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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
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1.1.2 炎に追われ、山へと入って

 夜道を歩き続け、雨が止んだ頃。アメは湖から程近い村へとたどり着いた。

 そこでは、真夜中にも関わらず、住人たちが松明の炎を掲げていたようだ。急な地震や噴火の音に驚いて、被害の状況を確認していたらしい。

 アメはそんな村へと近づくと、家の物陰に隠れ……。そして、"村長(むらおさ)"と呼ばれていた者が、村人たちを集めて交わしていた会話に、聞き耳を立てることにしたようだ。


「……村長!神さんが怒っちょる!急いで……急いで何か贄を捧げねば、俺ら、ここに住めんくなるど!」


「贄か……。じゃがもう、我らにゃ、供えられる贄は残っちょらん。これ以上、娘っ子たちを捧げりゃ、村が立ちゆかなくなるじゃろうて……」


「ならば、俺たちゃ、どうすりゃ良いっちゅうんです?このままじゃ、いつ神さんの怒りがこっちを向くか、分かったもんじゃねえっちゅうのに……」


 太い丸太を使って建てられた頑丈そうな建物から聞こえてくる、村長たちの会話。それはどこか悲痛な色を含んでいて、そして切迫した雰囲気を漂わせていたようである。


「(ふむ……神の怒り、とな?ワシには"神"が何なのかは分からぬが……さしずめ、主のことでも指しておるんじゃろう)」


 狐であるアメには、人のいう"神"というものが何なのか理解できなかったが、状況的に、自分の"主"たる湖と何か関係があることは、彼女にも推測できたようである。そして、その手の届かない存在が、激怒しているだろうことも……。


 彼女がそこで人間たちの話を聞きながら、これからどこへ向かうべきか、と考えていると――


ドゴゴゴゴ……ズドォォォォン!!


――と、大きな揺れが、村に襲いかかってくる。

 それは、足下から突き上げるかのような、揺れというよりも衝撃に近い振動だった。その瞬間、村の中にあった家々が、音を立てながら崩れてしまう。


 そして、その直後――

 

「うわぁぁぁぁ?!に、逃げろぉぉぉぉ!!」


――村を取り囲むように作られていた丸太の壁の外で、辺りの見回りをしていただろう村人の1人が、大きな声を上げたのだ。

 未だ健在だった村の壁の向こう側で何が起こったのか、アメには直接見えなかったが、次第に赤く染まりつつあった空や、山の木々の姿を見て、彼女は事態を察したようだ。


「(主の怒りが、村の近くまで来ておるか……。ここが飲み込まれるのも、時間の問題じゃな……)」


 ここまでやって来る途中、山と山との合間を流れる川のごとく、赤い炎が流れていたことを思い出すアメ。

 それは噴火した火山から流れ出た溶岩だった。恐らくは、低い所を目指して流れた先に、偶然この村があったのだろう。

 ……そう。湖から流れ出た小川が近くを流れる、この村が。


 そして、みるみるうちに、村は炎に包まれていく。

 そんな村の中は、まさに阿鼻叫喚。倒れた家の下敷きになった人々すらもお構い無しに、炎はすべてを平等に包み込んでいった。地獄があるとするなら、まさにこんな光景なのかもしれない。

 それを見て命の危険を感じ取ったアメは、その場からすぐに立ち去ることを決意したらしく、崩れてしまった村長の館を後にして、高いところへと向かって移動を始めた。幸い、村の近くには、小高い山があったので、彼女はそこに逃げ込もうと考えたのだ。


 ――だが。

 彼女のその4本足は、とあるものを前にして、止まってしまった。


「きゃっきゃ!きゃっきゃ!」


 布で、幾重にも、そして大切そうに包み込まれた物体から聞こえてくる声。それを聞いて、その中身が何なのか気づいたアメは、思わず立ち止まってしまったのだ。


 それは、人の赤子だった。年齢としては、生後半年、と言ったところだろうか。それが、アメの行く手に落ちていたのである。


「ふむ……さて、どうしたものかの……」


 動物の赤子は、彼女にとって、至高の食べ物だった。それはもちろん、人間も例外ではない。この村の者たちが、贄として捧げた数多くの幼子たちを、彼女も口にしたことが無いわけではなかったのだ。

 何しろ、彼女が生きていたのは、常に死と隣り合わせの大自然の真っ只中。少しでも気を抜けば、次に食われるのは自分自身だったのだから。


 結果、彼女は、赤子を平らげてから逃げようか、と考えていたようである。目の前にご馳走が落ちているのだから、食べない手は無かったと言えるだろう。

 しかし、幸か不幸か、状況がそれを許さなかった。


ドゴォォォォォッ!!


「チッ!うかうかしておったら、ワシまで炎に飲み込まれてしまいそうじゃ!」


 目の前すぐのところまで迫っていた炎の川に気づいたアメは、そこで赤子を平らげるのを諦めたようである。

 かといって、食べること自体を諦めたわけではなかったらしく――

 

グイッ!

 

――彼女は赤子を包んでいた布に自身の牙を引っ掻けると、それを無理矢理に持ち上げて、そしてそのまま近くの森の中へと向かって走っていった。わざわざ危険を侵してまで、その場で食べる必要は無い、そう判断したようだ。


 ちなみに。そんな彼女は、狐でありながら、狐とは思えないほどに大きな体躯をしていたようである。それが原因で、彼女は、村人たちから、"神さん"と呼ばれていたのだが……。彼女がその事に気づくことは、遂に無かったようだ。


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