1.6.1 変身して、悲しくなって
彼女は狐。南を目指して旅する獣の類い。人ならざる少女を輩に加え、次に向かうは、秋の深まる森の道。そこで彼女らを待ち構えるは、人か、獣か、化け物か……。
アオを旅の仲間に加えてから数日が経ち。一行は順調に"西"への旅を続けていた。そう、"西"への旅である。
「……のう、シロよ。いつになったら、"南"に進むのかの?」
来る日も、来る日も、太陽が浮かぶ南の方角ではなく、太陽の沈む西へと向かって道案内をするシロに対し、不満げな様子で問いかけるアメ。そんな彼女は、どうやら、簡単に、南に向かって移動できるものだと考えていたようである。
だが、現実は、ここまでの道なり通り、そう簡単ではなかったようだ。
「まだもう少し、西に向かって歩かなければならないでしゅ。今いる陸地は、ぐるーっと弧を描くような形状をしているでしゅから、海の上をまっしゅぐ飛んでいくわけにいかない以上、海岸線に沿って迂回しないと南には行けないんでしゅよ」
「ふむ……。して、その迂回とやらは、あとどのくらい掛かりそうじゃ?」
「いつ頃、迂回が終わって、南向きの経路になるか、でしゅか?たぶん……あと3日くらいでしゅかねー」
「左様か……。南への道のりというのは、思っておったよりも、遠く険しいものなのじゃな……」
そう言って、どこか後悔したような表情を見せるアメ。しかしそれでも彼女がまっすぐに歩き続けていたのは、"主"に対して別れを告げたためか、背中に負う赤子のことを考えた結果か、あるいは――そもそもからして、帰る場所が無くなってしまっていたためか。
そんな彼女の表情を見たシロは、少し慌てた様子で、こんな言葉を口にする。
「……あ、そうでしゅ!アメしゃん。この際、試しに、鶴しゃんに化けてみるというのはいかがでしゅか?」
「なにゆえ鶴に……」
「わっちみたいな鶴しゃんになって空を飛べば、暖かい南の地方まで、ひとっ飛びでしゅ!」
「なるほどのう。確かに、変身することはできる。じゃがまぁ……飛べるかどうかは、別の話じゃがの」
そう言って――
ボフンッ!
――と、煙のようなものを周囲に撒き散らしながら、姿を変えるアメ。
そんな彼女の姿は――
「…………」ごくり
――と、元が鶴であるシロですら、思わず息を飲んでしまうような、美しい鶴だったようである。
それを見たアオが、感心した様子で問いかけた。
「アメさん、鶴にも化けられるんですね?」
「うむ。一度、見たことのあるものなら、何にでも化けられるぞ?」
そう言ってから――
バッサバッサ……
――と、羽ばたくアメ鶴。しかし、どんなに彼女が羽ばたいても、その身体は宙には浮かばず……。ただ、地面でジタバタと暴れているようにしか見えなかったようである。
「何度か試したことはあるのじゃが、いっこうに飛べそうにないゆえ、今ではもう諦めてしもうた」
「んー、でも、練習すれば、どうにかなるんではないでしゅか?鳥しゃんたちも、みんな最初から飛べるわけではないでしゅからねー。何でしたら、わっちが、手取り足取り、お教えしましゅよ?ふふ……ふふふふふ……」カタカタカタ
「いや、おそらく無理じゃろ。姿かたちは変われど、体重までは変わらぬからのう……」
「……ちょっと良いでしゅか?」
「うむ。持ってみるが良い」
「はいでしゅ。じゃぁ、失礼しゅるでしゅ?」
人の姿のシロはそう口にすると、鶴の姿をしたアメの翼の付け根に手を入れて、彼女のことを持ち上げようとした。
「……ふぬぬぬぬぬ……!」ぷるぷる
「……無理するでないぞ?シロよ。主の貧相な腕では、ワシのことを持ち上げるのは、難しいと思うからのう」
「アメしゃん……失礼かもしれないでしゅけど、体重、どのくらいあるんでしゅか?」
「さぁのう。計ったことはないゆえ、分からぬ」
そう言って――
ボフンッ!
――と人の姿に戻るアメ。
なお、彼女の背に負われていたナツは、この間も、ずっと眠ったままで、目を覚ますことはなかったようである。もしもナツの目が覚めていたなら、彼女は今ごろ嬉々として、アメ鶴の細長い首に噛みついていたことだろう。
◇
「そう言えば、アオしゃんは、変身できないんでしゅか?」
アメとのやり取りが一段落したあとで、今度はアオに水を向けたシロ。
するとアオは、首を振りながら、シロの問いかけに対し、こう答えた。
「物を冷やす術以外に、使える特技はありませんね……あ、特技と言えば、もうひとつありました」
「なんでしゅか?」
「……一人でいても寂しくならないようにする術です!」
「「はあ……」」
「たとえば……」
「……最近、寒くなってきたな?アオ」「そうですね……。こんなときは、何か暖かくなるものが食べたいですね」「なら……俺が作ろうか?」「えっ……良いんですか?」「あぁ、もちろんさ。何て言ったって……アオのためだからな!」「えっと……じゃぁ、お願いしちゃおっかな?」ぽっ
「(のう、シロよ……)」
「(えぇ。アメしゃんの言いたいことは分かっていましゅ)」
「(こやつ、かわいそうなやつじゃ……)」
「(今まで、よっぽど、寂しかったんでしゅね……)」
「もう、あなたったら……大胆なんだからっ☆」
「「…………」」
「……あれ?どうしたんですか?2人とも……。そんな、かわいそうなものを見るような視線をこっちに向けて……」
自分だけの世界から戻ってくると、そこにいたアメとシロが微妙そうな表情を浮かべている様子に気づいて、怪訝そうに首を傾げるアオ。
対して、アメとシロの2人は、小さく首を振ると、何も言わずに前を向いて歩き始めたようである。それも、その場にアオをおいて……。
「ちょっ……置いていかないでください!良いじゃないですか……300年間、特にやることもなかったんですから、そんな特技が身についても……」
そう言って、2人のことを追いかけるアオ。その際、アメとシロが2人とも両耳に手を当てて聞こえないふりをしていたのは――次に飛んでくる言葉が予想できていて、それを聞きたくなかったためか。
すなわち――
「それは……お二人も同じなんじゃないですか?」
――という、悲しい言葉を……。




