1.6.2 押されて、燃えて
その晩。夕食を摂った後。
4人はいつも通りに身を寄せて、眠ろうとしていた。より具体的に言うと、アメとシロが元の姿に戻って、背中をくっつけながら丸くなり、アオがその横で、毛布のようなものに包まって眠る、という構図である。なお、ナツは、いつも通りの定位置で、丸くなったアメの内側で眠っているようだ。
そんな彼女たちは、一見すると、静かに眠っているように見えていた。しかし、実際のところは、そういうわけでもなかったようである。
「(……シロもアオも、どうしてそんなに身体を押し付けてくる?しかも、シロのやつ、小刻みに震えておるし……。もしや、寒いのかの?)」
「(アメしゃんの温もりを感じながら眠るなんて、最高でしゅ!ふふ……ふふふふふ……)」カタカタカタ
「(2人とも温かいですね……。しかも肌触りも良い……幸せです!)」
……といったように、まるで磁石に吸いつけられるかのごとく、アメにシロがくっつき、そんな2人に対してアオもくっつく、という状態になっていたのだ。なお、1名ほど健やかに眠っている者がいたようだが、彼女についての説明は省略する。
「(まぁ、良いか……。これがもしも夏じゃったら、暑くて殺意しか沸かぬが……今は幸いにして秋じゃ。しかも最近、急に寒くなってきたゆえ、このくらいは、我慢するかのう……)」
結果として、その場にいた全員の温もりを感じることになっていたアメ狐だったが、だんだんと眠くなってきたのか、約2名からの物理的な圧力を努めて無視すると……。自身の内側で眠るナツの頬に、自分の頬をくっつけて、彼女もまた、夢の世界へと旅立つことにしたようだ。
◇
そして、全員が眠ってから、しばらくたった頃……。
「…………?」ピクッ
アメ狐の耳が、森の中に、何らかの気配を捉えた。
結果、彼女は、首をもたげると、シロの背中に鼻を押し付けながら、彼女に対して小さな声で話しかける。
「(……これ、シロよ)」
「zzz……ふぇ?うーん……こんな時間に……なんでしゅ?もしかして……夜這いでしゅか?」のそっ
「(お主、火を灯してはくれぬか?)」
「(火?何かあったんでしゅか?)」
「(うむ……。何やら獣の気配を感じてのう……。この雰囲気、恐らく、鹿ではないじゃろうて)」
「(なら……狐しゃんでしゅか?)」
「(さぁのう?いずれにしても、火を灯せば、向こうから逃げていくはずじゃ)」
「(そうでしゅか……。分かりました)」
そんな返答を口にして、立ち上がろうとするシロ鶴。
しかし彼女が実際に立ち上がることはなく……。代わりに彼女はこんな提案を口にする。
「(そう言えばアメしゃん。この前、アオしゃんに、火を出しゅ"術"を教えてもらってましたでしゅよね?あれを使えば良いんじゃないでしゅか?)」
「(ふむ……。確かにその手があったのう。すっかり失念しておった)」
アメは納得げにそう口にすると……。頭の中で、炎の形をイメージし始めた。
そして、まもなくして、彼女のイメージが固まったようである。
「(……!)」ボゥッ
「……アメしゃん?」
「(……これ。声が大きいぞ?シロよ。皆が目を覚ましてしまうではないか……)」
「(どーして、わっちが燃えてるんでしゅか?熱くないとはいっても……なんか解せないでしゅ……)」
「(それは……あれじゃ。まぁ、良いではないか)」
「(…………別に良いでしゅけど……)」
シロはそう口にした後で、不満げに溜め息を吐いて……。そして、周囲に向かって視線を投げ始めた。なお、鳥目な彼女が、月の無い真っ暗な森の中を見通せるかどうかについては――どうか察してほしい。
そんな折。
燃え上がる(?)シロの様子に気づいたのか、アオが目を覚まして、そして飛び起きて……。それから驚いたように声をあげた。
「シ、シロさんが燃えてる?!ア、アメさん……ついにシロさんのことを食べる気になったんですか?!」
「は?お主は何を言っておる?」
「だってほら……シロさん、いつも言ってるじゃないですか?……食べられたい、食べられたい、って。だから、焼き鳥かな、って……」
「いや、シロが作る料理は美味いと思うが、シロ自身を食ろうても、美味くもなんともないじゃろ……。まったく……。なぜに、ワシに食われたいと思うのか、理解できぬ……」
そう言って、元の姿のまま、仏頂面を浮かべるアメ狐。
すると今度は――
「zzz……んま?」
――眠れる獣が目を覚ました。
「よーしよし、ナツよ。お主はまだ眠っておるが良い。起きるにはまだ早いからのう……」
「んまんま……zzz」
「(ふぅ……アオよ?少し声が大きいぞ?ナツが眠れぬじゃろ……)」
「(……なるほど。シロさんがアメさんに食べられたい……というか、アメさんの"食料"になりたい、って言った意味が、何となく分かりました)」
「(む?今、何か言ったかの?)」
「(いえ、何も……)」
そう言って、アメの追求に対し、首を横に振るアオ。
一方、アメ狐が作り出した冷たい炎に燃やされながら周囲を警戒していたシロ鶴は、暗闇を見通せない鳥目の方ではなく、明るさに関係なく使える耳で、周囲の気配に神経を尖らせていたようである。
そんな彼女の網に、何かが掛かったようだ。
「(……来たでしゅ!)」
音が聞こえてきた茂みの奥へと鋭い視線を向けながら、そう口にするシロ鶴。
そんな彼女の声に反応して、アメもアオも、シロが視線を向けていた先を、注視し始めた。
茂みから出てくるのは、熊か狐か、狼か……。あるいは、炎を怖がらない生き物――人間かもしれない……。彼女たちはそんなことを考えて、対処策を練っていたようだ。
しかし……。
茂みの向こうから現れたのは、熊でも狐でも狸でも狼でも鶴でも鹿でも兎でも、そして人でもなく――
ビタンッ!ビタンッ!
――と、陸上でのたうつ大きな魚――鮭だったようだ。




