1.5.8 煮て、食べて
その日の晩のこと。
グツグツグツ……
町から離れたひとけの無い森の中で、何かが沸騰するような音が響いていた。なお、聞こえているのはその音だけではない。
「「「…………」」」ぐぅぅぅぅ
「――まだでしゅ。まだ炊けてないでしゅ……!」
くぐもった低い音と、少女らしき人物の怒声(?)も聞こえていた。ようするに、鍋奉行をしていたシロが、他の3人の腹の虫たちと格闘していたのだ。
「シロよ。もう良いじゃろ?いつもよりもずいぶんと長く煮込んでおるではないか」
「それは、根菜が入っているからでしゅ!ちゃんと火を通さないと、固くて食べれないでしゅよ?」
「そういえばシロさん。買ってきたキノコ、まだ余ってますけど……入れないんですか?」
「はぁ……分かってないでしゅね?アオしゃん。キノコ類というのは、種類ごとに、時期を見定めて分けて入れないと、シャキシャキ感が失われるばかりでなく、どろどろに溶けて、汁を台無しにしてしまうでしゅ。常識でしゅよ?それでも、アオしゃんは人間しゃんでしゅか?」ゴゴゴゴゴ
「えっ……あ、はい……」
「んま!」だらぁ
「ナツちゃんも食べたいでしゅか?でも、じゃんねんでしゅけど、さっきも言った通り、まだ十分に炊けてないんでしゅよー」
「んま?」
「そんなには待たせましぇんよ?大体、おむつ交換2回くらいの時間でしゅ」
「…………」にたぁ
「おっと、そろそろでしゅ。ここで最後のキノコを投入しゅるでしゅ!ぼとぼとぼとぼとー」
と言いながら、最後に残っていた材料のナメコを、土鍋の中へと投入するシロ。そして彼女は再び鍋の蓋を閉めた。
「まだかのう……まだかのう……」だらぁ
「すっごく美味しそうな匂いがしてますね……」ごくり
「んまんまー」だらぁ
「もう暫しの辛抱でしゅ……!」
それからは、全員が無言になった。皆、シロのゴーサインを今か今かと待ちながら、土鍋の隙間から吹き出してくる白い湯気を凝視していたのである。それも、穏やかに流れる時間を楽しむのではなく、揃いも揃って、さつばつとした気配を纏いながら……。
……そして、その瞬間がやって来る。
「……完成でしゅ!」
「「「………!」」」きゅぴーん
「喧嘩しないように、わっちが取りましゅから、小皿をくだしゃい」
そう言って、各々から受け取った小皿へと、鍋の中身を均等によそっていくシロ。その際、キノコがたっぷりと入った小皿を配られても、アメもアオも手を付けずにシロのことを待っていたのは、単なる気まぐれか、あるいは料理を作ったシロに対する感謝の気持ちの表れか。
「それでは、食べるでしゅ!」
その言葉を皮切りに食事を始める3人(+1人)。その後で、4人がどんな表情を浮かべ、そしてどんな感想を口にしたのかについては、言うまでもないだろう。
◇
「んまんまー」
「うむ。美味かったのう?」
「毎日でも飽きないかもしれません。特に、最後の最後に入った、あの白くて細長いやつ……すっごく美味しかったです!」
「あぁ、"うどん"でしゅね?あの、ちゅるちゅるとした食感……何となくドジョウしゃんに似ていて、わっちも大好きなんでしゅよー」
「へぇ、うどんって言うんですね……。初めて食べました」
「ワシも始めてじゃ。実に美味かったのう……」
「んまんま」
「あれは、ずーっと遠い南の地方の料理でしゅから、アメしゃんやアオしゃんが食べたことがなくても、仕方ないと思いましゅ。これから南下していけば、いつかは食べられるかもしれましぇんねー」
「ふむ……。しかし、主は、ずいぶんと色々なところに赴いておったようじゃな?」
「そりゃそうでしゅ。わっち、鶴でしゅから!」
そう言って、まっ平らな胸を、誇らしげに張るシロ。そんな彼女はこれまでの長い人生の中で、鶴らしく渡り鳥をしていたらしく……。様々な土地に赴いては、人の食べ物を口にしてきたようである。その結果、いつの間にか、料理がうまくなっていったらしい。
そんなシロの姿や言葉を見聞きして……。アオは何か思ったことがあったようだ。
「鶴に狐……ですか。私って……本当は、何なのでしょうね……」
「む?急にどうした?アオよ。お主は人間ではなかったのかの?」
「えぇ。人間だと思って今まで生きてきました。でも、以前、アメさんが仰った通り、人の寿命など、50年たかだか……。それを考える限り、私が人間じゃないのは明らかです。……思ったんですよ。自分が人間ではないことを拒絶せず、それでも人間らしく生きるアメさんやシロさんみたいに、私も無理に人間だと自称しないで、自分らしく生きても良いんじゃないかなー、って……」
「ふむ……(いや別に、ワシは人間になんぞ、なりとうないがの?)」
「えっとー、頑張ってくだしゃい(わっちは、むしろ、狐しゃんになりたいでしゅけどねー)」
「んまんまんまんま」
と、アオの言葉を聞いて、口々に相づちを打つ2人(+1人)。
内、アメは、人に憧れて人の姿に変身していた訳ではなかったので、アオの言葉を聞いても、なぜ彼女が人になりたいのか、理解できなかったようである。
もう一人、シロの方は、最初こそ、人と一緒にいたくて、人の姿に変身していたものの……。今では人に化けることを重要視しておらず。何か違うモノに変身したかったようだ。
「はい。がんばります!」
そんな彼女たちが何を考えているのか分かっていない様子で、笑みを見せながら頷くシロ。その後で周囲の気温が急に下がったのは、間近に冬が近づいてきているためか、あるいはそれ以外に何か特別な事情があったためか……。
こうして、アオを加えた旅は、その最初の夜を深めていった。
年が変わる前にアップロードしたかったんだけどなぁ……。
ちょっと時間がなくて、書き終わりませんでした。
あ、そうそう。
"こっち"の話は、私、ルシアが書くことになりました。
それで、"あっち"の話はテレサちゃんが書く、って感じです。




