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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
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1.1.5 尻尾を齧られ、別れを告げて

「んまんま」がぶぅ

 

「……これ、ナツよ。ワシの尻尾を噛むでない……」


 赤子と出会って3ヶ月あまり。アメは赤子に"ナツ"という名前をつけて呼んでいた。"非常食"と呼んでも良かったようだが、人という生き物は名前を大切にすることを思い出したらしく、ちゃんとした名前を付けることにしたらしい。

 ちなみに、ナツという名前は、赤子と出会ったのが夏だったから、という理由から付けたようである。ただ、赤子が生まれたのは、さらにその半年ほど前のはずなので、"ナツ"という名前は、赤子の名を表すものとして、矛盾したものだったりする。


「……まったく。今は毛換わりの時期ゆえ、今のワシの尻尾を齧ったりしたら、お主の顔の周りが、毛むくじゃらになってしまうじゃろ……」


「きゃっきゃ!きゃっきゃ!」


「あー、もう……さっそく口の中に毛が入っておる……」


 そう言いながら、ナツの顔を舐め回すアメ。

 それから、彼女は自身の口の中に溜まってきた毛を吐き出しながら、洞穴の外へと目を向けると、不意にこんなことを言い始めた。


「……この地の冬は厳しい。もしかすると、毛の無い主には、耐えられぬかもしれぬ……」


「んまんま」がぶぅ


「どうしたものかのう……。この地を離れて、もっと暖かい場所へ向かうべきか……。人の噂によると、南に向かえば、冬でも暖かいと聞く。それを信じて南下するというのも、悪くないのではなかろうか……」


 そう言ってから、再びナツの顔を舐めるアメ。

 ただそれは、彼女の顔に付着した毛を取るわけでも、そして非常食の味を確認するわけでもなく、それ以外に理由があってのことだったようだ。それにどんな理由があるのかは、アメ本人にしか分からないが、数ヶ月前までの彼女なら、決してやらなかったはずの行為だったようである。


「ふむ。悩んでおる時間はないか……。なれば、明日からこの地を離れるゆえ、主も覚悟を決めるのじゃぞ?」


「んま!」がぶぅ


「…………」


 歯が生え始めているのか、頻繁に何かを噛もうとしていた様子のナツ。そんな彼女にとって、毛の生え換わり時期だったために、まるでゴボウのような見た目になっていたアメの尻尾は、噛むのにちょうど良いガムのような存在だったようだ。


「……ワシの尻尾を弄ぶとは、良い度胸をしておる!ナツよ!覚悟するが良い!」


「きゃーっ、きゃきゃ!」


 満面の笑みを浮かべるナツのお腹の下に、自身の鼻先を入れると、彼女の身体を持ち上げようとするアメ。

 すると、ナツは、そのままアメの首によじ登って、彼女の大きな背中に跨がり、そしてしっかりとそこにしがみついた。この数ヶ月の間に、アメがナツに教え込んだ、移動の体勢である。


「お主のような童は、こうしてくれよう!」


 そう言うとアメは、洞穴の外へと飛び出した。

 そして、森の木々の隙間を抜け、大きなシダ植物の下をくぐり、小川を飛び越え……。まるで風のように、森の中を駆けていく。

 ナツはその背中にしがみつきながらも、ご機嫌そうな声を上げていたようだ。アメの背中に跨がり、森を駆けることが、彼女にとっては嬉しくて仕方がなかったのだろう。


 そんな彼女たちがやって来たのは、遠くまで景色が一望できる丘の上。緑色の笹の葉がどこまでも続き、所々に黒い森が見えて、その中央に大きな湖が見える――そんな場所だった。ようするにアメは、ナツを連れて、(あるじ)の元へと戻ってきたのだ。


 ただ、数が月前と比べると、湖の様子は随分と変わっていたようである。湖自体が白濁していて、その中央付近からは、猛烈な勢いで白い煙が立ち上がり……。そして、そこに、見慣れない新しい小さな島を作っていた。

 その他、ナツの村を焼き付くしたとおぼしき湖畔の火口からも、煙と炎が今なお上がっていて……。その光景は、アメが知っている"主"の姿と、大きく異なっていたようだ。


 しかしそれでも、アメは、その姿を"主"として捉えていた。なにしろ彼女が、ここにやって来た目的は――


「……"主"よ。暫しの間、出掛けてこようと思うのじゃ」


――"主"に別れを告げることだったのだから。


「この非常食……ナツを、肥やして食うためには、どうやら暖かいところに行かねばならなそうでのう。そんなわけで、明日から、この地より離れることになりそうじゃ。……ワシがおらんくなっても、悲しむでないぞ?ワシは悲しくなんか無いのじゃのう?」


 そう言うと、自身の背中に乗っていたナツを、その場に下ろすアメ。

 

 それから彼女は、その"2本の足"で立ち上がると、その透き通るような"白い腕"でナツのことを再び抱き上げ……。そして彼女のことを腕の中であやしながら、"主"に対してこう言ったのである。それも、今にも決壊しそうな"表情"を浮かべながら。

 

「また会おうぞ――母君」


 短くそう口にすると、まるで自身の顔を隠すようにして、母なる大地に背を向け、そして反対方向へと歩き出すアメ狐。

 

 ……いや、彼女は狐ではない。ましてや、人でもない。

 狐にもなれず人にもなれない、悠久の時を生きる獣なのだから……。

 

 そして、翌日の朝。アメたちはこの地を去っていったのである。



少し補足すると、アメちゃんは変身ができて、狐の姿と、人の姿に変わることができます。

それ以外の姿になれるかは……私にも分からないですねー。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 5/89 ・読み始めました。こんな楽しい話をスルーしていたなんて… ・擬音語にワルツクオリティを感じる。 [気になる点] 後書きで存在感を放つげっそり狐さん。 [一言] 〇ののけ姫の雰…
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