたみ、小さくなるアカネ狐。実際、アメとしては、冗談ではなく、実際に見たことのある光景を口にしていたようだが、アカネがまさかそこまで怖がるとは思わなかったようで、彼女は申し訳なさそうに耳を倒した。
するとそんな折。
2匹の耳に、何かの音が入ってくる。その音――"声"が聞こえてきた方角は村の方。どうやら人間たちが、村の入り口辺りで、何やら会話をしているらしい。
それを察したアメは、アカネに習うかのようにその場にしゃがみこむと、背中の赤子と子狐に対し、こう口にする。
「(気を付けよ。あの村には、先の村と違ごうて、まだ人がおるようじゃ。この距離からでは、向こうにワシらの姿は見えんはずじゃが、不用意に頭を上げてはならぬぞ?)」
「…………」こくこく
「…………zzz」
目の前の子狐と背中で寝ていた赤子の反応を確認してから……。アメは再び村の方へと注意を向けた。村の状況をより細かく知って、立ち寄るべきか、迂回すべきかを決めようと考えていたのだ。もしも村にシロたちがいないのなら、危険を冒してまで立ち寄る必要など微塵もないのだから……。
すると、そんなアメの耳に、こんな村人たちの声が風に乗って聞こえてくる。
「くそっ!あの鶴、どこ探してもいやしねぇ……」
「逃げた親子も見つからねぇし……このままじゃ俺たち、お頭にブッ飛ばされちまう……」
「こりゃもう、旨い飯で頭の機嫌を釣るしかないよな……」
「幸い、丁度いいところに、うまい飯を作ってくれる旅人が2人も通りがかってくれたことだしな」
そんな村人たちの会話を聞いて――
「……ふむ、なるほどのう……どうにも嫌な予感しかせん……」
――と、呟いて、大きな溜め息を吐くアメ狐。
そんな彼女の脳裏では、白っぽい服装と、紺色の服装を身に付けた2人の少女が、狼たちに囲まれながら、大きな鍋をかき回している光景が浮かび上がってきていたようだが……。今のところ、それが正しいかどうかは、定かでない。
眠い……zzz。




