1.2.6 人に嫌われて、舐められて
「うわぁぁぁぁ?!」
「ば、化け物だぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉぉ!!」
「(まぁ、そうじゃよな……。これが……普通の人間たちの反応じゃよな……)」
金色の毛並みを持った巨大な化け物。それは、アメの本来の姿だった。
姿かたちは狐と似かよっていたものの、狐とは違い。前足から肩にかけての骨格が発達していて。今にも2本足で立ち上がりそうな見た目だった。もちろん、それは雰囲気だけで、実際には2足歩行ができるわけではなかったが、その異常さは、初めて見る者たちにとって、まさに畏怖の対象だったようである。
実際、村の人々は、現れたアメの姿を見た途端、一切の反抗心を無くした様子で、村の中を逃げ惑った。そして遂には、アメの最初の一撃を受けて動けなくなった村人たち以外に、そこから人の気配は無くなってしまったようである。息を殺して潜む、とは、まさにこの事を言うのだろう。
「(……いつまでもこんな汚いものを口の中に入れておきとうないし、臭いし……さっさと退散するかのう……)」
自身の大きな口の中で、力なくぐったりとしていたシロ鶴の味を確かめながら、いま来た道を振り向くアメ狐。
それから彼女は、シロのことを、背中にのせていたナツの横に吐き出すと。その空いた口を使い、まるで村人にする別れの挨拶と言わんばかりに――
――――ォォン!!
――と、言葉では表現できないような咆哮を空へと向けた。
その瞬間である。
ザバァァァァァッ!
まるで、バケツの水をひっくり返したかのような大雨が、突然降ってきたのだ。それも、空には、雲ひとつ浮かんでいないというのに。
それ隠れて見ていた村人たちが、一体何を考えたのかは、雨と虹の合間に消えたアメ狐には分からない話だったが、その後、この村では、鶴と狐をその土地の神として崇めるようになったとか、ならなかったとか……。
◇
「……くしゅっ」
「すまぬ……すまぬのじゃ、ナツよ……。ワシには"主"がついておるゆえ、何かあると、すぐに雨が降ってくるのじゃ……。身体が冷えてしまったじゃろ?ほれ。暖めてやるゆえ、ワシの口の中に飛び込んで来るが良い!」
「んまんま!」がぶぅ
「おぉ、忘れるところじゃった。鹿の乳を取りに行かねば!たーんと乳を飲ませねば、お主の体重が増やせぬからのう!」
「んーまっ!」
村から離れた場所で、森の中の移動に適したいつもの狐の姿に戻り、昨日一晩を明かした岩の陰まで戻ってきたアメとナツ。
そこには鶴の姿に戻ったシロもいたものの、彼女は何やらギットリとした液体に包まれていて意識がなく、まさに屍のような様子だったようである。なお、死んではいないようだ。
アメたちは、そんな彼女が意識を取り戻すのを待っていたのだが、1時間ほど待っても起きる気配が無かったので、仕方なく彼女のことをそこに置いて、鹿の乳巡り(?)に出掛けようとしていたようである。
しかし、そんなギリギリのタイミングで、シロが目を覚ましたようだ。
「……んあ?」
「む?起きたかの?シロよ。惜しかったのう……。もう少し、目を覚ますのが遅かったら、取って食おうかと思っておったところじゃ」
「あれ……わっち……生きて……うわっ!」べちゃぁ
「……ここに運んでくるまでの間、ワシの背中には先客がいたゆえ、お主のことを舌の上で転がしておったのじゃ。確か、"飴"といったかの?じゃが、どうも、お主は、萎びた乾物のような味がして、余り美味しいとは思えなんだ。余程、ナツのほうが、ぷりっぷりとして、旨いのじゃ。まぁ、ダシだけじゃがの?」
「んまんま」がぶぅ
「ほう?お主もそう思うかナツよ!なれば尋常に食われるが良いっ!」べろん
「きゃっきゃ!きゃっきゃ!」
「…………」
2人のその微笑ましい(?)やり取りを目の当たりにしたせいか、あるいは、目が覚めてから、まだ間もなかったせいか……。茫然自失といった様子で、その場に座り込んだまま固まるシロ鶴。
その様子を見たアメは、ナツを連れて彼女の前まで行くと――
「ほれシロよ。暫しの間、こやつの面倒を見ておるが良い。その間、ワシは、ちょいと、こやつに与える鹿の乳を絞りに行ってくるゆえ、ここを離れるが……間違っても、ワシの非常食を横取りしようと思うでないぞ?」ゴゴゴゴゴ
――と、口にして、背中に乗っていたナツを、その場に下ろした。
アメのその行動には、さすがに黙っていられなくなったのか、ようやくシロが口を開く。
「……わっちから……死に場所を奪うのでしゅか?」
「はぁ?何を言っておる?お主、まさか、人のことを長く学んでおるうちに、頭でもおかしくかったのではなかろうな?長い生の中で、お主が誰に尽くそうと勝手じゃが……ワシらは本来、人のために生まれた存在ではないじゃろ。勘違いするでない」
「では、一体……何のために生まれたというのでしゅ?」
「さぁの?それは主が考えよ。ワシにはワシのことしか分からんからのう」
そうとだけ言って、その場を去っていくアメ狐。
結果、その場に残されたシロ鶴は、300年間の思いの終着点が、どこにあったのかを考えながら、痛む脇腹を押さえつつ、再び考え込むことにしたようである。そして、どうして自分が生きているのかについても……。
尤も――
「んま?」
「ん?どうしたのでs」
「んまっ!」がぶぅ
「?!」
――その場に残された、猛獣に噛みつかれるまでの、ごく短い時間の話だったようだが。
少し汚い話かもしれませんが、気にしないでください。
アメちゃんの話ですから。
この話で2つ、テンキュウを出してみたんですけど……説明するのは、蛇足かもしれませんね。