1.7.1 気になったことがあって、見たことはなくて
彼女は狐。人をもどく獣の類い。その変化は完璧なれど、鶴の鼻までは誤魔化せず。故に彼女は、鶴に誘わるるまま、人にもどかんと湯に浸かりけり。
それは、一行がアカネと出会った2日後の夜ことだった。
「……アメしゃん。かなり言い難いことがあるんでしゅけど……言って良いでしゅか?」
「……なら、言わんでよい」
「じゃぁ、言いましゅけど、アメしゃんとナツちゃん……しゅっごく、獣臭いでしゅ」すんすん「はぁ……」
この日も1ヶ所に身を寄せて、森の中で眠ろうとしていたアメたち5人(匹?)。そんな中でシロ鶴は、今日もアメ狐にくっついて、その温もりを感じながら眠ろうとしていた訳だが……。彼女は以前からアメたちの獣臭さに気づいていて、しかし敢えて何も言ってこなかったにも関わらず、今日はどういうわけか、その臭いを指摘することにしたようである。どうやら、何かしらの事情があるらしい。
対してアメは、自身の毛皮の中で眠るナツの頭の上に顎を載せながら、さも自分の臭いが当然であるかのように、こう返答した。
「ワシらが獣臭いじゃと?そりゃそうじゃろ。ワシは人ではのうて狐じゃからのう。それにナツは、ワシの所有物じゃから当然じゃ」
すると、それを聞いたシロは、どこか呆れたような雰囲気を纏いながら、こんな反論を口にする。
「まったく……良いでしゅか?アメしゃん。あまりに臭すぎると、人に正体がバレてしまうでしゅよ?……こやつ、獣の臭いがしゅる、って……」
「ふ、ふむ……。今まで人とあまり接して来んかったゆえ、よう分からぬが……そういうものなのかのう……」くんくん
「わっちはアメしゃんの臭いが大好きなので全然構いましぇんけど、人間も同じとは限らないでしゅ。……というわけで、アメしゃん。お風呂に入るでしゅ!」きゅぴーん
……いったい何を光源にしたのかは不明だが、暗闇の中で目を輝かせながらそう口にするシロ鶴。
すると今度は、その言葉を聞いていたアオとアカネ狐が反応した。
「お、お風呂……」げっそり
「……おふろ?」
「んー、その感じ……アオしゃんはお風呂嫌いで、そしてアカネちゃんはそもそもお風呂がどんなものなのか知らない、って反応でしゅね?」
「そ、そんなこと……」
「はいはい、分かってましゅよ?アオしゃん。身体から臭いがしないからといって、今までお風呂を避けてきたでしゅね?」
「…………」こくり
「……素直なのは嫌いじゃないでしゅ。でしゅけど、臭いがしないからといって、お風呂に入らなければ、身体についた埃や土までは取れないでしゅから、やっぱり入った方が良いと思いましゅよ?それに、もしかすると……ナツちゃんがアオしゃんのことを避けてるのは、身体に付いた埃のせいかもしれないでしゅし……」
「えっ……じゃ、じゃぁ、なつかれない原因は、包容力じゃ……ない?」
「……アオしゃん?原因は一つとは限りましぇんよ?でしゅから、今のアオしゃんの言葉を正しく言うなら――原因は包容力だけじゃない、と言うべきでしゅねー」
「あああああ……!」がくがく
シロの言葉を聞いて何を思ったのか、ただでさえ白い顔色をさらに白くして、小刻みに震え始めるアオ。それから彼女は、自身の寝袋の中で、なにやら、オフロオフロと、呪詛のようなものを唱え始めたようである。何か風呂に関係することで、過去に恨めしいことでもあったのだろうか。
一方、シロは、その場にいた子ギツネに対して頭を向け直すと、彼女の疑問を晴らすべく、風呂がなんたるかについて説明を始めた。
「それで、アカネちゃんは、お風呂がどんなものか分からないんでしゅよね?」
「えと……うん」
「そうでしゅか……。じゃぁ、簡単に説明するとでしゅね……お風呂というのは、温かいお水に、どぼーん、と入ることでしゅ」
「温かいお水に……ドボン?」
「そうでしゅ。どぼーんでしゅ。でも本当は、静かに入るのが作法らしいでしゅから、人が見てるところでは、ゆっくりと静かに入らないとダメでしゅよ?」
「ふーん……。ねぇ、シロお姉ちゃん?」
「なんでしゅか?」
「それって……冷たいお水じゃダメなの?冷たいお水なら、僕もたまに川で入ってるよ?」
「それが違うんでしゅよー。温かいお水だからこそ、お風呂なんでしゅ。……この先の道をもう少し進めば、大きな湖があって、そのほとりで地面からお湯が染み出してる場所があるでしゅから、そこでお風呂に入るでしゅ。まぁ、百聞は一見にしかずでしゅ。実際に入ってみたら、お風呂がどんなものなのか、よく分かると思いましゅよ?」
「ふーん。じゃぁ、楽しみにしてる」
と、どこか嬉しそうな様子で、そう口にするアカネ狐。
それから彼女は、シロの翼に、顔と身体を寄せて目を閉じ、そしてそのまま夢の世界へと旅立つかのように見えていたのだが……。不意に思い出したことがあったらしく、再び顔を上げると、こんな質問をシロに投げ掛けた。
「……じゃぁ、シロお姉ちゃん。お湯が沸いてるお鍋の中に入るのも……お風呂なの?」
そう言って、無邪気な様子で、小さな頭を傾げるアカネ狐。
対するシロ鶴は、首を振ってそれを否定し、入浴に適した温度と、調理の温度の違いについて説明するのだが……。彼女がその返答を口にするまでの短い時間、皆(主にシロ)が、何とも表現しがたい微妙そうな雰囲気を漂わせていた理由は、不明である。
昔は鶴鍋という料理がよく食べられていたそうです。
そのせいで鶴さんが絶滅しそうになったのだとか……。
味は……何て言ってたかなぁ……。
なんか、特徴のある味だった、ってユキちゃんが言ってたような気がします。
もちろん、私は食べたことないですよ?
追記:
唄を書き忘れていたので前書きに追加したんですけど、最後にある『りけり』の使い方が間違ってる気しかしないです……。
何て言えば良いんだろ……。




