1.5.4 森が無くて、町があって
「何じゃアレは……」
シロの話よると、山を越えれば、地平線の先まで続く、深い森が広がっているはずだった。しかし、そこに広がっていたのは、アメが想像していたような広大な森ではなく——
「いつの間にか、人の集落が、大っきくなっていたみたいでしゅね……」
——シロのそんな言葉通り、人が住まう大きな集落、”町”と……。そこに住む者たちが作っただろう大きな畑の姿だったようだ。確かに、そこには、未だ森が残っていたものの、その景色の半分ほどは開拓されて、森ではなくなっていたのだ。
「前にここに来たのは400年くらい前の事でしゅから、随分と景色が変わっているようでしゅね。ここにあった小さな村が、いつの間にか大きく発展していたみたいでしゅ」
「さよか……。そりゃまぁ、400年も経ちゃぁ、人も集落を大きくするじゃろうのう」
「(400年って、私が生まれるよりも前の話じゃないですか……。この2人、いったい何歳なんでしょう?)」
と、スケールの異なる話をしているアメとシロに、驚きが隠せなかった様子のアオ。そんな彼女の年齢も、人に比べれば遙かに長寿で……。これまでの会話の内容から推測するに、どうやら200歳以上、399歳以下のようである。
ちなみにアメとシロの年齢は不詳、そしてナツの年齢は言わずもがなである。
「どうしたのじゃ?アオよ。顔が青くなっておるぞ?」
「いえ、これは生まれつきです。それにしても……随分と大きな集落のようですね?前に見たときはあんなに大きくなかった気がするのですが……」
「ふむ。となると、短い時間で、あそこまで大きくなったのかのう……」
「どうしゅるでしゅか?寄って行きましゅか?それとも……先を急ぐでしゅか?」
「そうじゃのう……。どうもワシは、人というものが苦手じゃ。ことあるごとに、すぐに襲ってくる、危険な生き物じゃからのう……。それゆえ、ここは、素通りしていこうと思うのじゃ」
「そうでしゅか……。美味しい食べ物があるかもしれないのに、残念でしゅね……」
シロがそう口にした瞬間——
「「「?!」」」びくぅ
——と、それぞれ特徴的な反応を見せる者たち。
アメは半分変身が解けて、獣耳と尻尾を露わにし……。アオは、重力を無視して髪の毛を逆立てて……。そしてナツは、口から涎が止まらなくなってしまったようである。
その結果——
「……背に腹は代えられぬ!あの集落に寄って行くぞ?シロよ!」
「そうですね。悪くない選択だと思います」
「んまんま」
——アメたち3人の頭の中は、食事一色に染まってしまったようだ。
「仕方ないでしゅねー。じゃぁ、美味しそうなものがあったら買って行きましゅか」
「うむ!」ぐぅぅぅぅ
「はい!」ぐぅぅぅぅ
「んま!」ぐぅぅぅぅ
こうして一行は、その腹部から大きな音を鳴らしつつ、少し寄り道して、町へと進むことになったのである。
◇
「ところで……お二方は、どこへと向かおうとしておられたのですか?」
遠くに見えた町へと続く森の中の街道を歩きながら、そんな質問を旅の同行者たちへと投げかけるアオ。彼女は今朝から勝手にアメたちに同行することになったので、一行がどこへと向かっていたのか、未だ知らなかったようである。
「もちろん、人の住まう集落じゃ!お腹が減ったからのう……。そうじゃろ?ナツよ」
「んまんま!」だらぁ
「いえ、それはそうなんですけど……聞きたかったのは、そういうことではなくて……」
「南でしゅよ?アオしゃん」
「南……ですか?」
「アメしゃんたら、ナツちゃんのために、暖かい地方に行こうとしているみたいでしゅ」
「ナツちゃんのために……」
「うむ。この地方の冬の寒さは、こやつには厳しすぎるのじゃ。じゃから、もっと暖かな場所に行って、肥やそうと思うての?」
「アメさん……。やっぱり、ナツちゃんのことを、大切に思ってるんですね……」
「うむ。肥やして美味しく食べるのが楽しみじゃからのう」
「そうですか……」
「(……アオしゃん。アメしゃんは素直じゃないでしゅから、そのままの言葉を聞き入れちゃだめでしゅよ?)」
「(えぇ、分かっています。アメさんがナツちゃんを見るときの、あの表情。アレはまさしく……)」
「……主ら、そこで何をこそこそと話しておる?」
2人が、何となく、自身の意に沿わない会話をしているのを察したのか、眉を顰めるアメ。
とはいえ、シロとアオがそれを気にすることは無く……。彼女たちはどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、アメからの追求をはぐらかしてしまったようだ。
そして彼女たちは、生まれて初めて、”町”と言える場所へとたどり着いたのである。




