1.4.5 寒くて、白くて
――白。
そう、シロではない。
朝になって、アメが目を覚ますと、そこには、真っ白な景色が広がっていたのだ。どうやら夜の内に、彼女たちの真上を、雪雲が通過していったらしい。
なお、今日も一人で眠っていたシロは、その白い物体の下で、安らかに眠っているようだ……。
「雪が降ったか……。そ、そうじゃ!ナツは……」
「zzz……んま?」
「ふぅ……まだ、元気じゃったか……。てっきり、ワシは……ついにお主のことを食わねばならぬ日がやって来たかと思うて、舌なめずりしそうになっておったのじゃ」ベロンッ「……うむ。美味い!」
風も当たらなければ、雪も雨も当たらない木陰で、アメに抱かれて眠っていたナツは、鼻のてっぺんを赤くしていたものの、体温を下げることもなく、無事だったようである。おそらくは毛皮の服を着たまま眠っていたことも、幸いしたのだろう。
ただ、明日も今日と同じ気温である保証はどこにもなく……。むしろ、日が経つにつれて、より寒くなっていくだろうことは、誰の目にも明白だった。そうなるとナツの体力も奪われていくことになるので……。彼女のことを考えるなら、一刻も早く山を下りて、暖かい場所に向かう必要がありそうだった。
「んまんま」がぶぅ
「何じゃ?いま起きたばかりじゃというのに、もう腹が減っておるのかの?仕方ないのう……。ほれ。そこに凍りかけのスジ肉があるじゃろ?マズいやもしれぬが……まともな食事にありつけるまで、それでもしゃぶっておるが良い」
「…………」じとぉ
ガバッ!
「さ、殺意でしゅか?!」
「…………」にたぁ
「うぅっ?!」ぶるっ
ナツに向けられたつぶらな瞳(?)に、生きる気力を貰ったのか、自身の上に降り積もった雪を押しのけて、一気に立ち上がるシロ鶴。
そんな彼女はこの日、人の姿で眠っておらず、鶴の姿のまま、長い首を羽の中に入れて眠っていた。さすがに、防寒具があるとはいえ、毛が生えていない人の姿のままで眠る気にはなれなかったようである。
それを見て——
「残念じゃったのう?ナツよ。シロもまだ生きておったようじゃ。死んでおったら2人で食べようかと思うておったのじゃが……」
「んまんま……」
——と、そうは口にするものの、まったく残念そうには見えない視線を、シロへと向けるアメとナツ。
そんな2人の目が、本物の親子のように似通っていたためか——
「……おかしいでしゅね。アメしゃんが2人に増えたように見えるでしゅ……」
——寝起きだったシロは、混乱してしまったようだ。
「そんなわけなかろう。ワシは狐で、ナツは人じゃぞ?」
「んまんま!」
「(もう、うり二つにしか見えないでしゅ……特にその怒ってる様子とか……)」
2人の姿を見て、シロはそんなことを考えるのだが……。それでも彼女がそれを口に出さなかったのは、その結果、自分に降り注ぐだろう災難を予想できていたためか……。
その代わり、彼女は悲しげな表情を浮かべながら、こんな願いを口にした。
「本当……今晩から、一緒に寝かせてくだしゃい……。きっと幻覚が見えるのは、一人で眠ったせいで、身体も心も冷え切ってしまったせいだと思うでしゅ……」
そう言って、大きな溜息を吐くシロ。
それから彼女は、誰からも返答が戻ってこなかったことで、泣きそうな表情になりつつも……。今日も、アメの胃袋を掴もうと、健気に、朝食の準備を始めることにしたようである。
その結果、彼女は、荷物の中から、いつも通り小さな土鍋を出そうとするのだが……。しかし、どうやら彼女は、まだ幻覚のようなものを見続けていたようだ。
「あれ……?おかしいでしゅね……。こんな所に、人間が倒れているでしゅ……」
「は?お主、何を言っておる?こんな山奥に人が来るわけ無かろう。それに、人の気配なんぞしたら、ワシも、お主も、すぐに分かるじゃろう」
「そうでしゅね……。じゃぁ、これは……人の形をした肉でしゅねー。朝食にちょうどいいでしゅ」
そう言って——
ボフンッ
——と人の姿に化けてから、雪の中に転がっていた人型の肉塊を、斬りやすい場所に引っ張ってくるシロ。
それから彼女は、荷物の中から黒曜石の包丁を取り出すと。無表情のまま、その先端を、人の形をした肉塊に——
「ちょっ!待て!待つのじゃ!シロよ!」
——振り下ろそうとして、アメに止められてしまったようだ。
「ふぇ?何ででしゅか?」
「それ、やっぱり人じゃ!」
「そうでしゅか…………えっ?」
「(こやつ、本当に冷えすぎて、頭がおかしくなっておるのではなかろうの?)」
普段からどこか抜けたところのあるシロが、いよいよ病的なレベルになってきたことを悟って、いい加減、心配になってきた様子のアメ。
とはいえ、それも、一瞬のこと。
なにしろ、彼女たちの目の前に、意識のない人間が横たわっていたのだから……。
「こやつ、いつからここにいたんじゃ?」
「昨日は一日中ここにいましたけど、人なんて来なかったでしゅ。そう考えると……やっぱり、夜でしゅかね?」
「そうじゃのう……。ワシもそれしかないとは思うのじゃ。しかし……解せぬ。ワシらの警戒を掻い潜って近づいてくる者など、そう簡単には……いや。もしやすると、こやつ、人ではないのやもしれぬのう?」
「……じゃぁ、肉でしゅねー」キラッ
「まぁ、待つのじゃ。シロよ。食う食わぬを決めるのは、こやつから話を聞いて後でも遅くないじゃろ。それに……」
「…………?」
「んま?」
「いや、何でもないのじゃ」
そう言いつつも、シロと初めて出会ったときのことを思い出していたアメ狐。
なお、そんな彼女が、そこでグッタリと倒れている人間(?)の姿を見て、どんなことを考えていたのかは、不明である。
ただ、その表情は、優れない、というわけではなかったようだ。
明日は……書けぬかもしれぬ……。
ストックがないのじゃ……。
……まぁ、いつもの事じゃがの。




