女神との邂逅
「なんだ・・・ここ?」
白い世界だった。
見渡す限り本当の白。
床とか天井とか壁とか、そんな境目すら、それ以前に地平線すらない。
ひたすら白、白。白。
(夢にしても、白過ぎるだろ。)
そんな非日常な空間にいたら、誰もが思う、月並みで当たり前の結論に至るのは、自然な流れだろう。
「あら残念、夢でもなければ、現実でも・・・・・・なくてよ?」
「っ・・・!!誰ですかっ!?」
困惑を浮かべながらも、どこかに残る丁寧な口調。
彼は、普通の人より少し臆病で、世間一般的な事なかれ主義を絵にしたような日本人なのだ。
「あらあら、混乱していても言葉は選ぶのね」
ふと振り返ると、そこには長い黒髪の、まるで和人形のような綺麗さで嫌らしい笑みを浮かべる女性がいた。
寒気がした。頭の中で警鐘が鳴り響いている。
(綺麗だけど、何かが違う。今までとは何か・・・)
彼女の顔の嫌らしい笑みが、より一層深くなり、あり得ない事を体験する事になる。
「鷹月さん。」
「はい?」
唐突に名前を呼ばれ、我ながら間抜けな返事だと、つくづく思う。
「突然ながら残念なお知らせがあります。」
「なんでしょうか?」
「あなたは、死にました。」
これが糞ったれた神と、糞ったれた異世界転生の始まりだった。
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意味が分からなかった。
いや、非日常的な場所にはいると思う。でもそれなら、普通夢だと思うだろ?
金も時間もなくて、家に帰ってはネットで時折見る俺TUEEEする転生とかハーレムの転生物ようなネット小説展開、そんな夢も一瞬考えたさっ!
だけどっ!目の前のこの女は!!!そんな甘い期待を想像の斜め上過ぎる都合でっ!!!!!!全部っ!全部っ!!全部っ!!!ぶち壊してくれやがった!!!!!
「あら?言葉が理解できなかったのかしら?、それとも・・・覚えていないのかしら?」
嫌らしく笑いながら、俺を見る。
(・・・・・・これは、誰がみてもわかる悪意だ。)
「あなたが一体どこの誰で、何で私の名前を知っているか知りませんが、私はげんに、ここにいるでしょう?」
(正直状況が理解できない。)
だけど一つはっきりとしている事がある。
俺は全身全霊でこの女が怖い。そして、臆病だ。
胃が痛いのを我慢して丁寧に言葉を返しても仕方ないだろう?
でも、目の前の女は、そんなのをお構いなしに。そんなのは当たり前というように。
俺に一回で「理解」できるように・・・
テストの「模範解答」のように、俺が今おかれている状況を理解させた。
「・・・・いいわ、鷹月。愚鈍な貴方にもわかるように教えてあげるわ。私は神で、ここは神の世界。死んだ貴方は、「転生を司る」私が、貴方に今一度の機会を与えるために呼んだのよ。」
「ははは、ここまで酷い夢、さすがに初めてみた。」
理解不能。意味不明。いきなし自分を神とか言い出すとか、夢にしても酷すぎる。
(最近仕事と家庭で心身ともに疲れていたとはいえ、これはないだろ。)
この時の俺は、本気でどうかしてたんだ。素直に今の状況を受け止めておけば、2度も死ぬ事には、ならかったのだろうから・・・。
いや、結局は転生させられたのだから2度も死ぬ事にはなるのだろうが。
「どうやら、本気で夢だと思ってるみたいね。・・・ええ私は別に構わないのよ?その方が楽しめるもの。愚鈍な貴方の魂に刻ませてあげるわ。」
「そうですね、だったら私を納得させて下さいよ。」
夢と決めこんだ俺の強気外交。後にして思えば死ぬほど後悔した。その後の展開的な意味でも。
そして凄く上機嫌で笑い出す自称、神。
「勿論よ、だからお願い。私を退屈させないで。」
自称神の言葉が終わると同時に、白い世界は変貌を遂げた。
(ここは・・・。)
思い出さないほうがいい。
(声が出ない。)
無機質なコンクリートの世界。見慣れた風景。
(やめろっ・・・!やめてくれっ・・・!!)
目の前にはナイフ。
(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)
その光景は、刃物で滅多刺しにされて死んだ、自分。
「ねえ?自分の娘だと思った赤の他人に刺されるのは・・・どんな気分?」
最後に見た光景は、目の前の糞女(神)のように嫌らしい笑みを浮かべた・・・・・妻の顔だった。
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「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どれだけ時間が経ったのだろうか。
気がつけば、口から涎を垂らし、焦点の合わない目で、放心していたのだろう事に気づく。
視線を感じてふと見上げれば見える自称神の顔。
最初会った時から変わらない嫌らしい笑みを浮かべ、こちらを静かに見つめている。
ああ、この感じ。
・・・思い出した。
学生の頃、クラスの誰かが確かな悪意を持って、虐めている誰かを楽しんで見ている目。
あの感覚だ。
当時、自分が標的にされないように心がけ、自分は関係ないと、ひたすら諦観者を気取っていた。
だから、分かる。
最初に言った転生と今一度の機会。
それは、きっと気づかない内に虐められ、理由もわからず周りをみて何も言えない。虐められていた誰か。
今その標的に自分がされ、確かな悪意を持って、私を転生させようと・・・
「ねえ?鷹月。私・・・どうしても知りたいの。だから教えてくれない?」
「な、何を・・・?」
「娘だと思った赤の他人に殺されるのは、どんな気分かしら?」
(ああ、そうだ。私は死んだんだ・・・。)
「でも、良かったわね、鷹月。」
「は?」
思えばこの時の自分はとんだピエロだろう。
心の整理は追いつかず、紡がれる悪意の吐息。
自称神は語る。
「だってそうでしょう?最愛の妻に看取られて死ねたのですもの。それって、とても幸せな最後よ。あっはははははっ。」
この日私は、俺は・・・
生まれて始めて殺意で、理性を手放した。
こうして彼は、新しき世界へ転生を果たすことになる。
悪意に彩られた醜悪な世界へ。