勇者召喚に失敗したら
――世界は、暗黒に包まれていた。
――邪神の眷属たる魔王と、それが率いる魔王軍は正に常勝不敗。
――人類は徐々に力を削がれ、世界征服されるのも最早時間の問題。
――否、まだ希望はあった。
――最後の希望、それは勇者の召喚である。
――伝説の勇者を召喚し、希望を託す……これが唯一、彼らに残された道。
――取り急ぎ必要な道具と形式を調え、遂に、それは行われた。
――結果は、失敗だった。
――勇者は現れなかった。
――その理由は定かでは無いが、とにかくこれにより最後の希望もまた潰えたのである。
――ここにおいて、人類は敗北した。
――――――――――――
時は流れ、魔王歴200年。
ある場所にて、寝台に横たわる者が居た。
額には一本の角が生え、天井に向かって伸びている。
そして顔には深い皺が刻まれ、高齢であることは明らかだ。
老人は、人間ではない。
嘗て人類を打倒し、その国土を、民を、何もかもを掌握した魔王その人である。
人よりも長く生きる魔族である彼は――しかし戦争していた当時ですらもう既に高齢であった。
その後、様々なストレスを溜め込みながら歳を重ねた結果、今やその命は吹けば消える程の儚いもの。
「……んん、うぅ……」
起きているのか、眠っているのかも曖昧な意識の中、魔王は自分の生涯を振り返っていた。
それはきっと走馬灯だったのだろうか。
命を燃やし尽くし駆け抜けた、一人の魔族のちっぽけな記録。
それが、次々と現れては消え……現れては消え。
そうしていると、魔王はふと我に返り、思った。
――結局、勇者は現れなかったのか
いざ終わってみれば、物語は、戦いは、終始魔王軍有利のワンサイドゲームだった。
人類が奇跡を起こすことはなく、危なげない勝利。
拍子抜けもいいところだ……と魔王は思った。
そして、同時にこう思う。
――何故、人類は勇者を召喚しなかったのだろうか?
そう、『勇者』だ。
人類も勇者さえ召喚していれば、勝てないにしろもう少しマシな戦いにはなっていただろうに、何故?
尤も、魔王自身勇者のことを何もかも知っているわけではない。
魔王ですら、勇者と直には会ったことがないのだから。
ただ確実に言えることは、"古の戦いにおいて魔王に匹敵する力を持っていた"という話と、"勇者が何処から召喚される存在かは一切不明である"ということだけである。
――ああ、もうそれもどうでもいいことか
瞼が重くなり、背筋に凍りつくような冷たさが伝っていく。
段々と、自分が誰であったのかも曖昧になる。
熱が、消える。
死す。
その直後のことであった。
『何か』が、その場に現れたのは。
「……」
"ソレ"は、何時からソコにいたのだろうか。
答えは、魔王が死んだ直後である。
魔王の死が引き金となったのかは、誰にも分からないことだが。
「……これは、一体、どういうことだ?」
人影は、周囲を見回す。
質素ながらも気品を感じさせる家具と、そして何より目に付くのは寝台に横たわる何者か。
それはつい先ほど死亡した魔王の亡骸である。
おもむろにそこへ近付くと、実に安らかな寝顔がそこにあった。
そして同時に気付く。
「死んでいる、のか?」
横たわる者は、呼吸をしていなかった。
その体からは既に熱が失われかけており、二度と動き出す事はないだろう。
「……何が何やら」
その人影は、額を弄りながら溜息を吐くのだった。