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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
44/96

1.6.3 逃がして、逃げられて

ビタンッ!ビタンッ!

 

「……ドジョウしゃん!」きゅぴーん


「いや、どう見ても鮭じゃろ……」


 陸上でのたうつ、細く長く大きな巨体。それはアメ狐の目から見る限り、いわゆる銀鮭だったのだが……。一方、シロの目には、なにか違う物体に見えていたようだ。やはり彼女の鳥目は、闇の中で使い物にならないらしい……。


 対して、旅の新メンバーであるアオの方は、鮭の姿がしっかりと見えていたようだ。

 

「どうしてこんなところに鮭が……」


 当然のことだが、鮭とは、水中を泳ぐ魚である。それが何故、陸に上がっているのか……。アオには理解できなかったようだ。


 その言葉を聞いて、アメ狐が説明する。


「近くの川を上ってきたやつが、勢い余って陸地に上がってしもうたんじゃろ。この季節になると、小川の淵で、ジタバタと暴れておる鮭たちをよう見かけるぞ?ちなみにこやつら、放っておくと、ヒレを足代わりにして、歩いて移動するんじゃが……お主、知らんじゃろ?」


「鮭って……歩くんですか……」


ビタンッ!ビタンッ!


「……見るかぎり、歩くようには見えないですけどね……」


「まだ陸に上がったばかりで、混乱しておるんじゃろう」

 

 アメはそう口にすると、シロに対し視線を戻して……。そして、彼女に対し、こう問いかけた。

  

「さてシロよ。そこに大きな鮭がおるわけじゃが……どうする?」


「どうしゅるって……取って食べる、ってことでしゅか?」


「うむ。鍋に入れて炊けば、美味いのではなかろうか?」


 その提案を聞いたシロ鶴は、しかし、その長い首を横に振ると……。残念そうに、こう答えた。


「んー、それはちょっと、おすすめできないでしゅ。海から川に上がった鮭しゃんは、身が固くなってボソボソとしてるでしゅから、鍋にして食べても、あんまり美味しくないでしゅよ?もしも食べるなら、海で泳いでる鮭しゃんの方が良いでしゅ。そっちの方がプリップリしていて美味しいでしゅからねー。この先しばらく行けば、漁師町があって、そこで美味しい鮭しゃんが手に入ると思いましゅけど……でも、アメしゃんがどうしても、というなら……」


「ふむ……シロがそこまで言うのなら、我慢するかのう……。しかし、そうなると……どうしようかのう?こやつのこと。このままここに放置しておくわけにもいかぬし……」


 と、アメがそう呟くと――


「……さすがアメしゃんでしゅ!」

「えぇ。すごく優しいですね」


――彼女の言葉に感心した様子で、シロとアオが、そんなことを言い始めた。


「優しいって……まだ何も言っておらんじゃろ?」


「はいはい。アメしゃんが素直でないのは、よーく分かってましゅ。鮭しゃんは、わっちたちの方で、川に戻してきましゅから、アメしゃんはここで、ナツちゃんと一緒に待っててくだしゃい。……さぁ、行くでしゅよ?アオしゃん!」ボフンッ


「えぇ。それじゃぁ、ちょっと行ってきますね?」


 それぞれそう口にすると、ビタンビタンと跳ねていた鮭を、フキの葉で包んで捕まえて……。そして、川があるとおぼしき方向へと、進んでいく、人の姿をしたシロとアオ。


 そんな彼女たちの後ろ姿を見送りながら、アメ狐は、ため息混じりに、こんな言葉を口にした。

  

「まったく……。目の前でバタバタと暴れられておったら、騒がしゅうて眠れぬゆえ、どうするか、と聞いたというのに……。なぜそれが、"優しい"という言葉に繋がるのじゃ……」


 アメは一人そう呟くと、今も"術"を解いていなかったために、森の中を明るく照らしながら歩いていたシロたちの方へと、不満げな視線を送った。その不満は、彼女が"術"を解いていなかった理由にも、少なからず関係していたようである。

 

 それからアメ狐は、再び大きなため息を吐くと、丸まっていた自身の内側で健やかに眠るナツの顔に、自身の頬を寄せて……。そして彼女は目を瞑った。


 それから暫く経って――


かさかさ……


――という草を掻き分けるような音と共に、何者かがやって来た気配が、アメ狐の耳に入ってきた。

 そこに不審な雰囲気は含まれていなかったためか……。丸まって眠っていたアメは、その気配がシロたちのものだと考えて、敢えて目を開けなかったようである。

 その上、その気配の持ち主は、眠っているアメ狐の背中に――


ピタリ……

 

――と、シロが普段するように、寄り添ってきたので……。アメ狐は、なおさらその気配を、シロのものだと思い込んでしまったようだ。

 

 ただまぁ、それも、ある異常に気づくまでの話だったが。


ひんやり……


「しゃっこっ?!(冷たっ?!)」


 全身に纏った毛の向こう側から、不意に伝わってきたその冷たさが、いつものシロの温もりとはまるで異なるものだったことに気づいて、アメ狐は思わず全身の毛を逆立て、急いで頭をもたげた。その際、彼女が飛び起きようとしなかったのは、その身体の内側に、なにか大切なものでも隠していたためか……。


 するとそんなタイミングで――


「いったい、どこ行ったんでしゅかねー?」


「さぁ?私にもちょっと……」


――と、未だ冷たい炎を纏っていたシロとアオが、その場へと戻ってきた。つまり、どうやら、アメに身を寄せたのは、シロではなかったようである。

 では、いったい、何者が、その場へやって来たというのか。

 

「…………」ぱくぱく


「ああっ?!こんなところにいたでしゅね?!ドジョウしゃん!」


 アメの横に身を寄せていたのは、大きなドジョウ、ではなく――


「……なぜ鮭がここで寝ておる……」


――シロとアオが近くの川に戻しに行って、途中で逃げられてしまったという、大きな鮭だったようだ。

 

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