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テンキュウノアメ  作者: ルシア=A.E.
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1.1.1 雨に洗われ、風に撫でられ

——彼女は狐。地を駆け獲物を狩る4本足の獣の類い。されど、その心は、狐のものにあらず。ゆえに彼女は、真なる狐にも、人にもなれぬ、孤独な存在なり――。

 とある深い森に、狐が住んでいた。黄色い毛並みで、耳と手足が黒く、尻尾の先端が白い、いわゆるアカギツネである。

 彼女は、たった1人だけで、森の中に住んでいたようだ。親離れしてからというもの、両親とは繋がりがなく、兄弟たちもどこにいるのか分からず……。そして友人と呼べる者もいない、そんな孤独な狐だった。

 だからといって、寂しかったか、というと、そういうわけではなかったようである。寝場所にしている小さな洞穴の周囲では、絶えず鳥たちが賑やかに(さえ)ずっていて、度々、大きな鹿たちが草を()みにやって来ていたので、1人ではなかったからだ。そしてなにより、生きることに精一杯だったことが、寂しいと感じさせる暇を、彼女に与えなかったようである。

 

 そして今日も、彼女は、巣穴から出て、いつも通りに狩りを始めた。今日の獲物は、小川に棲む小魚だ。


「…………!」ずさっ

 

ドボォォォォンッ!


 流れの淀みでゆらゆらと揺れていた魚に目星を付けて、勢いよく飛び込んではみたものの――

 

「くぅん……」


――狙った魚は、思いの外、すばしっこかったらしく、彼女の鋭い牙が触れるよりも先に、逃げてしまったようである。

 しかし、そこで諦めても、空から魚が降ってくるわけもなく……。彼女は陸へと上がっては、幾度となく、川へと飛び込んでいった。とはいえ、残念なことに、今日は1匹も獲れないまま、半日が過ぎ去ってしまったようだが。

 その結果、空腹に耐えかねた彼女が次に向かった先は、川から逸れるように作られていた獣道。そこには、暖かい季節なら、野イチゴがたわわに実っているので、彼女はそれを食べて空腹を満たすことにしたようである。

 そして、それを食べた後。漁の第2ラウンドが始まった。



 満腹感の余韻に浸りながら、巣穴から外の景色を眺める1人の狐。その場所からは、大きな湖の姿が一望できて、今日も湖面の上を流れていく風の姿が見えていたようである。

 その景色は、彼女のお気に入りだった。何しろ、何週間にも渡って湖畔の縁を歩き続け、景色の良い場所を求めて探し回ったくらいなのだから。

 だからこそ、その光景をずっと眺めていても、彼女は飽きなかったようである。数時間、数日、数ヶ月、そして数百年間……。例え、仲間の狐がいなくとも、彼女の心は満たされ続けた。

 

 そんな彼女に転機が訪れたのは、本当に突然のことだったようである。


ゴゴゴゴゴ……


「?!」


 大地が揺れ、地面が裂け、山が崩れて――そして、彼女の巣穴は、無惨にも潰されてしまった。幸い、彼女がいたのは巣の外だったので、生き埋めになることはなかったようだが、彼女が大切にしていた我が家は、2度と住めない状態になってしまったようである。この分だと引っ越しを余儀なくされてしまうことだろう。

 あるいは、また同じ場所に、同じような巣穴を再び掘る、という手も無いわけではなかった。だが、それが許さない状況が、再び彼女の身に襲いかかる。

 

「……臭う……」


 鼻を()く強烈な臭いが、地面の隙間から吹き出してきたのだ。

 それもただのガスではない。それが周囲の木々や草花に触れると、彼らはまるで死神の鎌に命を刈り取られたのように、みるみるうちに白くなって枯れていったのだ。長い時間をかけて大きくなった巨木すらも、小さな草花たちと分け隔てなく平等に……。


「……主よ。ワシに、この地を去れと……申されるのか?」


 長い時の流れの中で、いつしか人の言葉が喋られるようになっていた彼女は、物心付いたときから自身と常に共にあった"湖"へと、そんな言葉を投げかけた。

 だが、千年近くの間、彼女がほぼ毎日のように話しかけ続けても返答しなかった湖が、今回に限って返事をするなどということはなく……。彼女は、久しく感じていなかった寂しさに、目を細めてしまったようだ。


 そんなときだった。


ドゴォォォォン……!


 湖から、夜空に向かって、勢いよく火柱が立ち上ったのである。黒い煙と紫電を纏いながら、天高く立ち上ったその真っ赤な炎の柱は、圧倒的なまでに力強く、そしてそれと同時に、何者をも寄せ付けない拒絶を含んでいるかのように見えていた。

 それは噴火だった。太古の昔、破局的噴火によって作られたその湖は、目には見えない巨大な火山だったのである。

 その結果、上空へと巻き上げられた塵は、空気中の水分子を集め――

 

ザァァァァッ!!


――と、その場周辺へと、猛烈な勢いで雨を降らせ始めた。

 

 その際、ひとつだけ、不思議なことがあったようである。本来、火山灰が引き金となって降りだした雨というのは、黒い色をしているはずなのだが、どういうわけか、空から降り注いだその雨は、透き通っていて、色が付いていなかったのだ。

 例えるなら――星空から溢れ落ちた、涙のように。


 それを見た彼女は深くため息を吐くと、大好きだった湖に背を向けて歩き始めた。その雨に何を思ったのかは分からないが、彼女はその地を後にすることに決めたようである。

 とはいえ、長いことそこで生活していた彼女には、行き先の見当が付かなかった。なので、彼女はまず、湖の近くにあった人里へと向かうことにしたようである。

 その際、彼女は、歩きながら、自分の名前を考えていたようだ。1人で生活するなら今まで名前など必要なかったが、人間という生き物は何かと"名前"というものに拘ることを思い出したからだ。


 その結果、彼女が選んだのは――


「……アメ。主に貰った最後の贈り物として、受け取っておこうかの……」


――星空から絶えず降り注いでいた、その温かな雫の名前だったようである。


前書きに旧あらすじを持ってきたのじゃ。

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