1.8.5 宿を思って、練習を重ねて
彼女たちが歩いていた街道は、人が頻繁に通ることもあって、所々に小さめの町や村が形作られていた。町から町へと渡り歩く商人を初めとした旅人たちは、おそらくいまごろ、そこで宿を探して、夜を明かす準備をしていることだろう。
とはいえ。
アメたちの場合は、1名(?)を除いて人ではないので、人が泊まるような宿は必要なかったようである。結果、彼女たちが夜を明かすことになったのは――
「この辺なら、たぶん人も来ないはずでしゅし、休憩するには良いのではないでしゅかね?」
――といったように、いつも通り、人里離れた森の中だったようだ。ただ、普段とは異なり、街道から大きく離れた場所ではなかった。どうやら彼女たちは、野営のために街道から離れる手間と、戻ってくる手間を考えて、あえて街道近くで夜を明かすことに決めたようである。
そんな中で……。アメには、なにやら納得できないことがあったようだ。
「のう、シロよ?せっかく人が作った道を歩いておったんじゃから、人のように屋根のある場所の下で、一晩を明かしても良かったのではなかろうかのう?」
どうやらアメは、自分たちが森の中で眠らなければならないことに疑問を感じていたらしい。
そんな彼女の質問に対し、シロが逆に問いかける。
「……ではアメしゃん。お聞きしましゅけど、宿ってどうやって泊まるか知ってましゅか?」
「宿にどうやって泊まるか?ただ入っていくのではダメなのかの?」
「……その様子でしゅと、宿に泊まるのにお金が必要とか、どんな作法があるのかとか、アメしゃん知らないのではないでしゅか?」
「だ、だったら、たくさん家があるんじゃから、軒下をちょいと借りるのは……どうじゃ?」
「そういう旅人しゃんをわっちは見たことないでしゅよ?あるいは、たとえ軒下を貸してくれる親切な家主しゃんがいたとしても、ご飯をどうするのかという問題が残りましゅ。人は火を操る生き物であると当時に、火を怖がる生き物でもあるんでしゅ。多分、どこの誰とも知らないわっちたちには、火を使わせてくれないのではないでしゅかね?」
「ふむ……飯が食えぬというのは、いささか辛いかもしれん……。なら、アオはどうじゃ?宿とやらに泊まったことはあるかの?」
というアメの問いかけに対し――
「正直……宿の必要性が私には理解できませんが……」
――と、そもそもな前置きを口にするをアオ。どうやら彼女には、宿や家といったものは必要ないようである。
ただ、宿に泊まった経験がない、というわけではなかったようだ。
「ずっと昔のことですけれど、母と共に、一度だけ、宿に泊まったことがあります。もう、うっすらとしか覚えていませんが――」
「…………?」
「――でもやはり、わざわざ代金を払ってまで、泊まる必要は無かったように思います。外で眠るのとの違いは、天井とお布団があるか無いかだけでしたからね……」
そういって、アカネとナツに目を向けるアオ。その視線の先にいた2人には、それぞれ、種族の異なる姉と保護者がいて……。彼女たちは普段から、モフモフとした寝床(?)に包まれて眠っていた。そんな2人の寝床の位置は、たとえ宿に泊まったとしても、大きくは変わらないはずで……。それ考えたアオとしては、やはり宿に泊まる必要性は感じられなかったようである。
「ふむ……さよか……」
「アメしゃん、宿に泊まりたいんでしゅか?」
「興味は……ある。人がどのような生活を送っておるのか、少しだけじゃがな?」
そういって、抱いていたナツの位置を調整するアメ。
その様子を見たシロが、何を思ったのかは分からないが……。彼女は少し考え込んだ後で、こんなことを言い始めた。
「……そうでしゅね。不用意に宿に泊まるというのはあまりおしゅしゅめしないでしゅけど、練習してからなら、泊まっても良いかもしれないでしゅね」
「「「練習?」」」
「んま?」
「そうでしゅ、練習でしゅ。さぁ、目を瞑ってくだしゃい。……ここは宿屋。そして店主は……アオしゃん?店主役、お願いできましゅか?宿のことを知ってるのって、アオしゃんだけでしゅから」
「店主役ですか……。うまくできるかどうかは分かりませんが、頑張ってみます!」
アオはそう言うと……。何年前になるかも分からない記憶を呼び覚ましながら、宿屋の店主の真似を始めた。
「おっほん……。……はっ?!こんりゃまた、えらいめんこい娘さんたちだこと!宿はタダにしとくよ!」
「ちょっと、アオしゃん?それだと宿屋に泊まる練習にならないでしゅ。ちゃんとお金を取るでしゅ」
「そうは言いますが、私が泊まったときは、物々交換こそありましたが、お金と言われる類いのものを要求されることはありませんでしたよ?それに、もしも取られたとしても、一般的に宿屋がどのくらいの金額なのかも分からないので、要求のしようがありません。シロさんはどのくらいの金額なのか、ご存じなのですか?」
「そこは……まぁ、適当なことを言っておけば良いんでしゅ!100両、とか」
「「「ひゃくりょう?」」」
「…………」にたぁ
「ひゃ、100両というのはでしゅね、ここから南の地方へと行くとよく使われているお金のことでしゅ。あ、でしゅけど、どの程度の価値なのかは聞かないほしいでしゅ。わっちも"両"というお金があること以外よく知らないので、説明できないでしゅから」
「……分かりました。では改めて。……こんりゃぁまた、えらいめんこい娘さんたちだこと!宿代は負けて100両でどうだい?」
「……なんというか、自分から100両という言葉を言い出したんでしゅけど……違和感しか感じないでしゅね……」
いったい何をどう負ければ、1泊100両などという、とてつもない金額になるというのか……。"両"の価値が分からなくとも、その違和感に頭を抱えてしまうシロ。
それからも彼女たちは、宿の金額を調整したり、宿で出されるサービスについて議論したり、あるいは作法(?)などを共有したりと、宿に泊まるための練習を重ねるのだが……。それが功を奏するかは不明である。
遅くても、1週間に1話くらいのペースで書いていきたいなぁ……。




