1.3.1 驚かされて、驚いて
——彼女はアメ。空降る雨と虹を纏う狐の類い。その背中に幼子を乗せ、輩の鶴と共に道を歩めど、その終わりは未だ見えず。果たして、彼の者たちが求める地は何処にありて。
「……聞いてない……聞いてないでしゅ……!」
「ん?何か言わねばならぬことでもあったかの?」
「んまんま!」
海沿いにあった村を離れ。一路、西へと向かうことになったアメたち一向。
そこには、半強制的にベビーシッター(?)を任されることになったシロもいて。南への道のりを知っている彼女が、道案内を兼ねることになったようである。
「なんなんでしゅか、この子……。人の子の皮を被った獣ではないでしゅか?!いきなり齧ってくるとか、死ぬかと思ったでしゅ……」
「……さっきまで死に場所を求めておった鶴とは思えぬ発言じゃのう?」
「それにあの乳の飲ませ方……何で口移しなんでしゅか?!その胸からぶら下がってるものは一体何なんでしゅ?ただの肉塊でしゅか?!」
「いや、ワシ、乳、出んし……。そこまで言うなら、おぬしが……あっ……」
「……なんでしゅ?狐しゃん。何か言いたいことがあるなら、はっきりと言うでしゅ!」ゴゴゴゴゴ
アメの視線が、自分の胸元に向いている気配を察して、激怒した様子のシロ。もとは哺乳類ではなく鳥類の彼女が、人に変身すると、どんな見た目になるのかは……どうか察してほしい。
そんな彼女たちは今、2人揃って、人の姿になり、ナツを背負って街道を歩いていた。
というのも、骨折をしていないとはいえ、脇腹に大きな打撲を負ったシロのことを考えて、アメは彼女の傷の痛みが引くまでの間、人のようにゆっくりと街道を進むことにしたのである。これまで何百年どころか何千年もの間、一人で行動してきたアメだったが、一応、同行者に対しては、気を配っていたようだ。
「して、お主。もう死なずとも良いのか?」
「……わっちのことを無理矢理旅に引っ張ってきておいて、それを聞くでしゅか?まぁ……村を離れるときに、心の整理は付けたつもりでしゅけどね」
「ほう?」
何だかんだと言って、短時間のうちに心の整理を付けていたらしいシロに対し、どこか感心したような表情を向けるアメ。
するとシロは、整理したという心の中身について話し始めた。
「わっちはきっと、300年前のあの日、足だけでなく、心も罠に引っ掛かってしまったに違い無いでしゅ。あの人は……わっちのことを罠から逃してくれた時、本当はわっちの心も逃してくれていたはずなのに、わっちは自ら罠に嵌まってしまった……そう思うことにしたでしゅ」
「詩人じゃのう……」
「それでわっちは決めたでしゅ。これからは、この心に素直に生きよう、と!」
「ふむふむ……」
「でしゅから、狐しゃん。……わっちをお嫁にもらってくだしゃい!」かぁっ
「ふむ…………は?」
「どうやってやったかは知りましぇんが、狐しゃんは、わっちの命を救ってくれたでしゅ。なら、この命、狐しゃんに捧げるのが道理ではないかと思うのでしゅ!それに、この身体……狐しゃんに、もう隅々まで汚されてしまったでしゅから……」
「意味が分からぬ……」
「それに、狐しゃん……胸から乳が出てこないということは、雌というわけではないんでしゅよね?」
「お主……馬と鹿という文字を並べた言葉を知っておるかの?」
「あいにくわっちは、文字が読めないでしゅから、狐しゃんが何言ってるのか分かりましぇんねー」
「それ、絶対、分かってて言っておるじゃろ……」
シロの言葉を聞いて、頭を抱えるアメ。そんな彼女には、シロがどこまで本気で言っているのかは分からなかったが、少なくとも、彼女が自分に対し、特別な感情を抱いていることだけは理解できたようである。もしもそうでないというのなら――わざわざ、終わりの見えない旅に同行するなど、あり得ないはずなのだから……。
「そう言えば狐しゃん?」
「なんじゃ?非常食なら寝ておるぞ?」
「まぁ……非常食ちゃんもそうなんでしゅけど、お二人に名前って無いんでしゅか?まぁ、非常食ちゃんが、ナツちゃん、という名前で呼ばれているのは聞きましたので良いんでしゅけど……問題は狐しゃんの方でしゅ。もしや、狐しゃん、自分のことを"狐"と言っちゃうような痛い狐しゃんではないでしゅよね?」
その言葉を聞いたアメとしては、色々と思うことがあったらしく、眉をひそめてしまったようだ。だが、これからシロと共に旅をしていくことを考えて、隠さず名乗ることにしたようである。
なお、彼女が他人に名乗るのは、今回が初めてだったりする。
「……アメじゃ」
「あー、降ってきたでしゅねー、雨……って、誤魔化さないで、教えるでしゅ!」
「じゃから言うておろう?アメじゃ、と!」
ザバァァァァァ……
「うわぁ……この人、雨女でしゅ……」
「まぁの?」どやぁ
「そうでしゅか……アメしゃんでしゅか……」
アメの名乗りを聞いて、まるで噛み締めるかのように、その名を口にするシロ。
それから彼女は、道端に生えていた大きなフキを根本から2本引きちぎると、その1本をアメへと手渡して……。それを受け取ったアメと共に、フキを雨傘替わりに差しながら、嬉しそうに山道を進んでいったようである。
何というか、展開が"円舞曲"に似かよってきたのじゃ……。
なお、GLではない模様、なのじゃ?
前書きに"——"を追加したのじゃ。
まぁ入れても入れなくても、大して変わらぬがの?