1.5.1 付きまとわれて、受け入れて
彼女は狐。赤子を守りし獣の類い。人ならざる者たちと行く彼女の旅路は、未だその終わりを見せず。次なる地は、人の住まう地。魑魅魍魎の跋扈する世界なり。
「~~~♪」
「……どうしてこうなったのじゃ?」
「まぁ、良いではないでしゅか。旅の仲間は、たくしゃんいた方が人っぽいでしゅし……」
「んまんま!」
女だけ(?)で行く旅路。そこ新しいメンバーとして、アオが加わることになったようである。
そんな彼女は、アメたちに、同行の許可を貰ったわけではなかった。2人のことを先回りして待っていて、そして、さもそれが当然であるかのように、勝手について来ただけである。
それは、アメたちが、アオのことを、積極的に追い払おうとしなかったことも大きな原因だったが……。しかし、それはある意味で、アメたち2人の返答のようなものだったのかもしれない。――もしもアオの同行が本当に認められないというのなら、無理に同行しようとした時点で、彼女は大きな狐に食べられていたはずなのだから……。
「そういえば、シロよ。間もなく、山道が終わると言うておったかの?」
「はいでしゅ。あと何個か小山を越えると、ずーっと先まで広がる森に出るでしゅよ?ちなみに……アメしゃんはこの地方に来たことはあるでしゅか?」
「あるわけ無いじゃろ。何しろ、ワシはずっと、主の側にいたのじゃからのう」
「……えっ?」
と、狐であるアメに"主がいた"という話をはじめて聞いたせいか、目を丸くして固まってしまうシロ。どうやら彼女にとって、アメのその発言は、聞き捨てならないものだったようである。
それとはまた異なる反応だが、旅の新入りであるアオも、アメの発言には、興味があったようだ。
「へぇー、アメさん、旦那様がいたのですねー?」
「だん……な……?」がくぜん
「む?いや、ワシは生まれてこのかた、ずっと独り身じゃが?」
「そ、そうでしゅか……そうでしゅよね……安心したでしゅ!」ほっ
「なんじゃ?お主……。ワシが独り身でおったことに安堵しておるようじゃが……もしやバカにしておるのではなかろうな?」ゴゴゴゴゴ
「ち、違うでしゅ!えっと……わっちには色々あるでしゅ!」
何がどう色々あるのかは不明だが、真っ赤な顔をしながら、誤魔化そうとするシロ。
一方、未だアメから返答を聞けていなかったアオは、再びアメに対して問いかけた。
「じゃぁ、旦那様ではなくて何なのですか?その……主さんという方は……」
「"主"は……ワシの母のような存在じゃ。小さな頃から、ずっとワシのことを育ててくれたからのう……。まぁ、"育ての親"と言っても良いかもしれぬ」
「そうなんですか……ちなみに、主さんって……人ではないですよね?狐さんですか?」
「いや、水溜まりじゃが?」
その返答を聞いてからややあって――
「「…………はい?」」
――と、口にして同時に首をかしげるシロとアオ。いったい何をどうすれば、水溜まりに育てられることになるのか――いや、水溜まりがアメを育てられるというのか、2人には想像すらできなかったようだ。
とはいえ……。アメの言葉は誰にも理解されなかった、というわけではなかったようである。
「お主は分かるじゃろ?ナツよ」
「んまんま!」
「うむ。ナツはワシと同郷じゃからのう」
「それなのにアメしゃん、ナツしゃんのことを非常食にしてるんでしゅよね?」
「それとこれと、話は別じゃからのう。あ、そうそう。言っておらんかったが、"主"は今もここにおるのじゃ?まさか付いてくるとは思っておらんかったがのう……。のう?"主"よ!」
その瞬間――
ドシャァ!
――と、土砂降りの雨が降り始める周辺一帯。それも、雲一つ無い晴天の下で……。
その結果、旅仲間2人は、確信した。
「……アメしゃん。雨女なんかじゃなくて、何か良からぬものに憑かれていたでしゅね……」
「これが……アメさんの力なんですね」ぽっ
「は?」
「わっち、こう見えても、除霊術には長けてるという自負があるでしゅ!何でしたら、お払いしゅるでしゅよ?」
「私以外にも天候が操れる方と出会えるなんて……」
と、そこに生えていたフキを引き抜いて、それを傘代わりに使いながら、口々に異なる内容の話を喋るシロとアオ。
そんな二人の言葉を、辛うじて把握できていたアメは、シロに向かって、こんなことを口にした。
「シロよ。お主がどんな力を持っておるのかは、ワシにはよく分からぬが……"主"はワシの親のような存在ゆえ、ワシらから"主"を引き剥がす必要は無いぞ?じゃがのう、せっかくじゃから、お主の力を見てみようと思うのじゃ。……ほれ、そこにおるじゃろ?霊と似たような者が……」
「……えっ?私ですか?」
「いや、アメしゃん。アオしゃんは、確かに、気配が薄くて、顔色が白くて、ふわふわと浮いてましゅけど、幽霊ではありましぇんよ?あまり変なことを言うと、失礼でしゅ」
「……まぁ、ワシも、人の言う幽霊と言うものを見たことがないゆえ、よく分からんが……大体、こんな感じの特徴じゃ、という話を聞いたような気がするのじゃ」
「もう、アメさんたら……。私は人間ですって!」
「「…………」」
アオの"人間発言"を聞いて、微妙そうな表情を浮かべるアメとシロ。やはり二人とも、アオは人ではない、と認識していたらしい。
それが分かっていたのか、アオは頬を膨らませて抗議しようとしていたようである。それでも、彼女に、昨日のような攻撃的な色が無かったのは、彼女なりの整理が、心の中で付いていたためか……。
そんな彼女が本気で怒りだす前に、アメは話題を変えることにしたようだ。
昨日の夜、アオはどうやって風雪を操っていたのか……。アメにはそれが気になって仕方なかったようである。
なお、アメ以外は雨女では無い模様、なのじゃ。




