我が家の小人たち(短編7)
土曜日の夜。
妻が鳥カゴをかかえて帰ってきた。会社帰り、ペットショップに寄って買ったのだという。
だが、かんじんの鳥がいない。
「なあ、鳥は?」
「鳥を飼うんじゃないのよ。これは小人を捕まえるものなの」
妻の言葉に、オレは自分の耳を疑った。
「小人?」
「そう、小人よ。今夜、捕まえに行くんだけど、あなたも手伝ってね」
妻はこともなげに信じられないことを口にした。
「本気で言ってるのか?」
「もちろんよ。おびき寄せるのはビスケット。カゴに入れて待ってたら、小人が入るの」
妻がビスケットの箱を見せる。
「小人なんかいるわけないじゃないか」
「あら、いるわよ。だって子供のころ、お父さんと捕まえたことがあるもの」
さあ、シカケを作らなきゃあ……とかなんとか言いながら、妻はさっそく鳥カゴをいじくり始めた。
出版会社に勤める妻は公務員のオレとちがって、休みは日曜日だけ。しかも、ほとんど毎日のように残業がある。帰宅するのはいつも八時過ぎだった。
――働きづくめで、気がおかしくなったのでは?
だが、こんなとき……。
オマエ、頭がおかしいぞ――そんなふうにあからさまに指摘をするのは病状を悪化させかねない。
「仕事でなんかあったのか?」
オレはそれとなくたずねてみた。
「ううん、別になにもないわよ」
「じゃあ、なんで小人なんか?」
「家の中のこと、手伝ってもらおうと思って。お掃除とかしてもらったら、ずいぶん楽でしょ」
鳥かごの天井に細い糸を結びながら、妻は顔を向けずに答えた。
家の中はたしかに片付いていない。朝に汚れた食器が、そのまま夜まで流しに残っていたりする。
だが、それはしかたない。妻は毎日のように朝早くに家を出て、しかも帰りはずいぶん遅いのだ。
「小人に家事をさせる、そういうんだな?」
「そうよ。小人って、とってもきれい好きで片付けじょうずなの」
「そうか……」
それ以上、オレは言葉が続かなかった。
妻はひどく仕事に疲れている。小人は、そんな妻の幻想なのだろう。
――しばらくようすを見てみるか。
小人捕獲器作りに熱中している妻にかわり、オレはとりあえず夕食作りにとりかかった。
その日の深夜。
オレは小人捕獲器をかかえ、妻につき合って木立の多い公園に行った。
妻の言う小人の存在を、まさか信じているわけではない。こうして同行したのも、ほかならぬ妻のことを心配してのことだ。
的はずれな質問だとは思ったが、妻の反応をうかがうように聞いてみた。
「ほんとに小人が捕まるのか?」
「バッチリよ。子供のころ、この方法で捕まえたことがあるんだから」
妻はあっけらかんとしている。
捕獲器のシカケはシンプルだった。天井とゲージを結んだ糸の中間にビスケットが吊るしてあり、小人がビスケットを取ったら連動してゲージが落ちるといった仕組みだ。
木立ちの並ぶ暗い場所に向かう妻のあとを、捕獲器をかかえたオレがついて歩く。
まるで夜の昆虫採集だ。
「小人って、カブトムシみたいに木の根っ子にいるんだな?」
妻の背中に聞いた。
知らぬうちに、小人の存在を肯定するような言い方になっている。
オレはあわてて頭を振った。
「そうね。昼は木の上で寝てて、夜しか活動しないから。ねえ、あなた見て。あの大きな木の下あたり、どう、いてそうじゃない?」
妻が足を止めて、見上げるほどもある一本の大木を指さす。
「ああ、なんだかいそうだな」
ここはとりあえず妻に話を合わせた。
「じゃあ、あそこにするわ」
妻が遊歩道をはずれる。
オレは先を進み歩く妻のあとを追った。
夜明け前。
オレたちは再び公園に来ていた。
「捕れてるかしら?」
気がはやるのか、妻は足を速めて先を進む。
そのうしろ姿にあきれつつ、
――やれ、やれ。
オレはのんびりと歩いた。
「捕れてるわよー」
妻が手を振り、早く来てとオレを呼んだ。
――まさか?
半信半疑で、いや、信じられない気持ちで妻のもとへとかけ寄った。
「ほら、見て!」
妻が鳥カゴを指さす。
中をのぞいたが、小人の姿はどこにも見えない。まあ、当然のことであろうが。
「どこにいるんだ?」
「人の目には、小人の姿は見えないの」
「じゃあ中にいるって、どうしてわかるんだ?」
「ほら、ビスケットがなくなってるでしょ。小人が食べたのよ。それにね、ゲージも落ちてるし」
たしかに、糸に結んであったビスケットがなくなっている。さらにゲージも閉まっていた。
だが、この目で小人を見ない限り、とうてい信じることはできない。ここに先に着いた妻のやったことかもしれないのだから……。
そこで意地悪な質問をしてみた。
「オマエ、小人を見たことがあるのか?」
「子供のとき、一度だけね」
「で、どんな姿をしてた?」
「どんなって言われても……。ぼんやりとしか見えなかったから」
妻はこまり顔で言葉をにごした。
存在しないものを説明できるわけがない。仕事に疲れ、精神がまいって幻想を見ているのだ。
「そうか……」
ついムキになったことを、オレは後悔した。
その日から。
鳥カゴでもある捕獲器は、そのまま小人の住まいとなった。
「運がいいわ。小人、たぶん二人いるわよ」
妻が鳥カゴをのぞいて言う。
「見えないのに、数までどうしてわかるんだ?」
「ビスケットの減り方よ。一人じゃ、毎日こんなに食べきれないもの」
妻の言うとおり、夜に二つ入れておいたビスケットが朝にはすべてなくなっていた。
だが、オレはそれを疑っていた。
夜中のうちにこっそり、妻が鳥カゴから取り出しているのではないかと……。
「それに片付けも早いでしょ。二人じゃないと、あんなに進まないわよ」
「たしかにな」
ここでハタとこまった。
ビスケットの件は妻のしわざかもしれない。しかし台所のことは、どうにも説明がつかないのだ。
汚れた食器は朝にはきれいに洗われ、しかも食器棚にしまわれていた。夜中に妻がこっそりやっているとも考えられるが、それには時間もかかるし、少なからず食器のぶつかる音も出るだろう。
そのことに、オレが気づかぬはずがない。妻のことを心配し、ずっと観察していたのだ。
一週間が過ぎた。
小人の活躍かどうか、それについてはいまだにわからないが、食器は毎日きれいに片付けられていた。
妻は以前と少しも変わらない。
会社を休むこともないし、食欲が落ちたということもない。小人以外のことであれば、おかしな言動もない。
小人は本当に存在するのか。
それとも妻の幻想なのか。
もし幻想であれば、妻には早く治療を受けさせた方がいい。
――そろそろ白黒をつけなければな。
オレは覚悟を決めた。
夕食のとき。
「子供のころ小人を見たって、そう言ってたよな。そのときはどうして見えたんだ?」
それとなくたずねてみた。
「お酒に酔ったお父さんがね、つまらないイタズラをして、お水のかわりにお酒をあげたのよ。それで酔ったらしくて、つい姿を見せちゃったみたい。小人、酔っぱらってフラフラしてた」
妻はクスクスと思い出し笑いをした。
「で、どうなった?」
「ぼんやりだったけど、一分ぐらい見えてたかな。でも小人、そのうち消えちゃって、いなくなったの」
「いなくなった?」
「そうなの。お父さんがバカなことをしたから、たぶん逃げちゃったのよね。人間に裏切られた、そう思ったんだわ」
妻が肩をすくめてみせる。
オレは妻の話に聞き入っていた。
なんと真実味のある、まことしやかな話だろう。作り話だとはとうてい思えない。
「お酒、ぜったいあげないでね」
「ああ」
オレは深くうなずいていた。
次の日。
妻が遅くまで残業だったので、オレは買い物をして帰り、妻にかわって夕食をこしらえた。
一人で食べるのはなんとも味気ない。妻の帰宅を待つことにして、チビチビとワインを飲んでいた。
――酒に酔うと、姿を見せるか……。
グラスのワインを見て、ふと昨日の妻の話を思い出した。
――どんなヤツなんだろ?
小人を見てみたいと思った。と同時に、妻の顔が頭をよぎった。
――酒を飲ませちゃ、ダメなのか。
なんとも残念な気がする。
――待てよ。
これは小人の存在を前提にしてのことだ。
つまり鳥カゴにワインを入れ、小人が現れなければ妻の幻想ということになる。現れたなら、小人は存在することになる。
いずれにしろ。
鳥カゴにワインを入れることは、小人の存在を確認する絶好の方法である。
――でも、やるなって言われたからな。
妻を裏切るわけにはいかない。
それでも確かめてみたい。
オレは迷いに迷った。
迷うほどにワインを飲むペースがあがる。飲むペースがあがるほどに酔いの勢いも手伝って、小人の存在を確かめたい気持ちの方が強くなってきた。
――やってみるか……。
ワインを小さなグラスに移し、そっと鳥カゴの中に置いた。それからワインを飲みながら、じっと小人の出現を待った。
だが、いくら待てども小人は姿を見せない。
そのうち……。
――なんて、オレはバカなことを……。
むなしくなって笑えてきた。
姿を見せなくてあたりまえなのだ。
だいいち小人なんて、この世にいるわけがない。はなから妻の幻想だったのだ。
――かわいそうに。
つい涙がこぼれる。
と、そのとき。
涙でかすむ目に、小人の姿がぼんやりと映った。
ハムスターに似た小さな生き物が二匹、鳥カゴの中でフラフラとおどるように動いていた。
翌朝。
「あなた、小人がいないわ!」
妻の声で目がさめた。
いそいでキッチンに行くと、鳥カゴの中のビスケットがそのままの形で残っていた。さらにゲージも開いていた。
「どこに行ったのかしら?」
妻は見えない小人を探し、さっきからオロオロとしている。
――やはり……。
オレにはうすうすわかっていた。
小人が消えたあと。
妻にバレないよう、ワインを入れたグラスを鳥カゴから取り出した。そのときから、小人が逃げるのではないか……そう覚悟していたのだ。
「ほら、流しを見て。食器、汚れたままよ。きっと夜のうちに逃げたんだわ」
妻はなにも知らない。
――すまん。
オレは心の中で手を合わせあやまった。
「どうして逃げたのかしら?」
妻は今にも泣きそうである。
そんな妻を見て、うしろめたい気持でいっぱいになった。
やはり隠せない。
「じつは夕べ、ワインを飲ませたんだ」
「ねえ、どうして? お酒は飲ませないでって、あれほど言ってたのに」
「ごめん、つい酔ってな。なあ、またあの公園に捕まえに行こう」
「ううん、もういいの」
「でも、仕事が忙しいんだろ。家事との両立、たいへんだよ」
「いいのよ、わたしも悪かったんだから。小人に家事をやらせようなんて」
「じゃあ、家事はオレが手伝うよ。小人たちにかわって、オレがやるよ」
「ほんと?」
妻が満面の笑顔になる。
からになった鳥カゴは、妻が友人にもらったというハムスターの住まいとなった。
オレはといえば……。
逃げた小人にかわって、あれから日々、家事に精を出している。