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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
53/96

1.7.3 大きな水溜まりを見て、寒くて震えて

 オレンジ色の夕日が、遠くの山の稜線へと沈みゆく景色。アメたちはその様子を、これまた別の山の稜線に立って眺めていた。

 ……いや、正確に言うなら、彼女たちが見ていたのは、数千年の間に何度も見てきた夕日の光景ではない。吹き抜ける秋の風が冷たかったその場で彼女たちが見ていたのは――

 

「……水溜まりじゃ!しかも、あっちにもこっちにもある……!」


――とハイテンションな様子のアメが言うように、どこにでもあるような水溜まり、というわけでもなく――


「もう、アメしゃんたら……。どこからどう見ても水溜まりっていう規模じゃないでしゅよ?あっちに見えるのは海で、そしてこっちにあるのは湖でしゅ!」


――というシロの指摘の通り、大きな海と大きな湖の姿だった。

 その内、彼女たちが目指していた温泉は、湖の畔にあったのだが……。しかし、そこにいたおよそ2名の者たちにとっては、湖のことも、そして風呂のことも、眼中に無かったようである。


「すっごくおっきい水溜まり……"うみ"っていうの?」

「音には聞いたことがありましたが、この目で見るのは初めてです……すごく大きい……」


 山の上から一望できた、どこまでも平坦な赤と青の境界線。今日まで山や森しか見たことがなかった2人にとって、その光景は、到底、信じがたいものだったようである。

 

 すると、そんな旅の同行者たちの見て、空を飛んで旅をすることを生業(?)としてきたシロは、少し飽きれ気味に、そしてどこか自慢げに、こう口にする。

 

「海と水溜まりとを比べてはいけないでしゅよ?なにしろ、あの海は、終わりが見えないくらい大きいんでしゅから!」


「ふーん……。じゃぁ、大体、どのくらい大きいの?シロお姉ちゃん?」

「私も知りたいですね……」


「えっと……その……わっちにも良くわかんないくらい大きいでしゅ!多分、この湖の100倍くらいでしゅ!」きりっ


 と、期待するような視線を向けてくる2人に対して、うまく説明できる言葉が見つからなかったのか、適当な言葉で茶を濁すシロ。対して、その適当な説明を聞いた2人が、それでも眼の輝きを失わせなかったのは、それほどまでに海の景色に心を奪われていたためか。……まぁ、"100倍"の意味が理解できなくて、頭が混乱していた可能性も否定はできないが。


「と、とにかくでしゅ。今日は海ではなくて、あっちの湖の方に降りていきましゅよ?アメしゃんたちをお風呂に入れて、人間っぽくさせるのが、ここに来た目的でしゅからねー」


 と、シロが口にすると――

 

「む?!ちょっと待て、シロよ。ワシらを人間っぽくするじゃと?!聞き捨てならぬ!」

「んまっ!」


――と、抗議の声を上げるアメとナツ。どうやら2人とも、シロのその言葉は、寝耳に水だったようである。


「……アメしゃん。臭いのせいで狐であることがバレて、人に騙されても良いんでしゅか?アメしゃんは騙されてもいい狐しゃんなんでしゅか?!」


「ぐ、ぐぬっ……」


「あと、ナツちゃんも身だしなみを整えないと、狐しゃんに間違われてしまいましゅよ?ナツちゃんはもっと、人としての誇りを持つべきでしゅ!」


「ん、んまぁ……」


 と、無茶苦茶なことを言うシロを前に、納得し難そうな反応を見せる母子2人。それでも彼女たちが反論しなかったのは、目の前にいる人物の正体が鶴なのにも関わらず、しかし、どこからどう見ても人間にしか見えなかったためか。


 一方で。

 もう一人の狐の方は、というと――

 

「あ!すっかり忘れてた!お風呂お風呂~♪」


――人間臭くなる気満々だったようである。

 なお、残る一人の未確認生物の方は、依然として――


「お風呂ォ……」コォォォ


――世界にある風呂という風呂を呪っていたようだ。



 それから、5人が山を降りきる頃には、すっかりと日も暮れていて……。辺り一面に広がっていた森の中には、漆黒の暗闇が漂っていた。それに伴い、気温も下がりつつあったのだが、幸い山のてっぺんを流れていた強い風は、5人が麓の森に着く頃までには完全に止んでおり、それほど寒さは感じられない穏やかな天候になっていたようである。

 そしてもうひとつ、寒さが和らいでいた理由があるとすれば――

 

「これが……お風呂なの……?」


――そんなアカネの言葉通り、彼女たちの目の前に、温かそうな湯気を漂わせた"水溜まり"があったせいかもしれない。まぁ、一部には、その場に何があるのか、まったく見えていなかった者もいたようだが。


「……アメしゃん、暗くて何も見えないでしゅ……」


「ほう、左様か……」


「…………」


「…………」


「……いや、あの、明かりが欲しいんでしゅけど……?」


「む?あぁ……お主は鳥目じゃったの」


 そう言うと、シロの頭の上に、熱の無い炎を作り出すアメ。

 その際、その様子を見ていたアカネが――


「うわー……」きらきら


――と口にして眼を輝かせていたのは、何も、アメの作り出す炎に見とれていたことだけが理由ではなそうである。なにしろ彼女はこれまでにも何度か、アメのその炎を見てきたのだから……。


「む?どうしたのじゃ?お主。ワシの炎を珍しそうに見ておるようじゃが……昨日も一昨日も見ておらんかったかの?」


「えっと……」


 アメの問いかけると、なぜかしどろもどろな反応を見せるアカネ。それは、何か話し難いことがある、といったような雰囲気で……。そのあとアカネは、結局、言いたいことが言えず、悲しそうな表情を浮かべて俯いてしまったようである。

 すると、その様子を見ていたシロが、アカネの肩に手を置きながら、事情を飲み込めていなさそうなアメに対し、こんなこと口にした。


「アメしゃん?アカネちゃんは、アメしゃんと仲良くなりたいんでしゅよ?そうでしゅよねー?アカネちゃん?」


「えっと……うん……」


「……というわけでしゅ」


「……シロよ。いま、急に適当にならなかったかの?」


「いえ、気のせいでしゅ。というか……仲良くしゅるのは、アメしゃんとアカネちゃんであって、わっちは応援することしかできないでしゅからねー。ほら、アカネちゃん?覚悟を決めて、アメしゃんの胸に飛び込むでしゅ!例えば、こんな感じで!」がばっ

 

「…………」にたぁ


「うぅっ?!ナ、ナツちゃん……」びくぅ


 アカネに手本を見せようとしてアメに抱きつこうとしたところ、先客が(?)浮かべていたあどけない笑み(?)を見て、思わず立ち止まって、そのまま後ずさるシロ。その際、アメがニヤリと笑みを浮かべながら、いとおしげにナツの頬に自身の頬をくっつけたのは、用心棒(?)に対する褒美のようなもの、だったのかもしれない……。


 一方、アカネも、その様子を見ていたためか、アメに近づくのを止めて、彼女から距離を取ろうとするのだが――


グイッ……


――予期しない力がアカネの背中から伝わってきたらしく……。彼女はそのまま――


ぽふっ……

 

「……えっ?」


――とアメの懐に飛び込むかたちになった。

 そんな彼女に対し、アカネを()()()()()本人であるアメは、しくじった、と言わんばかりの表情を浮かべつつも、アカネのことを優しく抱き寄せたまま、おもむろにこんなことを口にする。


「おっといかん。ワシとしたことが、あまりの寒さに、童を引き寄せてしまったようじゃ」


「…………?」


「なーに、細かいことは気にするでない。()()と感じたのなら、いつだってワシが、温もりを分けてやろうぞ?ただし、少しだけじゃがの?」


「えっと…………うん……」


 それだけ言って眼を瞑り、そしてアメの胸に顔を(うず)めるアカネ。その際、彼女が小さく震えていたのは、本当に寒かったから、なのかもしれない。

 

 ……なお、その際、2人のやり取りを見ていたアオが、「煩悩退散、煩悩退散……」などブツブツ言っていたようだが、どの辺がどう煩悩なのかは、まったくもって不明である。



正直思うんですよね……。

最後のアオさんの(くだり)はいらないかなぁ、って。

まぁ、無かったことにして読んでもらればいいかと思います。


……え?シロさんとアオさんが、優しげに2人を眺めていた、って書けばいいって?

えっとー、多分それは無理です。

だって、アオさんですもん。


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