1.4.8 接近を許して、凍えて
その日の晩。
「アメしゃん?あの人……あそこに置いてきて、本当によかったんでしゅか?」
アオと名乗った少女がうつむいて動かなくなってしまったので、アメたちは、彼女のことを、その場に放置して道を進んできた。
果たして、自分たちの選択はそれで正しかったのだろうか……。シロは、今になって、アオのことが心配になってきたようである。
一方、アメは、シロと異なる考えを持っていたようだ。
「恐らく……なにも問題無いのではなかろうかのう?」
「なぜでしゅ?あのまま放っておいたら、アオしゃん、野垂れ死にしてしまうかもしれないじゃないでしゅか?」
「いや、無いじゃろ。アオのやつ、雪の上で寝ておっても死なんかったし、それに、山をさまよっておったにしては、痩せてもおらんかった。あの感じ……あやつ、この近くに住処を持っておるのではなかろうかの?」
「……本当にそうでしゅかね?」
「そんなにあやつのことが心配なら……明日の朝にでも、ひとっ飛びして、様子を見てくれば良いじゃろ?主には翼があるんじゃからのう」
「……まぁ、一晩、寝ながら、よく考えてみようと思うでしゅ……」
「狼や熊に喰われる可能性も無くはないが……いや、それを考え始めるとキリがないか……。まぁ良い。では、寝るかのう」
そう言って――
ボフンッ!
――と狐の姿に戻り、眠っていたナツを囲うようにして、身体を丸めるアメ。それが、ここ最近の、彼女の寝かたである。
すると――
「…………」じとぉ
――その場いた約一名が、そんなアメ狐に向かって、何やら物欲しそうな視線を向け始めたようである。
その意味が分かったのか、アメはため息を吐きながらこう言った。
「……抱きつくのは許可せん」
「なら、抱きつなかったら……?」
「……好きにするがいい」
そう言って、健やかに眠るナツの顔の横に自身の顔を寄せて、そして目を閉じるアメ狐。
一方、彼女の言葉を受けたシロの方は、というと――
「……ふふ……ふふふふふ……」カタカタカタ
――怪しげな笑みを浮かべながら、文字通りに小躍りしつつ、元の鶴の姿に戻って、アメの背中に身を寄せた。
たったそれだけのことなのだが、今までそれすら叶わなかったシロにとっては、言葉では言い表せないほどに幸せな瞬間だったらしく――
「うぅ……」ぐしゅっ
――彼女は自身の翼に感じるその温かさを噛み締めつつ、その場で丸まりながら嗚咽を漏らし始めたようだ。
なお。
まだ起きていて、それを聞いていたアメが、そんなシロに対し、どんなことを考えていたのかについては、あえて言うまでもないだろう。
◇
それから数刻が経って……。
「(……なんじゃ……寒いのう……)」
アメ狐は、寒さが原因で、真夜中に目を覚ました。そんな彼女には、ナツの温かさだけでなく、シロの温もりも感じられていて……。むしろ普段よりも温かいはずだった。
そう考えると、彼女が目を覚ましたのは、単なる偶然だったのかもしれない。
だが、その偶然が、彼女たちを救うことになる。
「(やはり寒い……いや、寒過ぎる?!)」
朦朧としていた意識の中、二度寝をしようとしていたアメは、つい先程までとは異なる、その異常な寒さに気づいて、頭を上げた。
それから彼女は、自身の隣で眠っていたシロの長い首に口をあてがうと……。それを軽く噛んで、ブンブンと振り、シロのことを無理矢理に起こしたようである。
「zzz……んあ?な、何でしゅか?アメしゃん。もしかして……夜這いでしゅか?」
「シロよ……何かおかしいとは思わぬか?……いや、お主の頭のことではないぞ?」
「おかしい……はっ?!まさか……朝なのに太陽が登ってこないのでしゅか?!」
「いや、そこまでとんでもないことではない。今はまだ夜じゃから、太陽が登ってこんで、当たり前じゃ。ワシが言いたいのは……少し寒すぎやしないか、ということじゃ」
「寒しゅぎ……確かに、寒いでしゅね……って、さむっ?!」ぶるっ
「この季節じゃから寒くなりつつあるというのは、まぁ、当然のことじゃろう。それに山じゃから、平地に比べりゃ、特に寒くなるというのもの?じゃが、これは……少し異常なことじゃと思うのじゃ」
息をするたびに口から漏れる白い煙によって凍る髭。空気中の水分が木に表面に付着し凍ってできた樹氷。そして、透き通るように黒い夜空で瞬く星々……。それらはすべて、真冬に見られるはずの現象だった。それが見られるほどに、アメたちがいた場所の気温は、大きく下がっていたようである。
「そうでしゅね……。真冬にでもならない限り、この寒さはちょっと考えられ……って、ナツちゃんは大丈夫でしゅか?!」
「うむ。今のところはの?ワシが暖めておるうちは、特に問題ないじゃろう。じゃが……」
「……この寒さが続いている間、アメしゃんはナツちゃんを温めるために、ここから動けない……そういうことでしゅか?」
「うむ。じゃが、いつまでもそうしておるわけにも行かぬし……さて、どうしたものか……」
夜の段階でここまで寒いのなら、一番寒い朝方近くになると、どこまで気温が下がるのか。そして、明日の昼間は、どの程度まで暖かくなるのか……。長いこと生きてきたために、観天望気が得意だったはずのアメにもシロにも、現状の気温が予想できなかった以上、明日の気温も予想できなかった。
場合によっては、ずっと寒いままかもしれない……。アメたちはそんな最悪のことを考えて、頭を抱えてしまったようである。そうなった場合、ナツの生命は、極めて危うくなってしまうのだから……。
「……とにかく、暖かくするべきでしゅ。火を着けましゅね?」
「うむ。すまぬ……」
そんなやり取りをして、人の姿へと戻り、すでに火が消えていた焚き火に、再び火を着けようとするシロ。
すると間もなくして、彼女は火を起こすことに成功するのだが……。その結果、とあるものの姿が、2人の目に入ってくることになる。
「…………」ゆらぁ
「「?!」」
焚き火の炎に照らし出されたのは、蒼白い表情をした少女の姿。
そう、アメたちが昨日、別れたはずのアオが、いつの間にかそこに立っていたのだ。
毎度思うのじゃ。
……眠っ!




