1.3.7 見つかって、追われて
「(あ、あ、あ、アメしゃん?!)」ぷるぷる
「(ん?何じゃ?こんな時に厠かの?)」
「(ち、違うでしゅ!わっち……前が見えなくて、歩けないでしゅ……!)」
「(ふむふむ…………)え゛っ……」
もう熊は目の前にいるかもしれないというのに、ここに来て自分が鳥目であることを告白したシロ。そんな彼女の言葉を聞いて、アメは、思わず耳を疑ってしまったようだ。
「なぜそれを早く言わぬ?!」
「(アメしゃん!声が大きいでしゅ!)」
「(ぐっ……!)」
「(隠しゅつもりは……なかったでしゅ。わっち……てっきり、昼間の明るいときに、熊とやり合うものだと思ってたでしゅ……)」
「(ワシらは何のために人の姿をして、眠っておったと思っておるのじゃ……。人の習性に慣れるためではなかったのじゃぞ?)」
「(も、もしや……最初から囮になるつもりだったでしゅか?!)」
「(うむ。相手が人喰い熊じゃというなら、人の姿でおるのは好都合じゃからのう)」
「(そ、それはそうかもしれましぇんが……それならそうと、早く言ってほしかったでしゅ……)」
普段なら狐の姿に化けて、ナツのことを自身の毛の中で温めながら眠るはずのアメが、珍しく人の姿で眠ろうとしたために、それに付き合ったシロ。しかし今になって、アメが変身したままだった本当の理由を知って、シロは頭が重くなってきてしまったようである。
ただまぁ、短くない時を生きてきたシロは、しっかりと最悪の展開も考えてはいたようだが。
「(やはり、逃げるかの?)」
「(……ちょっとやり方を考えさせてもらいましゅ。わっちが空から援護して、アメしゃんが熊しゃんを罠に追い込む……という流れで行きましょう。幸い、空には月が出ているので、ギリギリ飛べるでしゅ)」
「(ふむ……ではその通りにするかの。ナツは……まぁ、美味そうじゃから、囮で良いか)」
「(……可愛そうなので背負っていてあげてくだしゃい)」
その言葉を口にすると、元の姿に戻って、バッサバッサと空へと上がっていくシロ鶴。
アメはそれを見届けた後、眠っているナツのことを、布切れ(予備のオムツ)を使い自身の背中に括り付けて、そして狐の姿に戻ると……。彼女は、熊の気配のする方向へと、獣道を走り始めたようだ。
◇
「(何じゃ?あれ……)」
しばらく獣道を進んでいくと、なにやら見えてくる黒い影。それはアメの知っている熊などではなく――
ォォォォォォン!!
――まさに山のように大きな、化け物だった。
「(熊……熊のう……熊に触手なんぞ生えておったかのう……?)」
そもそもからして、その物体は熊なのか……。そこからして、アメには判断がつけられなかったが、見知らぬ地の熊、ということで彼女は納得することにしたようである。
と、そんなときだった。
ブォッ?
茂みに伏せて隠れながらその様子を伺っていたアメと、熊(?)の目が、不意に合った。ようするにアメは、熊(?)に見つかってしまったのだ。
「んなっ?!なぜじゃ?!しっかりと身体は隠せて――」
そしてアメは気づく。
草むらの中に自身の身体は隠せていても――
「…………zzz」
――背中に括り付けた自身の非常食の姿までは隠せてはいなかったことに……。
「……やってしもうた……」
グォォォォォォ!!
ズドォォォォォン!!
そして始まるアメ狐と熊(?)との追いかけっこ。背中に"肉"を乗せながら逃げる狐のことを、巨大な熊(?)が木々をなぎ倒しながら追いかける……。その光景を見たなら、誰しもが、狐の最期を想像してしまうような光景だった。……ただし、背中の非常食については、触れないこととする。
「(や、やばい!こ、これ、食われる!)」
全力で森の中を逃げるも、後ろからまっすぐに自分を追いかけてくる黒い影。メキメキと音をたてながら、森を砕いてやってくるその圧倒的な殺意を前に、アメは久しく感じていなかった死の恐怖に苛まれていた。
「(シ、シロのやつ、どこで何をしておる?!)」
そんなことを考えながら、アメが空を見上げると、ちょうどそこにはシロ鶴が飛んでいて――
ヒューッ……ポトッ……
――と、拳大の石ころを熊(?)の上へと落として、彼女は彼女なりに、援護しようとしていたようである。尤も、体当たりだけで木々をなぎ倒してしまうような熊(?)に、効果があるとは思えない小さな援護だったが。
「(これ……洒落にならんやもしれぬ……)」
間もなく罠がある場所。そこに熊が嵌まってくれなかったならどうすればいいか……。アメはそれを考えながら、走り続けた。
そして、ついに、その場所が見えてくる。
熊(?)は、依然、まっすぐにアメのことを追いかけてきていて、このまま行けば、落とし穴に嵌まるコースだった。
そして何より幸運だったのは、森の中に月の光が届かず、その場を暗闇が支配していたことだろう。そのお陰で、ただ大きいだけで罠とも言えないような落とし穴は、その場の環境が作り出す自然の覆いによって上手く隠されていたのだから。
「(……頼む!上手くいっとくれ!)」
アメは心の中でそう叫ぶと――
シュタッ……
――落とし穴の端から端まで10m以上の距離を跳ねて飛んで――
ズサッ!
――と反対側に着地した。
そしてそこで彼女は、元の大きな化け狐の姿に戻ると、後ろから勢い余って、落とし穴を飛び越えかけていた大きな熊(?)を――
「……墜ちるが良い!!」
ズドォォォォォン!!
――自身の巨大な手を使い、穴蔵の中へと叩き落としたのである。
そんな穴の中には、アメたちが大量に放り込んでいた紫色の花の植物と、壁から勝手に染み出してきていた地下水が溜まっていて……。それ以外にも、尖った木の枝が、ところ狭しと並べられていた。
……そう。そこには、トリカブトの毒が溶けた水が溜まっていて、木の枝で作った剣山が並んでいたのだ。
そこに大きな身体を持った体重の重い化け物が落ちたらどうなるか。
ズシャァァァァァン!!
グォォォォォォォォォォ!!
皮膚を大量の木が突き抜け、その傷口から一斉に、トリカブトの毒が体内へと侵入したのだ。しかも、トリカブトは、毒矢などにも使われるほどの猛毒。結果、熊(?)は穴に落ちてからたった5秒ほどで――
ドサッ……
――と崩れ落ちて、まったく動かなくなってしまった。
「さ、さすがはシロの考案した罠じゃ……。もしも効かんかったら、ワシは今ごろ死んでおったやもしれぬ……」
元の狐の姿に戻ってから、大きなため息を吐くアメ狐。そんな彼女にとっては、熊(?)のサイズもさることながら、その圧倒的な気配や筋力、持久力のすべてが、恐怖を感じさせるものだった。
そして、彼女はこう思ったようである。――願わくば、もう2度と手合わせはしなくないものだ、と。
その結果、彼女は、念には念を入れて警戒し続け……。自身が掘った穴を埋める黒い物体から、しばらくの間、視線を離さなかったようである。
超眠いゆえ、もしかしなくても、駄文になっておるやもしれぬ………zzz。




