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無題そのにっ

作者: ぺるがもん

八月も終わろうというのに茹だるような暑さで目が覚めた。時計を見ると12時を回っていた。バイトのない日はいつもこんな感じだ。ふと、カレンダーの今日の日付に付けた黒丸が目に留まる。そうか、今日は……

僕は汗に濡れたシャツを脱ぎ、軽くシャワーを浴びて外に出る。日射しは強く僕をチリチリと焼いている。

炎天下を歩いて10分、コンビニに入った。

「いらっしゃいませ……おや、マサト君」

人の良さそうな店長が声を掛けてくる。

「あ、お疲れ様です。」

「今日、マサト君シフト入ってたっけ?」

「いえ、私用のついでにタバコを……74番で」

店長がタバコを取ってバーコードを読み取ってくれる。

「はいよ、じゃあ明日は夕方からよろしくね」

タバコを受け取って店を出た。表の灰皿でタバコに火をつける。

「もう一年か……」

一年前の事に思いを馳せた。


僕がユミと出会ったのは遠い昔。いわゆる幼馴染だ。気付けばずっと一緒にいた。僕はユミが好きだったし、ユミもきっと僕の事が好きだったんだと思う。

一年前のあの日まで。

病名は覚えていない。

始まりは花火大会に行く予定だった日、ユミは倒れた。

「この夏が終わるまでもたない」

おじさんとおばさんがそんな話をしていた。

僕は毎日ユミの所にお見舞いに行った。

少しでもユミと一緒に居たかった。

あの日もいつもの様に行くとユミがポツリと呟いた。

「花火、観たいな」

僕は手早く調べた。一件ヒット。丁度その日に二つ隣の街で花火大会が行われる。

「行こうぜ」

僕はユミの手を取った。

「……うんっ」

ユミは少し戸惑いながらも頷いた。

「でも、ちょっと待ってね。準備するから。」

僕は扉の外に出て待った。出てきたユミは浴衣だった。

「こっそり隠してたの」

いたずらっぽい笑みでユミは言った。

こうして僕達は病院を抜け出したのだ。


電車に揺られながら僕達は手を繋いだ。壊れそうに細い指がほんのり暖かい。

「あった、かいね」

ユミはそう言うと微笑んだ。

駅に着くと浴衣の人間がたくさん居る。でもユミが一番綺麗だ。そんなユミがポストに手紙を投函していた。

「何?」

「ナイショ」

いたずらっぽく笑う。

そのまま人波に流されながら花火大会の会場に向かう。人がかなり多かったから穴場を探してさまよっていたら少し遠いけど小さな丘があった。

「ここにしよう」

僕達は腰を下ろした。

花火が始まった。色とりどりの花火はとても綺麗でユミはとても楽しそうに見ていた。

「ねえ、花火が星みたいだね」

ユミが突然言った。

そしていつも2人で歌ってたきらきら星を口ずさんでいた。僕もつられて口ずさむ。

きーらーきーらーひーかーるー……

花火が終わった。気づくと僕とユミは唇を重ねていた。

「ねえ、マサト、あり……がとう……」

そのままユミは僕の方へ身体を預けるように倒れ込んだ。

そのままユミの意識は二度と戻らなかった。


そう、僕が連れ出さなければ、あんなことにはならなかっただろう。おじさんやおばさんは僕を責めるでもなく「仕方ない事だったんだ」と言ってくれた。逆にそれが僕を苛んだ。


あれから僕はずっと後悔しながら無気力に生きている。……生きてて良いのかな?

ふと時計を見た。もうすぐ夕方、日が落ちる。

僕は気づくとユミのお墓のある墓地まで来ていた。向こうから見慣れた人影が来るのが見えた。

「あら、マサト君じゃない」

おばさんだ。僕は思わず顔を背けてしまった。

「……お久しぶりです。」

絞り出すような声で応えた。

「会えて良かったわ。渡したいものがあるの」

そう言うとおばさんは一枚の便箋を取り出した。淡いピンク色のその便箋はユミの一番好きな色だった。

「今朝届いたの。あなた宛のものもあったから……」

僕は震えながら手紙を受け取った。


おばさんと別れお墓の前で手紙を開いた。

『マサトへ。

いつもお見舞いに来てくれてありがとう。

私は多分もうそろそろ限界です。

この手紙を読む頃にはもう居ないんじゃないかな。

マサトのお嫁さんになれなかったな。なりたかったよ。

小さい頃からずっとそばに居たから、マサトの方はそんなつもり無かったのかも知れないけど私はその気だったよ。

だけどダメみたいだから他の人にバトンタッチ。

花火を観る約束、台無しにしちゃってごめんね。

きっとマサトの事だから私がいなくなった後落ち込んじゃうんだろうと思ってこの手紙を書きました。

私の事は忘れて……欲しくないけど、私のせいでダメダメになっちゃうのは嫌だよ。

マサトは生きて、そして私よりも素敵な彼女を見つけて幸せになってください。そうしたらきっと、私も、天国で頑張れるから……』

読みながら涙がこぼれた。

手紙の字はところどころが滲んで読みづらかったけど、それが更に読みづらくなってしまった。

『最後に、花火大会連れて行ってくれてありがとう。奇跡が起こって私が回復したらまた来年も一緒に花火が観たいな』

最後まで読んで、僕は声もなく泣いた。

ああ、ああ、僕は生きてていいんだ。生きなきゃいけないんだ……


気づくと僕はきらきら星を口ずさんでいた。あの日の歌声が蘇る。

そうして歌っていたらもう夜になっていた。何時間ここに居たんだろうか……

ふと空を見上げると花火が遠くで上がっていた。

僕が小さく「綺麗だな」って呟いたら、「うん、綺麗だね」って誰かが囁いた。そんな気がした。


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