1.2.5 食べて、食べられて
諸事情により、いつもより修正が甘いやも知れぬが、その辺はお察しいただけると幸いなのじゃ。
「な、なぜじゃぁぁぁ?!なぜ足が止まらぬぅぅぅ?!」
「きゃっきゃ!きゃっきゃ!」
猛烈な速度で森の中をひた走るアメ狐。その背中では、ナツが大喜びな様子で、足をバタバタとばたつかせて、はしゃいでいたようである。
そんなアメたちは――やはり、道に迷っていたわけではなかった。もちろん、何か見えない強い力に引っ張られていたわけでもない。
「くっ……あのたわけめ!人の前で本来の姿を見せたりなんぞしたら、とって食われるか、なぶり殺しにされてしまうぞ?!」
「んまんま!」
「ほう?お主にも分かるか!ナツよ!」
「んま!」がぶぅ
「……実演せんでも良い……」
ナツに背中の皮を握られ、そこを齧りつかれたアメ狐。その際、アメは、ナツに対し、昼の分の乳を与えていないことを思い出したらしく、彼女はこれが終わり次第、鹿を探しに行くことにしたようだ。
なお、それを考えたアメが、普段とは異なり、どこか嬉しそうに目じりにシワを寄せていたようだが、その理由は不明である。
「見えてきたのじゃ!このまま行くぞ!ナツよ!しっかりと捕まっておるが良い!」
「んまーっ!」
途切れていた森を勢いよく抜け、川に架かっていた簡易的な橋を乗り越え、そしてその向こう側に見えていた村へと飛び込むアメとナツ。
すでにそこには人だかりができて、何やら問題が起こっている様子だった。
◇
「あの人は……どこでしゅか?」ゆらり……
海辺にある漁村。その内、人々の家がある区画の中を、まるで幽霊のように、半分人間、半分鶴の姿をしたシロ鶴が、彷徨うかのように歩いていた。
そんな彼女が探していたのは、300年ほど前に命を助けてもらったという、男性の姿。今日、この日まで、たったの1日も忘れることの無かった彼の姿を、アメは家々を巡って、探し続けていたようだ。
「いない……いないでしゅ……」ゆらり……
「ひぃっ?!ば、化け物?!」
ドガッ!
「あの人は……どこにいるでしゅか?」ゆらり……
「うわぁぁぁぁ?!」
ドサッ!
家々を覗き混むたびに、物をぶつけられ、罵声を浴びせかけられ、そして傷ついていくシロ鶴。しかし、どんなに酷い仕打ちを受けても、家々を巡る彼女の足が止まるようなことは無かった。
人の人生よりも遥かに長い時間、絶えず、恋い焦がれ続けること。それがどれ程の苦しみと痛みを伴うものなのか、人には決して理解できないことだろう。
だからこそ――人の想像を越えた想いに支配されていたからこそ、シロ鶴は、村人たちの酷い仕打ちを受けても、人のことを恨もうとは思わなかったようだ。人から受けるどんな痛みも、憎しみも、彼女が耐えてきたものに比べれば、些細なことでしかないのだから。
それは、彼女が、村の中程に差し掛かったときの出来事だった。
「あっ……」
「…………?」
とある家の軒先に、彼女が知っている顔があったようだ。
「生きてた……生きてたでしゅ!」
そう言って、そこにいた男性へと抱きつこうとするシロ鶴。そんな彼女は、鶴と人、どっち付かずの姿ではなく、明確に人の姿へと変わって、男性へと駆け寄った。
頭の中で何度も繰り返してきたシチュエーション。何百年もの間、待ち続けてきた瞬間。それが彼女の目の前に、あったのである。
あと3歩。あと2歩。あと1歩……。
そして、男性に抱きつこうとしたシロ鶴は――
「……近寄んじゃねぇ!化けもんが!」
ドゴッ……!
「ぐふっ?!」
ドシャッ!!
――拒絶の態度を示した男性に蹴られ、その反動で村の大通りまで、吹き飛ばされてしまった。
結果、無防備な状態で、地に伏せることになったシロ鶴。そして、彼女のことを取り囲む村人たち。
それからまもなくのこと。朦朧として変身が解けかかっていたシロ鶴の前へと、再び男性が姿を現した。
そんな彼の手には、一本の長い棒が握られていた。漁師たちが海で魚を仕留めるために使う、銛である。
それを見たシロ鶴は否応なしに悟ったようだ。『殺される』と……。
それでもシロは、その場から逃げようとしなかった。その男性が、自身の知っている"男性"ではなく、彼の子孫だろうことが分かっていても、彼女はその背中を見せるような素振りすらしなかったのだ。
そればかりか、彼女は、その大きな翼を男性へ向かって拡げると、嬉しそうに笑みを浮かべたようである。まるで――愛する男性を、自身の胸で受け止めるかのように。
そして。
"愛"とは対極の表情を浮かべた男性が、その銛を振りかざし、人だかりの中心で、それをひと思いに振り下ろした――そんな時である。
ドガッ!
ズシャァァァァッ!!
銛がシロの身体に吸い込まれる直前、男性は銛ごと宙を舞った。
その様子が余りにも衝撃的だったのか、何が起こったのか分からず、唖然とする村人たち。だが、その人だかりは、次の瞬間、蜘蛛の子を散らせるがごとく、逃げ惑うことになる。
なぜなら――
「貴様らぁぁぁぁ!!ワシの獲物を横取りするたぁ、良い度胸じゃ!皆殺しにしてくれよう!」
――金色に輝く毛並みを持った、ヒグマの倍ほどの大きさはありそうな4本足の化け物が、漁師の男性どころか、村人たちの半数を吹き飛ばしながら、その場に現れかと思うと。迷うことなく――
ガブゥッ!
――と、シロ鶴に齧りついたからである。
眠いのじゃ……。
されど……妾、頑張ったのじゃ!
じゃが、もう……だめかもしれぬ…………zzz。