1.6.4 背中にくっつかれて、赤子を託して
「…………」ぱくぱく
「……この鮭、ずいぶんと馴れ馴れしいのう?」
何か意図があるのか、それとも単なる偶然か……。その場で丸まっていたアメ狐の背中に、そっと身を寄せる1匹の鮭。そんな"彼"が何をしたいのか理解できなかったアメ狐は、ただただ戸惑う他なかったようである。
すると、その様子を見ていたシロとアオが、それぞれに思ったことを口にした。
「これ、アレでしゅね?えっとー……あ、そうそう。鮭の恩返しでしゅ!」
「あ、それ、私も聞いたことがあります。鮭かどうかは覚えていませんが……確か、人に助けられた"何か"が、その恩を返すために、助けた人のところへと、機織りをしにやってくる、っていう話でしたよね?その時に使う機織機をどこからどうやって持ってくるのかは、ちょっと覚えていませんけど、糸は確か……助けた人の髪の毛を抜いて作るんでしたっけ?」
「んー……どうでしたかね?でも、その話が正しいとすれば……この鮭しゃんは、アメしゃんの毛を使って機織りを……ふふ……ふふふふふふ……」カタカタ
「いや、それ、違う意味の"恩返し"じゃろ……」
シロたちに向かってそう言って、そして、鮭を避けるかのように、身体を横にずらそうとするアメ狐。
そんなアメの身体の内側では、未だナツが眠っていたので……。彼女は大きく身体を動かすことができなかったようだが、それでもどうにか、3cm程度、鮭から離れることに成功する。
しかし、どいうわけか――
「…………」ぴたぁ
――と、鮭が、その距離を詰めてきた。
その様子を見ていたシロは確信する。
「……この鮭しゃん、恩返しにきたというより……優しいアメしゃんのことが大好きになって、戻ってきたんだと思うでしゅ……!」きゅぴーん
「何をどう考えたら、そんな結論に達するのじゃ……」
理解不能な発言を口にするシロを前に、アメは頭が重かったらしく……。彼女はそう口にした後で、思わず大きなため息を吐いた。彼女にとって、シロの言葉は、受け入れ難いものだったようだ。
一方で。
そのやり取りを見ていたアオは、というと――
「(この鮭さん……シロさんの言う通り、アメさんのことが好きなのかもしれませんね……)」
――どうやらシロと同意見だったらしく、仲良さげに(?)くっつくアメと鮭に対して、生暖かい視線を向けていたようだ。
ただ、アメ本人がそれを認めようとしていなかったので……。アオは自身の考えを口にせずに、敢えてそれを飲み込むことにしたようである。
そんな2人を前に、どこか疲れた様子で、アメが再び口を開いた。
「さて、どうしたものかのう……。このままで放置しておったら、朝には乾物が出来上がってしまいそうじゃしのう……」
「やっぱりアメしゃん……」
「お優しいですね……」
「……鮭が乾物になって、背中の毛にくっつくのが嫌、というのが、なぜ"優しい"という言葉につながる……」
「はいはい、そうでしゅねー。ちゃんと分かっていましゅよー?でも……本当に、どうしましょうね?この鮭しゃん。川に戻そうとしても、アメしゃんの所に戻ってきてしまいましゅし、かと言って、このまま放置しておくと、わっちの定位置を奪われたままになってしまいましゅし……。なにより、アメしゃんが、お魚しゃん臭くなってしまうのは、わっちとしても受け入れがたいでしゅからねー」
「そうですね……。これはもう、アメさんが直接、鮭さんのことを川に返しに行くしかないのでは?」
「ふむ……。しかしそうなると、誰かにナツを預けねばならくなるが……」
「ナ、ナツちゃんを?!」びくぅ
「喜んで!」きゅぴーん
「zzz……?んま?」
「さて……困ったものじゃのう……」
ナツのことが苦手なシロと、逆に好意的な態度を見せるアオ。そんな二人の反応を前にして、アメは頭を悩ませた。
一見する限りでは、預かることに積極的な態度を見せていたアオに任せるのが適切なようにも思えるのだが――
「……ナツよ?お主、アオと一緒に、ここで留守番をしておるか?」
「……ふえっ……ふえっ……!」
――ナツ自身が、あまりアオのことを得意としていなかったことを知っていたアメとしては、ナツのことを無理矢理にアオへと託したくはなかったようである。
その一方で。
「ならお主。シロと一緒に待っておるか?」
と、アメが問いかけると――
「…………」にたぁ
――ナツは嬉しそうな(?)表情を浮かべたようである。どうやら彼女は、シロと一緒なら、問題ないらしい。
その反応を見たアメは決断する。
「ふむ。では、ナツのことを、シロに預けるゆえ、アオと共に見ておってはくれぬか?」
「うっ……ア、アメしゃんの頼みとあらば仕方ないでしゅ……」げっそり
「私も抱っこしても良いですか?」
「……ナツに齧られても良ければ、の?」
「んまんま」フーッ!
と、アメの言葉に同意しているのか、全身の産毛を逆立てながら、頷くような素振りを見せるナツ。
その反応に対して気づいていないのか……。アオはどこか嬉しそうな表情を、ナツへと向けていたようである。
「というわけじゃ。シロよ。ほれ?」
「……ナツちゃん。よろしくおねがいしゅるd」
「んまんま」がぶぅ
「……わっちのこと噛んでも……出汁は出ないでしゅよ……」ぷるぷる
と、ナツのことを受け取った瞬間、早速、噛みつかれるシロ。しかしそれは序の口にすぎず。それからすぐに、アオもナツへと近づいて……シロの腕の中を舞台にした大規模な戦闘が勃発したとか、していないとか……。
「さて……。ではワシは、こやつを川に帰してくるかのう……」
「は、早く戻ってきてくだしゃい……」げっそり
「ナツちゃん?仲良く待っていましょうねー?」にっこり
「んまんまんまんま!」ゴゴゴゴ
そう口にする仲間たちの前で、アメは人の姿に変身すると……。シロたちがしたように、フキの葉で鮭を包み、滑らないようにして彼のことを持ち上げて……。そして、彼女は、川があると思しき方向へと、足を進めていった。




