1.3.10 貰って、さらに貰って
「静まれぃ!お前ぇたち!わからねぇのか?!」
「「「?!」」」
先程までアメたちに向けられていたはずの村長の威圧感。それを自分たちに向けられた結果、村人たちは戸惑ってしまった。彼らには村長が何を言わんとしていたのか、まったく分からなかったのだ。
「お前ぇたちは、この旅人のことをどうにかできると思ってるかも知れねぇが……お前ぇら、手ぇ出してみろ?その瞬間、この村ぁ、お仕舞ぇだ!」
「「「……?」」」ざわざわ
「まだ分からねぇのか、お前ぇら!神さんをたった2人で倒しちまうような強者に、お前ぇらが寄って集ったところで、勝てんのかって言ってんだよ!」
「「「!」」」
「こんな辺境だから、近くに村はありゃしねぇ。その上、神さんの騒動が知れ渡っとるせいで、旅人すら近寄ってこねぇ……。そんな中で、この2人に手ぇ出してみろ?俺たち全員、皆殺しにさてたって、バレはしねぇんだぞ?」
「「「?!」」」
さすがにその言葉を聞いて黙っていられなくなったのか――
「いや、そんな無意味なことはせん……(筋ばかりの肉なんざ食ろうても、単に腹がふくれるだけで、何も美味くないからのう……)」
――と、今まで黙って話を聞いていたアメが、抗議の色を込めて口を開く。
それから彼女は、続けざまに、自分たちの要求を告げた。
「ワシらが求めておるのは、防寒のための毛皮と、旅をするのに必要な路銀じゃ。今からあの山を越えねばならぬからのう。じゃがまぁ……依頼を反故にしたあげく、ワシらに武器の矛先を向けるというのなら――色々と考えねばならんがのう?」ゴゴゴゴゴ
「「「?!」」」ざわざわ
「あ、アメしゃん?!や、殺る気でしゅか?!」
「じゃから、殺らんと言うておるに……」
「毛皮と路銀……どの程度、欲しい?」
「ふむ……」
村長から向けられたその問いかけを聞いて、考え込むアメ。
そんな彼女としては、ナツの分の毛皮が手に入れば、それで十分だった。何しろ自分たちは生きながらにして毛皮を纏っているのだから。
ゆえに問題は、路銀がどの程度あればいいのか、という点だった。今まで、人のお金というものを使ったことが無かったアメには、お金の価値がまるで分からなかったのである。
その結果――
「まぁ、それほどは多くはいr」
「ちょっ、ちょっと待ってくだしゃい、アメしゃん!ここから先はわっちが喋りましゅ!」
――アメが大損をしてしまうような発言を口にしようとしていた気配を感じ取ったシロが、アメの話に割り込んで、彼女の代わりに話すことにしたようである。
「わっちたちが報酬として貰いたいのは、わっちたち3人が、あの山を越えるのに必要な毛皮でしゅ。でしゅから、毛皮は、3人分でしゅ。それで、次にお金でしゅが、この熊しゃんのことをそのまま譲るとして――10枚というところでどうでしゅ?」
その瞬間――
「「「10枚?!」」」ざわざわ
――と広がるざわめき。それほどまでに、シロの言葉は異常な意味を持っていたようである。なお、言うまでもないことだが、アメはその意味をまったく知らない。
一方、村長の方はというと――
「……分かった。だが、条件がある。うちの村には金輪際、近づかんでほしい。それを守れるというのなら、その額で手を打とう」
――そんな条件付きで、シロの提示を飲み込むことにしたようである。
ただし、村人たちの方は、依然として納得できなさそうな表情を浮かべていたようだが。
◇
それから数刻の後、アメたちはその場を出発して、一路、山へと向かった。その背にあった風呂敷の中には、3人分の毛皮の服と――
「……何で、3人分と言うたのに、あやつら余計に10枚も毛皮を寄越したんじゃ?」
――それとは別に、黒いイタチ(?)の毛皮が入っていたようだ。
「あの黒い毛皮が、お金でしゅ。ただ……かなり大きなお金でしゅので、然るべきところに持っていかないと、使えないでしゅけどね?」
「ふむ……。金というものは、よう分からぬ……。普通の毛皮とどう違うと言うのじゃ?」
「そうでしゅねぇ……。人が勝手に決めたものでしゅから、わっちにもよく分かりましぇんが……これがあると、美味しいものが食べられるでしゅよ?」
「ふむ。金と言うものは分かりやすくていいのう?」
「単純でしゅね……」
アメの頭の中で『金=食べ物』の構図が出来上がっていることを察して、苦笑するシロ。ちなみに、彼女自身の理解もアメと似たり寄ったりで、金というものは食料を購入をするために存在している、と考えていたりする。
そんな彼女たちは、村で報酬を受け取った後、山の峠に続く道を歩いていた。鬱蒼とした森の中をどこまでも続く、少し大きな獣道――そんな見た目の小さな街道である。
その道は未だ平坦で、斜面と言うわけではなかった。だた、目の前の木陰からは高い山が見え隠れしていて、これから先の険しい山道を予見させるような雰囲気に包まれていたようだ。
そんな道の上を歩きながら、アメが背中で眠るナツの調理方法について、色々と考えを巡らせていた――そんなときだった。
「「……!」」ズサッ
アメもシロも何かがあったわけでもないのに、その場から飛び退いたのだ。
その直後――
バツンッ!
バツンッ!
――と、どこからともなく飛んできた2本の矢。
どうやら――
「……あやつら、ワシらを狩るつもりじゃな?」
――納得のいかなかった村人の一部が、アメたちのことを追ってきたらしい。恐らくは、彼女たちが持っている毛皮を横取りしようとしているのだろう。
それを感じ取ったアメは、目を細めて、森の影に潜んでいるだろう者たちへと視線を向けるのだが、しかし、すでにそこには人の気配はなく……。村人はアメたちのことを1発で仕留められなかったことを察して、その場から逃げていったようだ。
「……浅はかな奴らじゃ。臭いも消さずにワシらから逃げ仰せられるとでも思うておるのかの?」
そう言って――
ボフンッ!
――と獣の姿に戻るアメ狐。どうやら彼女は、逃げた村人のことを追いかけるつもりのようである。なお、追いかけた先で彼女が何をしようとしているのかは、言うまでもないだろう。
しかし、どういうわけか、アメが走り出す前に、シロがその行く手を遮るように立ちはだかった。そして彼女は、両手の平をアメに向けながら、こんなことを口にする。
「まぁまぁ、アメしゃん。ここはわっちに任せておいてくだしゃい。昨晩はあまり役に立ちましぇんでしたし、ここはわっちがどうにかしゅるでしゅ!」
「どうにかするって……どうするのじゃ?」
「そうでしゅねぇ……まぁ、ちょっと、制裁を加えてこようと思いましゅ。……なーに、村を滅ぼすようなことはしましぇんよ?時間もないのでアメしゃんは、先に山を登っていてくだしゃい。しゅぐに追いつきましゅから!」
そう言って、変身して……。そして、空へと昇っていくシロ鶴。
それを見ていたアメは、背中にナツや荷物があったために、猛烈な速度で移動するシロのことを追いかけるわけにもいかず……。彼女は仕方なく、言われた通り、山へと続く道を進むことにしたようだ。
……なお。
それから暫く経って、シロは無事に戻ってくるのだが、その背中に、大量の毛皮が背負われていた理由については、不明である……。
念のためもう一度断っておくのじゃ?
前も言ったのじゃが、この話に登場する村も場所も、モデルはあれど、架空の存在なのじゃ。
それを断っておかぬと……のう?




