1.3.8 正体を疑って、朝食を作って
アメが熊(?)を狩った次の日の朝。空が徐々に白くなり始めた頃。
未だ落とし穴の中身を警戒していた彼女の元へと――
「ア~メ~しゃ~~ん……!」ぶわっ
――シロ鶴が泣きながら地面を走ってきた。
「もう、アメしゃんが死ぬがど思っで心配じだでしゅ……」ぐしゅっ
「……なら依頼を安直に受けるでない。ワシも今回ばかりは死ぬかと思ったぞ?」
「しゅみましぇん……今度からは気を付けましゅ……」
そう言って、鶴の姿のまま、狐の姿をしていたアメのことを包容しようとするシロ。
しかし、アメの背中に――
「zzz…………んま?」
――今ちょうど目を覚ました様子の猛獣(?)の姿を見て、シロは何も言わずに後ずさっていったようだ。昨晩、彼女に吸引されたことが、よほど身に堪えていたらしい。
「おぉ、起きたか?ナツよ。あまりに静かじゃったから、遂に食う時がやって来たかと思うておったぞ?」
「んまんま!」がぶぅ
「よーしよし。今日は乳が良いか?それとも別のものが良いか?」
その問いかけを聞いたナツは、果たしてアメの言葉を理解しているのかどうかは不明だが、彼女はシロの方をギュンと勢いよく振り向くと――
「……んまぁ!」だらぁ
――猛烈な勢いで涎を垂れ始めた。
「うっ……」
「ふむ……鳥肉料理を所望するか……。じゃが、こやつを食うのだけは止めておいた方が良い。ほとんどの部分が筋と骨で、食える部分があっても固い肉しか無いと思うからのう……」
「んま……」
「ちょっ……わっちのことを美味しくなさそうな目で見ないでくだしゃい!わっちのお肉は」ボフンッ「ぷりっぷりとした柔らかいお肉なんでしゅからね?」
そう言って、人の姿に化け、自身の腹部の肉を着物の上から掴もうとしていたシロ。
そんな彼女に対して、アメもナツも、何か同情したような視線を向けていたのは、そこに痛い女性の姿を見たからか……。
「ぐっ……ま、まぁ、今日はこのくらいにしておきましゅ……」
そんな2人の視線を向けられたシロは、段々とその視線と羞恥心に耐えきれなくなってきたのか、顔を真っ赤にして、視線をそらして……。話題を変えることにしたようである。
「それで……この熊だかなんだかよく分からない物体、どうしゅるでしゅ?わっちたちだけで引っ張っても、落とし穴の中からは、ひきずりあげられましぇんよ?」
「ふむ……。こやつが熊かどうかという疑問は残るところじゃが……そうじゃのう。とりあえず、村人たちに声をかけて、引っ張り上げるのを手伝ってもらおうかの?……ただし、飯を食うた後でじゃがの?」
「まだ時間も早いでしゅからね。しっかし……この生き物は本当に、熊しゃんなんでしゅかね?」
「……山の神」
「えっ……」
「じゃったらどうしようかのう?ワシには神というものがどういうものなのかは知らんが、人間という生き物は、"神"という存在を大切にするらしいゆえ、もしもこやつが熊ではのうて神じゃったら……ワシらは大変なことになってしまうやもしれんのう?」
「だ、大丈夫でしゅ。きっとこれは熊しゃんでしゅ。そうに違いないでしゅ!」
とはいえ、考えれば考えるほど、目の前の形容しがたい黒い物体が、熊ではなく、別の生き物なのではないか、という疑念に襲われていたシロ。何しろ、そこにあった屍は、黒くて大きな4本足の生き物、という点以外に、熊とは共通点の無い生き物だったのである。これまで生きてきた長い年月のなかで、幾度となく熊の姿を見かけてきた彼女にとっては、自分を無理矢理に言い聞かせなければ、目の前の物体が熊には見えなかったようだ。
しかし、考えても、その物体の正体が分からなかったシロは、早々に思考を止めると……。朝食を作るために、その辺に転がっていた木の枝を拾い集め、朝食を作るための焚き火の準備を始めたようだ。
◇
「な……何なんじゃ?!これは?!」
「んまぁ?」
「ほれ、お主も食うてみ?」
「…………」
「…………」
「……んまっ!」
「うむ。美味いじゃろう?ワシも始めて食べる味じゃ」
シロが作ったのは、その辺に生えていた野草を、自宅から持ってきた土鍋に入れて、ただ煮ただけのごった煮だった。とはいえ、使われていた具には、大麦のような実が入っていたり、ニンニクの芽のようなものが入っていたりと、一風変わった山菜ばかりが入っており……。適度な塩を入れて煮込み、灰汁を取るだけで、十分に美味しい料理へと変身していたようである。米は使っていないが、雑煮のようなもの、と言えるかもしれない。
「お口に合ったでしゅか?」
「美味いのう……。お主なら、このまま人に化けても、十分にやって行けるのではなかろうか?」
「というか、この前まで、人に紛れて生活してたんでしゅけどね?でも……そうでしゅか。美味しいでしゅか……ふふ……ふふふふふ……(これでアメしゃんの胃袋は、わっちが握り締めたも同然でしゅね……!)」カタカタカタ
「……まさかと思うが……お主。この中に、何か危険なものを混ぜたのではなかろうな?」
「ふぇっ?も、もちろん、そんなことはしてないでしゅよ?この料理は、わっちがアメしゃんを思う気持ちを、形にしたものでしゅ!いわば、わっちの愛のかたt」
と、シロが、意味不明な熱弁を振るっている時だった。
「……誰か来たようじゃ」
「そうでしゅね……。気配から察するに……人でしゅね」
深夜に続き、彼女たちがいた森へと、来客がやってきたようである。だたし、今度の相手は殺意を放っておらず。何より、化け物ではなく、人間だったようだが。
山菜は癖のある食べ物なのじゃ。
まぁ、調理のしかたを知っておれば、素晴らしい食材に化ける可能性を秘めておるがの?