1.6.7 食べたら騙されて、騙されながら食べて
「朝食、出来たでしゅよー?」
「はいどうぞ?」
「ほれ、遠慮せずに食べるが良い。毒など入っておらぬからのう」ボフンッ
「んまんま」
アメ狐が鞄から出したお椀を、シロが受け取り、彼女がそこに朝食の雑煮をよそって、そしてアオがそれを子ギツネの前に置いた後。子ギツネは、湯気の立ち上るお椀の中を、不思議そうに覗き混んだまま、どういうわけか、朝食には手を付けずに、そのまま固まってしまった。
食事を摂るために人の姿に変化したアメは、そんな子ギツネの様子に気づいて、食事を促した訳だが……。それがきっかけで、子ギツネの注意は、湯気を上げる朝食から、今度は変身したアメへと向けられることになったようだ。
「…………!」びくぅ
「……ん?何じゃ?今さら驚くようなことでもなかろう?昨日、お主は、ワシのこの姿を見たはずじゃからのう」
「…………」じぃーっ
「……まぁ良い。シロの作った飯は、冷めても美味いが、温かい内に食ろうというのが礼儀じゃ。お主も遠慮せず食うが良い」
アメはそう口にすると、早速、シロが用意した朝食に手をつけ始めた。最初の一口目は、自分のために。そして、次の二口目は、未だ歯の無いナツへと与えるために……。
「んまんま……げふっ」
「……これ、ナツよ?急いで食うでないぞ?喉に食べ物を詰まらせてしもうたら、大事じゃからのう。まぁ、ワシがしっかりと噛み砕いておるゆえ、大丈夫じゃとは思うがの?」
「んまんま」
「ん?次がほしいじゃと?なら、今準備するゆえ、しばし待つがよい。たーんと食べて、はよう大きくなるのじゃぞ?」
「んまー」
ナツとそんなやり取りを交わしてからは、自分の分を二の次にして、ナツへと食事を与え始めるアメ。その様子は、どこからどう見ても、子に食事を与える母の姿にしか見えなかったが、しかしアメにとってのナツは、依然として非常食。
その矛盾にシロもアオも気づいていたものの……。彼女たちは、何も言わずに、ただ小さく微笑みながら、2人のことを見守っていたようだ。
一方。
子ギツネの方は、というと――
「…………」じーっ
――っと、依然として食事も摂らずに、彼女もアメとナツのやり取りを眺めていた。変わったものを見たと思ったのか、それとも2人に憧れのようなものを抱いていたのか……。そのどちらなのか、あるいはそれ以外に何か理由があったのかは定かでないが、子ギツネにとっては2人のやり取りが、何か特別なもののように感じられていたようである。
そんな折。
その様子を眺めながら食事を摂っていたアオは、一旦箸を置くと……。子ギツネに向かって、こんな質問を口にする。
「ところで狐さん。あなたのお名前は?」
そう言いながら、努めて優しげな笑みを見せるアオ。
それに対し子ギツネは、すぐには返答せず、地面に目を伏せると……。何故か悲しげに、自身の名を口にした。
「……アカネ」
「そうですか。アカネちゃん、ですか。良い名前ですね?実は私、アカネちゃんの名前とは真逆の色で、アオって言う名前なんですよ?それで、この人――じゃなくて、この鶴さんはシロさん。そして、こっちの方は、アメさんとナツちゃんです。……さて、アカネちゃん?アカネちゃんのお母さんは、今、どこにいるんでしょう?」
アカネと名乗った子ギツネは、まだかなり幼そうな容姿だった。例えるなら、子供好きなアオが、思わず抱き上げて、頬擦りをしまいそうになるほどに……。アオは、そんなアカネのことを考えて、この近くに彼女の親ギツネが住んでいる巣穴があると考えたようである。
一方。アカネは、アオの質問を受けた後で、何故か再び俯いてしまった。その様子は、何か言いにくいことがある、といった雰囲気を放っていたのだが……。
それからしばらく経って、心の整理がついたのか、彼女はゆっくりと顔を上げると、何度かアメへと視線を向けながら、アオの質問に答え始めた。
「某の……ううん。ぼくのお母さんは、もういないよ?えっと……アオおばちゃん?」
「お、おばっ……おばっ?!」がくがく
「うん?」
「すぅ……はぁ…………いえ、なんでもありません。それで、おば……じゃなくて、お母さんがいないというのは、どういう意味ですか?」
「えっとね……」
そう口にして、しかし、それっきり話さなくなってしまったアカネ狐。
その反応を見たアオとシロも、事情を察したのか、アカネ狐と同じように、俯いてしまった。例えるなら――余計なことを聞いてしまった、と後悔するかのように。
とはいえ、その場にいた全員が俯いていた、というわけではなかった。アメ(とナツ)だけは、普段と変わらずに食事を進めていたのである。なお、もちろんのことだが、アカネ狐たちの話を聞いていなかった、というわけではない。
「ふむ……。つまり、お主の母は死んでしもうたんじゃな?まぁ、仕方なかろう。それが生きるということじゃ」もぐもぐ
そう言って、腕に抱いたナツをあやしながら、自身の口に食事を運ぶアメ。それから彼女は、自身のお椀の中身を完全に平らげると、それをシロへと向けて、そしてこう言った。
「……他者の命を食ろう。なんと美味たることか……。一口、二口と食ろう度に、ワシの腹は膨れて、満足感に包まれる。じゃが、その反面、食われる側には永久の死が訪れる……。1食ごとに最低でも1つの命を。贅沢をすれば、もっと多くの命を食ろうことになるのじゃ。……美味いぞう?シロの飯は。さっきまで生きておった命が、たーんと入っておるからのう。ほれ、シロよ?はよう、おかわりを注いではくれぬか?」
そう言って、子ギツネを横目に見ながら、シロに対しておかわりを要求するアメ。
対してシロは、大きなため息を吐きつつ、アメのお椀を受けとると……。そこに追加の雑煮を注ぎながら、アメに対してこう言った。
「もう、アメしゃんたら……素直じゃないでしゅね?そんな言い方しても、アカネちゃんには難しすぎて伝わらないでしゅよ?」
すると、今度はアオが、子ギツネに向かってこう口にする。
「ごめんなさいね?アカネちゃん。アメさんの言葉、ちょっと怖かったでしょ?でも、悪気がある訳じゃないの。少し気難しいだけだから」
「……主ら?好き勝手言っておらぬか?」じとぉ
「んま?」
「おっとナツよ、すまぬ。朝食が中断しておったのう?お主もはよう大きくなって、美味しくなるのじゃぞ?」
「んまんま」がぶぅ
「……これ、ナツよ。それはワシの腕じゃ。ワシを食ろうてどうする……」
「んまぁ!」
「……赤ちゃんとあんなやり取りをしてる人が、命を食らうとか本気で言ってると思いましゅか?さっきのあの言葉は、アカネちゃんのことを元気付けようとした、言葉っ足らずのアメしゃんなりの励ましでしゅ」
「そ、そんなことは……」
「あ、そうそう。わっちの料理に、今日はお肉、入ってないでしゅよ?アメしゃん、まんまと騙されたみたいでしゅね?入っているのは……畑のお肉でしゅ!」きゅぴーん
「な……なんじゃと?!まさか……」
そう言って、肉だと思い込んでいた雑煮の中の団子を、丁寧に食べ直すアメ。しかし、最後まで、彼女にはそれが肉団子にしか思えず……。アメは団子の味を確かめながら、思わず天を仰いでしまったようだ。
そんな彼女は、ある意味で、失意のどん底にあったらしく、鶴に化かされた、と嘆いていたのだが……。その代わり、というべきか――
「んと……いただきます……」はむっ
――子ギツネがようやく食事を食べ始めたようである。それも、今話題に上がったばかりの豆団子から……。
……週一更新どころか、月一更新も出来なかったです……。
テレサちゃんの口癖、もうダメかもしれない――あの言葉、今ならその意味が良く分かるような気がします。
困ったなぁ……。
どうにか週一で更新できないかなぁ……。




