1.8.1 目が覚めて、朝食を作って
――彼女は鶴。
白き雲と黒き大地の狭間で宙を舞う気高き獣の類い。
その細身に秘められし力は鳥のそれにあらず。
されど力に気づかぬ彼女は、ただただ眠れる猛獣がごとし。
そして、朝が来た。
「どうじゃ?もう臭く――」
「えっ?!に、匂いを嗅いでも良いんでしゅか?!朝から堂々とアメしゃんの匂いが嗅げるだなんて……ふふ……ふふふふふふ……!」カタカタ
「いや、待てシロよ。ナツに嗅いでもらうゆえ、お主は近づかんで良い」
「んま?」べちゃぁ
「……はぁ……せっかく、風呂に入ったんじゃがのう……」
ナツを暖めながら寝ていたアメ狐が、丸まっていた身体を広げてみると、そこにいたナツの口から伸びた怪しげな粘液が、自身の尻尾と橋を架けている様子に気づいて……。彼女はその瞬間から、自分たちの臭いのことなど、どうでも良くなってしまったようである。
そんな彼女たちがいたのは、温泉があった湖の畔。……というより、まったく移動していなかったので、温泉のすぐそばである。
そこは辺り一帯の地面がほんのりと温かく、深まる秋の気配から逃れて眠るのに適した場所だった。そのせいもあってか、多少湿った身体で寝ていても、彼女たちが寒さを感じることはなかったようだ。
「……まぁ、よい。まずは飯じゃ。シロよ?朝飯はまだかの?」
「立ち直りが早いでしゅね?」
「尻尾くらい、ちょいとそこの風呂に浸けて洗えば、一瞬できれいになるからのう」
「そうでしゅか……。でも、お腹の毛は良いんでしゅか?」
「んま?」べちゃぁ
「……出発する前に、また風呂に入ろうかのう……」
そう言いつつ、自身の腹部の毛に顔を埋めながらそこをよだれまみれにしていたナツの額を、まるで仕返しするかのように、ベロン、と舐めるアメ狐。そのあとでナツの行動がエスカレートしていったのは、何かテンションが上がることでもあったためか……。
そんな2人の近くには、見た目が人にしか見えないアオもいて、アメ狐とナツのやり取りを、微笑ましげに眺めていたようである。……ただし、何故か身震いしながら。
「うらやましい……」ぷるぷる
「……ほれナツよ?アオがお主のことを抱っこしたさそうに、こちらを見ておるぞ?」
「…………」ぴくっ
「ナ、ナツちゃん?こっちに……」
「いーやっ!」
「ぐふっ!……な、なんというか……子供の成長というものは、とても愛らしいくて、見ているだけで幸せになれるのですが……最初に覚えた言葉が"嫌"っていうのは……ホントどうかなって……思うんですよね……」げっそり
「ん?何を言っておる?ナツは前から良くしゃべっておるではないか?のう?ナツよ?」
「んまんま」
「ほらの?」
「それ、言葉だったんですね……」
と、実は"んま"が言葉だったことを知って、何とも表現しがたい難しい表情を浮かべるアオ。なお、この時代の一般的な認識でも、"んま"は、言葉の内には入らないことを念のため断っておく。
一方で。
ナツと同い年(?)ながら、日本語をペラペラと喋ることが出来たアカネ狐は、というと――
「ふぁ~……」もぞもぞ
「おはようございましゅ、アカネちゃん。起きたんでしゅね?」
――そう口にするシロ鶴の羽の中で眠っていたらしく……。大きな欠伸をしながら、姿形の異なる姉の下から顔を見せた。
「んと……おはよう?」
「良く眠れましたか?」
「んとねー……うん!」
「それは良かったでしゅ。じゃぁ、しゅぐにご飯の準備をするでしゅから、少し待っていてくだしゃい。立ちましゅね?」のそっ
「ぼくも手伝うよー?」
「んー、じゃぁ……お言葉に甘えましゅかねー?」
「うん!」
というやり取りをしてから、ボフンッ、という音を立てて……。獣耳と尻尾が残る中途半端な少女の姿に化けるアカネ。なおシロは、元の鶴の姿で料理をすることに誇りを持っている(?)のか、そのままの姿で、朝食の準備を始めたようだ。
そんな1匹と1羽のやり取りを眺めながら、ナツのことを涎まみれの尻尾であやしつつ……。それと同時に、いつ入浴を済ませようか、とアメ狐が悩んでいると――
「アメさん?これからの道のりについて、お聞きしたいのですが……」
――と、アオが問いかけてくる。
「この先って、あの"うみ"とかいう大きな水溜まりが横たわってるせいで、南には進めない、って前に聞いたと思うのですが、どうやって越えるつもりなのですか?泳いで渡るというのは、難しいんですよね?」
「そうじゃのう……。ワシ1人ならまだしも、ナツを背負いながらでは、難しいじゃろうのう。シロに空を運んでいってもらえれば、何も言うことはないんじゃが、あやつ、喧嘩だけは強いんじゃが、元が鳥じゃから非力じゃし……」
そんなアメ狐の言葉に、料理を作っていたシロ鶴が反応する。
「ちょっとアメしゃん?喧嘩が強いってどういうことでしゅか?わっちは非力な、か弱いただの鶴しゃんでしゅよ?」
「は?」
「えっ?」
「にゅ?」
「んま?」
「み、みんな揃って、なんでしゅか?その反応は……」
一切の迷い無く、自身の言葉に首をかしげる仲間たちを前に、口を尖らせて(?)文句を言いたげな様子のシロ鶴。
そんな彼女に対し、アメ狐が代表して、こう指摘する。
「まぁ、確かに、シロ自身が魚以外を襲っておるところは、ワシも今まで見たことはない。じゃがの?ワシがこれまで見てきた鶴たちは、皆、例外なく強かったぞ?小さな事から順に言っていけば……例えばネズミたち。木のウロに隠れておる彼奴らを、穴からほじくり出して食ろうておったのを見たことがある」
「そりゃぁ、小さいでしゅし……場合によっては食べることもありましゅね?」
「他にも、狐を捕まえて補食しておった奴も見たことがあるぞ?」ちらっ
「?!」びくぅ
「いや、わっちはそんなことしましぇんよ。まぁ、鶴によっては、するかもしれないでしゅけど……」
「鷹や鷲を空から落として、食ろうておる者もおったのう」
「他に食べるものがなければ……まぁ、考えるかもしれましぇんね……」
「あと、熊も……」
「いや、それはないでしゅ。もう……適当なこと言わないでくだしゃい!誰が何と言おうと、わっちは見た目通り、か弱い鶴しゃんなんでしゅから!」
そう言って、不機嫌そうにブンブンと首を振り回しながら、調理へと戻っていくシロ鶴。そんな彼女が黒曜石の包丁を勢い良く振り下ろして、硬い食材を両断している様子を見る限り、普通の熊相手なら、どうにでもなりそうな雰囲気があったのだが……。しかしそれでも、彼女は"か弱い鶴"らしい。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、アカネが、アメ狐に対し、こう問いかける。
「んと……アメ様?シロお姉ちゃんって……実は怖い鶴さんなの?」ぷるぷる
「そうじゃのう……。お主が悪いことばかりしておれば……あるいは食べられてしまうやもしれんのう?」にやり
「?!」びくぅ
そして全身の毛を逆立てながら、急いでシロの手伝いへと戻る、少女の姿をしたアカネ。
その姿に向かって、アメ狐はどこか満足そうな表情を浮かべながら、同時に優しげな視線を送っていたようだが……。その隣にいたアオが、両手を地面について、項垂れながら小刻みに震えていた理由は――まぁ、不明である。
たまにはシロちゃんがメインのお話を書いてみようと思いましゅ……はっ?!




