1.7.6 誉めて、隠して
「ふぅ……満腹じゃ。やはり鳥の肉はうまいのう?」
「んまんま」がぶぅ
「何じゃ?ナツよ。お主、あれだけシロの肉を食ろうたというのに、まだ食べたりぬというのか?」
「いやいや、アメしゃん?あれ、わっちのお肉じゃなくて、小鳥しゃんのお肉でしゅからね?まぁ、"わっちが作った料理"という意味で言ったんだとは思いましゅけど……。あと、ナツちゃんが頻繁に噛んでくるようになったのは、歯がいずい(違和感がある)からだと思いましゅよ?多分、ナツちゃん、そろそろ歯が生えてくるころだと思いましゅし……」
と言いつつ、最近頻繁にアメの腕を甘噛するようになったナツのことを思い返すシロ鶴。そんな彼女も、ナツには良く噛まれており、歯形に近い痕をつけられていたようだ。……主に、その長い首に。
その痕が気になって仕方なかったのか、シロが傷跡を様子を確認しようと、クネクネと首を曲げていると――
「ところでシロよ?」
――シロの行動について何か分らないことがあったらしく、アメが不思議そうな様子で問いかけた。
「はい?なんでしゅか?」
「どうしてお主は、いつも飯を食うとき、鶴の姿の戻る?それでは箸や食器が持ちにくいではないか」
「そうでしゅか?長く生きているせいか、今では人の姿でも、鶴の姿でも、不自由は感じないでしゅね……ほら、箸も普通に持てましゅよ?」ひょいひょいっ
「器用じゃのう……」
と、アメが、シロの箸捌きに感嘆していると、今度はアカネとアオが、それぞれこう言った。
「シロお姉ちゃん、包丁の使い方も上手だよねー?」
「しかも、お料理も美味しいって……正直、嫉妬しちゃいます」
そんな旅の仲間たちから飛んできた誉め言葉を聞いたシロは――
「そ、そんな、みんなして……わっちのことを持ち上げても何も出ないでしゅよ?……ふふ……ふふふふふふ……」かたかたかた
――嬉しさが隠せなかったのか、いつも通りの怪しげな笑みを浮かべ始めたようである。
「……この怪しげな笑みさえなければ、本当に文句のつけようは無いんじゃがのう……」
「そっかなー?僕はこのままでも良いと思うよ?」
「……私も真似したら、ナツちゃんと仲良くなれるかな……ふふっ……」げっそり
「んま」ぷいっ
「はいはい。みなしゃん?この笑いかたは、鶴特有のもので、どうにもならないでしゅから、諦めてくだしゃい」
「「「「…………」」」」
「……なんでしゅか?みんな揃って、その納得できなさそうな表情は……」
「のう、シロよ。あまりこういうことは言いとうないんじゃが……ワシはお主以外に笑うておる鶴を見たことはないぞ?」
「んと……僕も?」
「っていうか、普通、鶴って笑うんですか?」
「…………」にたぁ
「そ、そりゃもちろん、笑うでしゅ!おかしいことがあったら、笑うに決まってるでしゅ!そんな、笑わない鶴なんているわけが……」
そして考え込むシロ。そんな彼女の記憶の中にあった、他の鶴たちは皆――
「……やっぱり、笑っていたでしゅ。こう、かたかたかた、って……」
――そんなシロの言葉通り、揃いも揃って笑っていたようである。それも皆、身体を小刻みに揺らしながら……。
「もう……そんなことは良いんでしゅ!これは、わっちたち鶴の特徴なんでしゅから、放っておいてくだしゃい!それよりも何よりも、お風呂でしゅ!さぁ、皆しゃん。日頃の汗を流そうではないでしゅか!」
そういって、鶴の姿のまま、少々不機嫌な様子で、巨大な湯船へと近づいていくシロ。
そんな彼女の姿を見たアメが、こんな質問を投げ掛ける。
「のう、シロよ?ワシはよう知らぬが、風呂はどの姿で入れば良い?元の姿が良いのか、それとも人の姿が良いのか……」
「どちらの姿で入っても、キレイにはなりましゅが、作法に乗っ取るなら、人の姿一択でしゅ。風呂に入るという習性を持っているのは、人か、おサルしゃんくらいのものでしゅから」
「「「……?おサル?」」」
「えっと……この辺には住んでいない生き物でしゅ。この先で見かけたら紹介するでしゅよ?」
そう言って――
ボフンッ!
――と人の姿に化けるシロ。
それから彼女は、「しゅるしゅるしゅるー」と言いながら帯をほどいて服を脱ぎ、それを近くの岩の上にのせると……。その様子を後ろから眺めていた同行者たちに向かって、こう口にする。
「良いでしゅか?皆しゃん。お風呂には、いきなりじゃぶじゃぶと入ってはいけましぇん。ここにも作法があるでしゅ」
そういって、シロが手に取ったのは、木でできた桶。彼女はそれを使い、お湯をすくいとると、お湯の温度を確かめた後で頭から――
ザバァーーッ
――と被った。
「他に入る人たちのことも考えて、お湯に入る前に、身体をきれいにしなくてはならないでしゅよ?さて……これ、何だか分かりましゅか?」がさごそ
「……灰?」
「そういえばシロさん、ことあるごとに灰を集めていましたね?」
「灰が風呂にどう関係するんじゃ?」
「これを……水分で湿らせた身体に、塗ったくるでしゅ!ちなみにこの灰は、木を燃やしたときに出る灰ではなくて、お肉を燃やしたあとに残る灰でしゅよ?木を燃やして作られた灰よりも、お肌がきれいになるでしゅ!」べちゃっ
そういって、袋の中にあった灰を手で掴み、それを躊躇なく身体に塗っていくシロ。その様子を見ていた仲間たちが、どんな表情を浮かべていたかについては、まぁ、言わずとも明らかだろう。
「「「真っ黒……」」」
「それで身体全体に引き伸ばしたら、今度はお湯で濯ぎましゅ!あ、痒いところがあったら、擦ってよく洗ってくだしゃいね?」
ザバァーッ……
ザバァーッ……
ザバァーッ……
「はい、これで終わりでしゅ。全部灰が落ちたら、今度こそお風呂に入って良いでしゅよ?」
そういって、大きな浴槽へと入っていくシロ。その後ろ姿は、人の形をしていながら、どこか優雅で……。まるで鶴のような雰囲気を漂わせていたようである。
ちゃぷん……
しかし、そんな彼女は――
「えっ?!ちょっ?!」
ザパーーンッ!!
しーーーん……
――浴槽に足を踏み入れておよそ3歩目で、突然姿を消してしまったようである。それも浴槽の中へと……。
◇
「なんで……なんであんなにお風呂が深いんでしゅか?!」ぜぇはぁ
「それは……あれじゃろ。ここに風呂を作ろうとして暴れた熊が、さっさと穴を堀り終えたくて、力一杯地面を吹き飛ばしたせいじゃ。うむ!」
「……そうでしゅか。つまり世の中には、狐の姿をしたものぐさな熊しゃんがいるということでしゅね?」
「……さぁの?」
「はぁ……」
風呂で溺れて、アメたちに救助され、九死に一生を得たシロ。そんな彼女はこの瞬間、確信していたようである。すなわち――風呂を掘ったのはアメで、そして彼女の招待は狐などではなく、熊であると……。
「もういいでしゅ。夜も更けてきたことでしゅし、さっさと皆で入りましゅよ?……ほら、アカネちゃん?わっちが洗ってあげましゅから、逃げないでこっちに来てくだしゃい?」
「お風呂……怖い……!」がくがく
「大丈夫でしゅ。縁の方は浅いでしゅから、奥まで行かなければ安全でしゅ。それにわっちもついているでしゅから安心してくだしゃい」
「……本当?」
「もちろんでしゅ。だってわっちは、アカネちゃんのお姉しゃんなんでしゅから」
そう言って、アカネのことを手招きするシロ。
対してアカネの方は、最初のうち、その誘いを受け入れられない様子だが……。結局、風呂がどのようなものなのかという好奇心に負けたのか、自身も服を脱ぎ、シロにされるがまま、身体に灰を塗られ始めたようである。
そしてその後に、アメとナツが続くことになるのだが……。この瞬間、もう一人の旅人の心境にも、大きな変化が訪れようとしていたようだ。
このままずっと、ほのぼの系のお話で行くのも悪くないんですけど……どうしよっかなぁー。
一応、"ガーディアン"系列のお話なので、ほのぼのだけじゃなくて、殺伐としたお話も書きたいと思うんですけど、敵を作るというのが、これまたすごく大変なんですよねー。
んー…………zzz。




